第二章~五郎捕まる~
喜助という若者と出会って数分、俺は談笑する三人を横目に考え事に夢中だった。
(使いねぇ、こんな辺境に寄れる場所に使いなんていやーな予感がするな)
自慢じゃないが、五郎は自分が不幸なトラブルに巻き込まれる際の勘は鋭い方だった。
そこでトラブルを回避できないのが五郎なのだが。
五郎がうんうん唸っていると喜助が突然声を大きくした。
「そういえばさ、最近ここら辺で変な男がうろついたりしてなかった?」
五郎はその声に身体をビクっと震わせる、最近この世界に来た五郎にとって気が気でない話題だった。
「変な男かの、ふーむ」
庄吉さんがチラりとこちらを見る、俺は若干の哀願を込めた目で庄吉さんを見ることしか出来なかった。
五郎の顔を見た庄吉さんは首を傾げながら、喜助に向き直ると。
「変と言ってもどう変かわかりゃぁせんと、ワシにはわからん」
「それもそうか、でもどう変かと言われても困るなー」
「なんじゃ、喜助もようわからんのか」
「まーね、そもそも俺も変な奴が居たら捕まえろ!って言われただけなんだよね」
「ほぅ、お前も大変じゃな」
「まぁね、こっちにも届いてるかもしれないけど戦の準備はしてるけど中々合戦にならないし」
「信長様にも考えがあられるのじゃろう」
「そうなのかなぁ、今回俺が戻ってきたのも信長様が原因みたいだしさー」
「ほっほっほ、信長様は愉快な御仁らしいからのぉ」
「うん、その愉快な信長様の悪い病気がまた出たらしくてさー。俺の村周辺に変な男がいるって噂が耳に入ったらしいんだ」
(どんだけピンポイントなんだよ!?)
五郎は自分にトラブルが笑いながら歩み寄るのを感じずにはいられなかった。
織田信長と言えば奇妙な行動や奇妙な物に興味を持つおおうつけと大評判の大名だ。
もし自分が異世界から来たとか頓珍漢な事を言ってたらと思うと…冷や汗が止まらない。
「ともかくワシが見た限り、そんな男は見なかったのぉ」
「そっか、雪さんも?」
「えぇ…私も見なかったわね」
「雪さんも見なかったのか、村の皆にも聞いてみるしかないか」
「そうしてみなさい」
「うん、そうしてみるよ。」
それまで二人と談笑していた喜助は突然五郎の方へ振り返ると、胡散臭げな顔をしながら尋ねた。
「ところであんた、名前は?何でこんな村にいるのさ?」
庄吉さんと雪さんが自分の事をそれとなく庇ってくれた事に安心していた五郎は突然の質問に動揺してしまう。
「あ、あぁ俺は五郎といいます。宛も無く旅をしていたらこの村を見つけてのんびりさせて貰ってる」
「旅…ねぇ、五郎さんあんた何者なんだ?歳はそれなりに食ってるみたいだが、そんなひょろひょろした身体で旅なんか出来るのかい?」
(悪かったな!もうすぐアラサーだよ!)
五郎はちょっと気にしてる部分をストレートに言われ軽くへこんだ。
そんな気持ちを表に出さないよう注意しながら喜助にどう返答すべきか思案していた。
自分が暮らしていたであろう世界の事なんて通用しない場所なのだ、何者だと問われても困る。
そもそも指摘されたように自分は目の前の若者に比べて身体の作りが違う。
身体トレーニングなんてした事もない五郎が痩せ細ってるのは当たり前だ。
結局五郎が出した答えは。
「何者と言われても、ただの旅人ですよ」
「旅人ねぇ、よくこんな村にそんな身体で来れたもんだ」
「いやぁ、運が良かったのかもしれませんねぇ~あはは」
「この村は結構周囲が荒れた山道だってのに、よく怪我しなかったね」
「そこは、まぁ旅の経験がそれなりにありますので」
(く、苦しい。だが押し通さないと何されるかわかったもんじゃない!?)
「ふーん、まぁ村の皆に迷惑を掛けそうでもないし。それならいいか」
喜助の表情が緩んだのを見て五郎はほっと息を吐く。
これ以上の追求をされると、何を言えばいいのか手詰まりになる所であった。
それにしても五郎を驚愕させたのは、喜助の鍛えられた身体だった。
見た目は自分より大分下であろう年齢を感じさせない筋肉のつき方をマジマジと見ると、五郎は元の世界との環境の違いに愕然とするしかない。
ふと喜助に尋ねたい事を思いついた五郎は早速尋ねる事にした。
「そうだ!喜助さんは、信長様の軍勢に?」
「ん?そうだよ、近々戦じゃ戦じゃと噂になってるもんだから仕官したんだ」
「へぇ~、んじゃまた戦の為に戻られるんですね」
「ん~そのつもりなんだけど、よくわからないんだよね」
「わからない?それはまたどうして」
「旅人のあんたなら聞いた事くらいないのか?今尾張には今川がちょっかいかけてきてるんだ」
「その話なら聞いてます、その今川と戦になるという話では?」
「本当なら信長様は今川と戦を始めててもおかしくないんだ」
「え?しかし、まだ戦は始まってませんよね?」
「そう、信長様はちょっかいを掛けられて我慢出来る様なお方じゃないと聞いたんだけど。俺が仕官して二ヶ月は経つけどそんな雰囲気じゃないんだよね」
なるほど、尾張が今川に狙われてるのは今に始まった事じゃないのか。
そう考えると確かに不思議だ、苛烈な人物と噂の信長が未だに戦をしないのは何でだろう。
もし信長が尾張を統一したのが切っ掛けだとしても、未だに合戦が起きていないのは何か理由があるのだろうか。
五郎があれこれ考え事を始めると喜助はふと何かに目を留めた。
「これ、何だ?」
「あっ!」
「え?」
喜助が手に取ったのは自分のスーツだと気づくのが遅れた五郎は思わず声に出してしまった。
喜助はスーツを広げたり興味深そうな目で眺めている。
(なんでこんな所に置いたままに!どうしよう…)
「変な着物だなぁ、何だこりゃ」
「不思議な着物ですよね~あっはっは」
「……これ、あんたの?」
「え、えぇ…異国の着物だとかなんとか」
「ふーん」
「あっはっは、物珍しさについ買ってしまったのです」
「あんた、変わった人だね」
「いやぁ、よく変わり者だと言われます」
五郎は悩みの種が増える予感をひしひしと感じ、このまま走り出したい気持ちになった。
相手は自分を軽く押さえ付けられそうな屈強な若者なのだ、面倒な事は極力避けたい。
そんな事を考えていると喜助は談笑している庄吉さんと雪さんに声をかけていた。
「庄吉爺、雪さん。ちょっとこの人借りるよ」
「あんまり無茶な事はするんじゃないぞ」
「遅くならないようにね」
「大丈夫、大丈夫!すぐそこまでだから」
「え?え?」
「んじゃ五郎さんとやらちょっと森に蒔きでも拾いに行こうぜ」
「は、はい」
有無を言わせない喜助の迫力に五郎は大人しくついていくしかなかった。
村から少し離れた森の中に五郎と喜助は居た。
喜助は真剣な顔を崩さないまま、五郎を見ると声を掛ける。
「さて、単刀直入に聞くけど。五郎さんって旅人じゃないでしょ?何者なの?」
「え、あはは。何を言ってるんですか~先程も言いましたけど俺はただの旅人ですよ」
「へぇ、旅人ねぇ。旅人があんな着物を持っているのにこんな村で畑仕事かい?」
「いやぁ~情けない話、この辺りは初めて来たのでよくわからなくて。行き倒れかけた所を助けて貰ったのです」
「行き倒れねぇ、畑仕事もした事ないような身体で旅人。しかもあんな変な着物を買う程の余裕があるなんて怪しすぎると思わないかい?」
五郎は返す言葉が無かった、相手はこの世界で育った人間なのだ。
自分よりこの世界を知ってる上に、自分はどうみても力仕事なんてしてる風貌じゃない。
思い切って五郎は尋ねるしかなかった、これから自分がどうなってしまうのか。
「それで…俺に何か御用が?」
「聞きたいかい?」
「それはもう、是非とも聞きたいですね」
「それはね、五郎さんを捕まえようと思って」
「な!?」
五郎が驚いた時には喜助は消えていた、空が暗転したと思った瞬間に意識が落ちた。
喜助は気絶した五郎を抱えると、少し困ったなぁと表情を浮かべながら村へと歩みを進めた。