第四章~柴田勝家現る~
五郎が織田家の家臣として仕える事になって数日が経つ。
今日まで色々と大騒ぎが起きたものの、五郎はやっと落ち着きを取り戻し始めていた。
「生きた心地がしない毎日で、退屈しないなぁ!ははは!」
「はぁ…」
なんとかテンションを上げようとした五郎だったが、すぐに溜息となってするりと活力が抜けるのを感じた。
信長との対面から家臣として採用されて、はや一週間は経つであろうか。
今でこそ、ある屋敷の一室を与えられのんびり出来るようになったとはいえ。
その過程が思い返したくない程神経をすり減らす事ばかりだったのである。
「そりゃぁ、いきなり何処の生まれとも知れない男を登用するなんて無茶だよな」
そう、あの信長との一件からすぐの事だ。
すぐさま信長は家臣達を集め、五郎を登用する事を伝えたのである。
家臣達の反応は様々だったものの、お世辞にも好意的なほぼ皆無だった。
「明らかに腕っ節がない風貌だし、俺」
幾ら自分達が仕えてる主の決定とはいえ、吹けば飛んで行きそうな身体の覇気が見当たらない顔付きを見て納得するのは厳しかった。
気づけば、目に剣呑な気配を漂わせる家臣が睨んでいる事に意識が砕かれそうな程の精神ダメージを受けながらも必死に耐え切ったのである。
「もうあんな状況はごめんだよ、二度と…」
「それにしても良かった、毎日あの信長と一緒じゃなくて」
実は五郎は信長の家臣として仕える事になった時勘違いをしていた。
てっきり自分は信長が身の回りの世話や話し相手の為に登用したと思っていたのだ。
しかし信長は五郎を自身の近習にせず、ある家臣に預ける事にしたのだ。
「でも、あの米五郎佐の元で働けなんて言われるなんてなー」
そう、ある家臣とは信長との対面の際に立会い。
更には五郎の登用が通達された場で皆を静める手助けをした人物、丹羽長秀であった。
実はその場にもう一人、五郎の登用について騒ぐ家臣を静めた人物が居たのだが…。
「あれは誰だったんだろう?」
織田家の有名な家臣はうろ覚えで記憶しているが、何せイメージと全く違う世界なのだ。
正直誰がメジャーな家臣なのか、そうでないのかが見た目では判断出来そうになかった。
「うーん、あまりの緊張に顔も良く覚えれなかったんだよなぁ」
「ほう、それはどんな顔だ?」
「それは、見た目は若いのに凄く怖い感じの…」
「怖いか、それはすまなかったな?」
「え?あ!」
考え事に夢中になりすぎて声が漏れていたのだろう、五郎に気配を悟らせず近づいていた人物の問いに反射で答えていた。
いつからそこに居たのか、その人物は五郎の肩に手を回すとぐっと引き寄せガシっと固定した。
「新参者だというのに、結構言うようだな?ん?」
「いててて!や、止めてください!」
「軽ーく遊んでるだけだ、痛くないだろう」
「痛い!痛いですよ!」
「ほいっ!」
「あぎゃ!」
軽く捻って放られた五郎は畳に顔面をぶつけて情けない声を上げてしまう。
そんな五郎を見てその人物は相好を崩すと、すっと座りこう名乗った。
「俺は柴田勝家、この織田家に仕えている」
「柴田勝家!?」
(という事は、あの場を治めてくれたもう一人あの鬼柴田だったのか!)
「ん?どうした」
「いえ、突然の事で驚いたもので…」
五郎は驚きを隠せないまま、柴田勝家と名乗った人物を眺めてみた。
(確か、柴田勝家は鬼柴田と言われた程の怖くて強い武将じゃないっけ…)
五郎が知る勝家の性格を考えると、あの場で一番反対しそうな人物だと思っていた。
その勝家が目の前にいると思うと、五郎の危険探知機が五月蝿く警笛を鳴らす寸前だった。
疑問なのは、何故目の前にその勝家が自分の前で座っているのかである。
まさか、今になって自分が危険な存在だと排除しに来たのだろうか。
「そ、それで柴田様は何用ですか?」
「あぁ、用件か」
「は、はい」
「そんなに緊張しなくてもいいだろう、気を楽にしろ」
「はぁ…」
「用というか、信長様が突然連れてきた男だ気になるだろ?」
「そうですよねぇ」
寧ろこれまでに誰も家臣が因縁を付けて来ないのが不思議なくらいだった。
あれだけの反応をした家臣達である、何が起きてもおかしくはなかったが。
「本当は、お前のような怪しい男は排すべきだと思うが」
「!?」
「信長様の決定であれば仕方ないだろう」
「そうですよ、柴田殿。やんちゃはいけませんよ」
「お、来たか長秀」
五郎の危険探知機がガッツンガッツン鳴り出そうとした緊張を破ったのは五郎の教育係として指名された丹羽長秀その人だった。
「あんまり脅さないで下さいね、一応私が預かってるんですから」
「ははは!すまんすまん!」
「全く、相変わらず思い立ったらすぐ行動するんですから」
「まぁお前が預かっていれば多分大丈夫だろう」
「それなのにわざわざ五郎殿にちょっかいかけに来たのですか?」
「ついでにだ、ついで」
(ついでに脅されたのかよ!殺されるかと思ったぞ!)
五郎は目を見開いて勝家を見てしまう。
さも笑い話のように自分の精神を削ってくるのは止めて欲しかった。
それにしても、さっきまでの二人の会話から察するに。
他の家臣達が自分にちょっかいをかけてこないのは自分を預かる長秀の存在が大きいようだ。
(見た感じ気のいいのんびり屋の兄ちゃんなんだけどなー)
だが、よくよく考えれば例の一件で荒れる家臣達を宥めたのは確かにこの二人であった。
「また仕事を放り出して、食事を?」
「いや、今日はちゃんと終わらせたぞ」
「今日は、という部分が気になりますが…」
「気にするな」
「はぁ…」
滅多に微笑みを絶やさない長秀が苦笑いを浮かべる場面を見ることになった五郎は、自分の上司は苦労人なんだなとしみじみと思うのであった。
「さて、おい五郎!飯に行くぞ」
「あ、はい!」
「それじゃ、皆で食べましょうか」
この屋敷の主ではないはずの勝家は慣れた物なのかさっさと歩いて行ってしまう、その後を慌てて追いかける五郎。
そんな二人の様子を眺めながら、長秀もまたのんびりと目的の場所へと歩み始めた。
「今日は大変な一日だった」
五郎は慌しい一日を振り返ると用意した布団に寝転んだ。
まさか、あの柴田勝家に絡まれるなんて。
結局あの後三人で食事を終えてどうなったかというと。
勝家は五郎の働きぶりをずっと眺めていたのである。
雑務から、長秀からの鍛錬、勉学。
時折くる勝家からのちょっかいに肝を冷やしながらの一日は思った以上に体力を消耗したのである。
「だけど、勝家さんはやっぱ怖いな」
それは鍛錬の時間に入った時の事。
それまで軽い横槍しかしてこなかった勝家が、鍛錬を見てやろうと言い出したのだ。
五郎は自分の身体に考慮された鍛錬ですら悲鳴を上げているというのに、あの鬼柴田が鍛錬を見るというのだ。
「柴田殿!勘弁してください~!」
「大丈夫だ!手加減はしてやる!」
「ぎぃやぁあああああ!!」
結果として、鍛錬中に五郎は伸びてしまいお開きになってしまったのである。
「俺より歳が上なのに、あの身体に力って…」
「あの人、本当に人間なのか?」
よく見る漫画に出てくる怪物が可愛いと思える位の圧倒的な力を見せられた五郎は、今後勝家を怒らせないように気をつけようと心に誓うのであった。
(このままだと身体が持たない、俺生きていけるのか?)
今に至るまでの自分に降りかかる騒動を考えれば考えるほど、元の世界に戻る以前に生きていけるのか不安になるのも仕方がない。
「早く帰って、元の生活に戻りたいなぁ…」
眠気が瞼を重くする、今日一日の疲労もある為か襲い掛かる睡魔に逆らう事もなく五郎は眠りについた。
明日は良い事あるといいな、そんなありきたりな願いを夢に見ながら。
今回は柴田さんとの出会いを。
結構丹羽さんも出てきますけども。
このシリーズは名前やイメージを使わせてもらいつつ。自分がこうだったらいいなという武将イメージを織り交ぜていきたいと思っています。