第十八章~突きつけられる事実~
「…ろ……!……か…しろ!」
誰かが呼んでいる気がする。遠くから、誰かが…。
俺はどうしたんだろうか、先程までとても悪い夢を見ていた気分だ。
そう、自分を暖かく迎えてくれた村人や遠慮が無い人懐っこい若者。
皆が殺される夢だなんて、そんな酷い夢を見せるなんて。冗談がきついよな。
このまま…、このまま静かに眠らせてくれ。次は楽しい夢を見れるかもしれないから。
「いいかげんに起きろ!五郎!」
「う……此処…は?」
「目を覚ましたか!五郎、俺がわかるか!?」
「……利家殿?」
「そうだ!それより長秀さんは何処だ!?」
「長…秀さん…」
「そうだ!わからないのか!?」
「あ…う……」
「ちっ!駄目か…」
朧げな意識を薄く覚醒させた五郎だったが、うまく口が回らず喋れない。
そんな五郎に利家は声を掛けるが、未だに放心状態の五郎は利家の問いに答えれるような状態ではなかった。
「見た感じ大した怪我はない…か」
利家はそう言うと五郎の身体を調べる。
五郎の身体は血に染まっているが酷い怪我は見当たらない。
恐らく走り疲れて意識を失って居たのだろう、利家が村へ兵を引き連れて到着すると倒れ込んでいたのだ。
「五郎!おい五郎!」
「……」
「くそっ!お前等、五郎を頼む!」
利家は兵達に五郎の身柄を預けると、村の中へと駆けていく。
再び意識を失った五郎を運ぶと、兵達は利家が戻るまで数人だけ五郎の傍に残して村へと入っていった。
「……それは本当か?」
「はい、間違いありません」
「…………」
「…………」
「長秀にしっかり言い含めるべきだった」
「信長様…」
「まさかあの長秀が単身で向うほど焦るとはな」
「あいつは…五郎を大層気に入っていましたから、信長様に負けない程に」
「そうだったな…」
信長は勝家の言葉に目を閉じると息を吐く。
その表情は怒りを堪えるように震えていた。
まさか、あの長秀が狙われる事になるとは予想できなかった。
今回の件も戦の臭いに寄せ付けられた、ごろつきや野盗だと甘く見ていた、その事実が信長にとって悔やみきれない。
勝家が治めた村々も被害は甚大だ、しかし下山を襲った野盗は残された死体や村の痕跡から判断するに他の村とは違う。野盗の仕業とは思えなかった。
野盗が持つには不釣合いな刀、そして村人の致命傷を狙ったと思われる傷痕。
「もう少し早く気づく事が出来れば」
信長が悔やむ姿を静かに見据えながら、勝家は信長の言葉を待つ。
しかし信長はそれ以降沈黙を続け、二人は黙ったまま次の報告を待つのであった。
「うわあああ!」
五郎は叫びながら飛び起きると周りを必死に確認する。
そして周囲に誰も居ない事を確認して少し落ち着くと、今度は誰かを探し始めた。
「そうだ…喜助は!庄吉さん、雪さん!長秀さん!!」
自分が寝ていた部屋から飛び出すと五郎は周りを見渡す。
そこは下山の村ではなく、自分が知らない場所だった。
「此処は?俺は喜助と村に居たはず…」
何故自分は此処にいるのか、必死に思い出そうとするが靄がかかったように思い出せない。
とても酷い悪夢を見てたような気がするが、その内容を思い出そうとすると吐き気と頭痛が襲う。
今の自分が置かれている状況を理解できず混乱していると。
「起きたか、五郎」
五郎が声の方へ振り返ると、そこには利家が立っていた。
利家は呆けた表情で自分を見る五郎に近寄ると。
今にも殴りかからんとばかりに拳を振るわせた、しかし拳を解くと肩に手を置いて告げた。
「いいか五郎、目を逸らさず聞け」
いつもお茶らけたり、悪戯したり、明るい利家とは思えない程真剣な表情を浮かべると。
「村に居た人間は皆死んじまった」
「…え?」
「生き残りは確認出来なかった。五郎、お前以外はな」
「そんな…!夢じゃ、夢じゃないんですか!?」
突きつけられた事実に現実に引き戻される。
五郎は利家に掴みかかるが、利家は振り払う事も無く淡々と告げる。
「俺が村に着いた時は既に手遅れだった、村のはずれでお前は血まみれで倒れていたんだ」
「それじゃ…喜助や庄吉さん達は!」
五郎の問いに首を振ると、頭の中が真っ白になった。
数時間前まで一緒に食卓を囲んで談笑していたのだ、とても信じられる事じゃなかった。
今でも思い出せる、喜助と競うようにご飯を食べる場面を、その姿を苦笑しながら見る雪さんを、そしてそんな皆を優しい眼差しで見守る庄吉さんを。
「どうしてこんな事に!」
「野盗が村を襲うなんて今に始まったことじゃない」
「そんな!?」
「五郎、今の世は人なんて簡単に死ぬ。いいか、俺達だっていつ何処で命を落とすかわからないんだ」
「……」
五郎は何も居えずに俯いた、その姿を見て利家は頭を掻いた。
「五郎、もう一つ言う事がある。長秀さんの事だ」
その言葉に五郎は顔を上げる。
五郎は今まで忘れていた長秀に助けられた事を思い出す。
長秀は五郎を庇って怪我をした後自分を逃がす為に、襲ってきた男と対峙していたはず。
「長秀さんはどうなったんです!?俺を庇って怪我を…」
「……」
「利家殿!教えてください!」
「亡くなったよ」
「え…」
長秀が死んだ、その事実に先程以上の衝撃を受けた五郎は固まってしまう。
「そんな、嘘です…よね?」
「本当だ」
「長秀さんがそう簡単に死ぬわけないじゃないですか…」
「長秀さんはお前を守って死んだんだよ、五郎」
「俺を…」
自分を守って死んだ、その言葉に五郎は身体が震える。
そうだ、悪夢の中での出来事が本当なら。長秀は自分を庇って怪我をしたではないか。
あの状態で手練を相手にまともに戦えるだろうか、もし自分があの時長秀の加勢が出来れば…。
五郎の頭は破裂しそうだった、信じられない現実を突きつけられて気持ちが追いつかない。
気づけば五郎は涙を流していた、一夜にして失った親しい人達を失ったのだ、その現実が夢ではなかったと理解したくはないのに頭に喜助の死を目の当たりにした場面が浮かんでは消える。
その現実を受け入れたくはないと頭は考えるのをやめようとする。
利家はそんな五郎に声を掛ける事無く、黙ったまま様子を見るのだった。
「失敗しましたか、まぁいいでしょう」
密偵から報告を受けると雪斎は少し考え込む。
楽しみにしていたのですがと呟くと、雪斎は目を細める。
それから誰に向けるわけでも無く独り言を呟いた。
「五郎という男を捕まえれなかったとはいえ、丹羽長秀を討てたのは僥倖と言えますね」
くくくと笑うと雪斎は思った以上の成果に喜びを隠す気配はなかった。
元々国境を混乱させる為に根回しをしたこの策。
もし織田が長久手の鎮圧に手間取ればその隙をつけるはずだ。
ついでに信長のお気に入りと言われる男を捕らえることが出来ればと軽く思った程度の事。
まさかその男を庇って織田の重臣である丹羽長秀を討つ事が出来るとは。
「これで織田に動揺が走るでしょう、攻めるならそろそろですね」
雪斎は自室を後にすると、そのまま氏真の元へ報告に向った。
中々難しい、この辺りが頭を悩ませる部分になりそうです。
読みにくかったらすみません。




