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第三章~その名は織田信長~

「で、お前は何処からきたんだ?」


そう尋ねた人物を目の前に五郎は固まっていた。

確か自分は喜助と薪を拾いに行こうと連れ出され、捕まった所までは覚えている。

それから何日経ったかはわからないが、目覚めたら後ろ手を縛られ部屋に閉じ込められていたのだ。

身の危険を感じた五郎はなんとか抜け出せないかと格闘しているとそこに顔を出した家人によって連れ出されたのである。

その結果、眼前の人物が居る広間に放り込まれたのである。


「どうした?まさか喋れないなんて言わないよな?」

「あ、いえ~その~」

「なんだ、しっかり喋れるじゃねぇか」

「も、申し訳ないのですが今の状況が理解できなくて。どちら様でしょうか…?」

「ほう?お前、俺を知らないのか?」

「し、失礼かもしれませんが全く」

(これ程の広い屋敷に住んでるって事は、結構偉い武将だったりしないよな?そうであってくれ)

「面白い!胡散臭い坊主の話を聞いて探させた甲斐はあったな!」

「は、はぁ?」

「さて、俺が誰かだったな」

「俺は織田上総介信長、この尾張の主よ!」


信長!?目の前の男が!?

五郎は目の前が真っ暗になる感覚を味わいながらその男を改めて眺めた。

歳はまだ24程であろうか、まだまだ若々しさを感じさせる風貌である。

鋭い目つきを携えているものの、その顔立ちはどこか柔軟さを感じさせるものがあった。

(まさか本当に信長と会うなんてなぁ、俺生きて元の世界に帰れるんだろうか)


「申し訳ありません!織田信長様とは知らなかったもので…」

「俺もまだまだ名がしれてはおらんという事か」

「そ、それは…」

「そんな事はどうでもいいか、それよりもう一度聞くぞ?お前は何処から来た?」

「…」

「答えられないのか?」

「はい、申し訳ありません」

「面白くないな、答えなければここで斬ってもいいんだぞ」


信長は近くに置いた刀に手を伸ばすと、五郎の眼前に刀を突きつけた。


「死にたくなければ、答えろ」

「……」

「どうした?命は惜しくないのか?」

「………」

「おい?どうした?」


五郎は目を見開いたまま気絶していた、命の危険を目の当たりにして意識を保って居られるほど五郎は精神が強くなかったのである。

そんな五郎の様子を見た信長は刀を納めると、面白くなさそうな表情を浮かべた。


「うーむ、これ位で気絶するとは情けない男だな」

「それは若が調子に乗って脅すからです」

「おう、ばぁさん来てたのか」

「ばぁさんとはなんですか!まだ私はそこまで歳ではありません!」

「そうだったか、それよりもその男部屋に戻しておけ」

「この男、何者なのです?」

「わからん!が面白そうな男だろう?」

「若、いつも言ってますがそろそろ落ち着いて下さい」

「またお説教か?」

「毎日毎日、やれ南蛮渡来の品物やら珍妙な物やらばかり」

「だから皆におおうつけと噂されるのですよ?」

「好きに言わせておけばいいだろう」

「なりません!若はこの尾張の国主なんですよ!」

「うるせぇなぁ」

「若!」


これ以上お説教は聞きたくないと、信長は気絶した五郎をそのままにどこかへ逃げてしまった。

その信長の背中を眺めながらばぁさんと呼ばれた女性は嘆息した。

平出政秀、信長の教育係である彼女にとって益々悪化する若の悪癖が悩みの種であった。


「どこで教育を間違ったのでしょう」


誰にとも無く呟くと、政秀は五郎を部屋へと運ぶ支度を始めた。

これが五郎と信長の初めての出会いであり、五郎の人生の中で恐ろしかった出来事ランキングに見事ランクインする事件として記憶に残ることになる。




それから数日後、五郎は再び信長と対面する事になった。

また命を狙われたらと想像するだけで気が気でない五郎だったが。

今回は、もう一人立会人が来ると言うので安堵するのであった。

家人に案内された部屋の前で一呼吸すると、五郎は声を掛ける。


「五郎です、入っても宜しいでしょうか」


五郎が尋ねてから間も無く、入れとの返事を受けて五郎は静かに入室した。


「染井五郎と申します、信長様。先日は失礼致しました」


五郎は深く一礼した。

何せ気づいたら部屋に転がって居たのだ、噂の真偽は兎も角出来るだけ慎重に慎重に行動しなけば。


「顔を上げろ」

「はい」

「まさか、あの程度で気絶するとはな滑稽だったぞ」

「申し訳ありません」

「まぁ昨日は俺もやりすぎた、許せ」

「いえ、とんでもありません」

「それで、だ」

「お前の事を調べさせてみたんだが」

「一体何処からこの尾張まで来たんだ?」

「それは…自分でもわからないのです」

「わからない?」


五郎は下手な事を言えば命が危ない事を感じていた、ならばいっそ正直に話すしかないと思った。

それならば今、立会人がいるこの場で話す事が命の危険を軽減できるのではないか?そう祈るしかない。

妙な事を言う男だから、さっさと放り出しましょうとなれば自由になれるかもしれない。


「自分は遠い国から来たのですが、気づけばこの尾張に倒れていたのです」

「ほう、それはどんな国だ?」

「それは口でお伝えするのは難解でして」

「むぅ、つまらん」

「ただ、からくり仕掛けの物が溢れておりますので信長様はお喜びになるかもしれませんね」

「ほう!そんなに沢山あるのか!」

「はい、からくりに囲まれて人々は毎日を過ごしている国なのです」

「それは行ってみたい国だな!なぁ長秀!」

「それは楽しそうですねぇ」


そう相槌をした男、立会人としてこの場で静かに座っていた人物が答える。

(長秀?もしかして丹羽長秀!おぉ…ちょっと感動)

五郎は元の世界で拝借していたであろう人物を目の当たりにして感動してしまう。

先程までの信長との対話中は出来なかったが、信長と長秀があれやこれやと話している今になって改めて立会人の存在を思い出したのだった。

米五郎佐、鬼五郎左とも渾名される丹羽長秀を観察し始めた五郎は拍子抜けしてしまう。

自分が想像していた長秀と違い、その風貌からはおっとりした気のいい兄ちゃんのようにしか見えない人物だった。

信長の相手をしている長秀は微笑みを崩すことなく丁寧に話を返している。

そうやって暫く観察をしていたのだが…。


「にしても、そんな国から何をしに来たのだ」


突然転換した話題にギョッとしながら五郎は答える。


「それが私も来たくて来たのではないんです」

「なら何故来たのだ」

「さぁ…」

「なら、お前は仕方がなくこの国に来たと?」

「そうなります…かね」

「なるほどな」


信長は急に思案顔になって考え込んだ、五郎は暫しその様子を見ていたのだが。

(あれ、この展開には覚えがあるぞ)

ふと去来した嫌な予感が増すのを感じながらも、信長の動きを眺めるしかなかった。

何処の国から来た妙な男、あの信長が大人しく帰してくれるんだろうか。

もしかしてこの屋敷に連れてこられた時点で完全に詰んでいたんじゃないのか。

様々な思いが五郎を駆け巡ってどれ程の時間が経ったのだろう。

信長は五郎に近寄ると言った。


「染井五郎!お前は俺の家臣にする!拒否はさせん」

「なぁに、悪いようにはせん!いいな!」


一番危険な人物と縁が出来たんじゃないのか?思っても避けられない事実に五郎は天を仰いだ。

段々危険な方向へと走り出す自分の処遇に嘆く事も出来ないままに、五郎は信長に仕える事態になったのである。

この時点で既に心身共にKO気味の五郎はこの先生き残れるのだろうか?

唯一つ分かる事は、五郎の苦難はまだまだ始まったばかりだという事だろう。







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