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第十四章~里帰り~

「う~ん…!」


ぐぅ~っと背伸びをすると、目の前に広がる静かな村眺める。

清洲からこの村、下山まで歩いてくると予想外に時間が掛かった。


「やっとだ!辿り着いたのだ!俺は!」


はーはっはっは!と今にも声に出しそうな程背中を反らす五郎。

それを横で見ていた喜助は即座に突っ込んだ。


「兄ちゃん、急に元気になったけど。大丈夫なの?」

「大丈夫!元気です!」

「死にそうな顔してるけど?」


五郎は喜助に振り返ると、親指をぐっと立てて笑顔を見せる。

しかし良く見てみるとその顔は青白く、じとりと汗を掻いていた。


「兄ちゃん、まだ旅に慣れてないの?」

「……ハイ」

「それなら言ってくれりゃいいのに」

「少しは体力もついたから、大丈夫かな~…と」

「そうかなぁ?初めて見た時からあんま変わんないよ?」

「…っ!?」


喜助が無邪気に叩き折ってくる五郎の自信は、これ以上折れそうにない位甚大な被害を受けていた。

(若者にはまだまだ負けないと思っていたが…うぅ…)

下山への道中、つい喜助に張り合って旅をしてきたのだが。

鍛錬で鍛えた五郎の身体はまだまだ若者に勝てる程ではなかったのである。

がくりと肩を落とす五郎に喜助はぽんぽんと肩を叩くと。


「兄ちゃん、そんな顔してないで庄吉爺さんの家に行こうぜ!」


ほらほら!と五郎の背中を押しながら、喜助は庄吉の家に向かう。

喜助に背中を押されながら歩き出すと、五郎は「元気だなぁ」と思いながら久しぶりに会う庄吉や雪、そして村人達の事を考えると心が弾むのを感じた。




それは数日前の朝。五郎が朝餉に顔を出した時の事。


「おはようございます、長秀さん、揚羽さん」

「やぁ、五郎殿おはよう」

「……おはようございます」


相変わらず揚羽さんはそっけないなぁと苦笑しつつ、五郎は席に着く。

まだ食事の支度が終わってないのか、小姓達が動き回っているのを見た五郎は。


「俺も手伝ってきますよ」


そう言って席を立とうとするのだが。

長秀は五郎を呼び止めると、再度席に着かせる。


「先に五郎殿にお伝えしたい事があります」

「俺に…ですか?」


五郎の返事に頷くと、長秀はすーっと懐から小さな袋を出すと、五郎に差し出した。


「これは?」

「お金ですよ」

「はぁ…、お金ですか。もしかして俺にですか?」

「そうです」


長秀は頷くと、五郎の手に小さな袋を持たせる。

それから要領を得ない顔をする五郎に話を続ける。


「今日まで、色々忙しく働いてくれてます。信長様の相手も五郎殿がしてくれるので助かりますし」

「あ、あの~…それは出来れば遠慮した…」

「なので、五郎殿に休暇を取っていただこうかと思いまして」

「あ、はい…」


五郎は信長の相手はちょっと解放されたいなぁ~と思って口に出そうとしたが、長秀は最後まで言わせてくれなかった。

自分の主張を軽くいなされた五郎は反射で返事をしたのだが。


「ん?休暇?」


長秀が口にした[休暇]の単語に一瞬遅れて反応した。


「もしかして、お休みを貰えるんですか!?」


五郎が驚いて声を上げると、長秀は苦笑しながら頷く。

今までも休日はあったものの、いつも何かトラブルや頼み事を呼び寄せてしまい一日が終わる事が多かった。

そんな日々にも慣れてきたとはいえ、やはり休みが貰える事は凄く魅力的だった。


「やった!…あ、でもそれって何時になるんでしょう」

「明日から六日程考えています、ゆっくり休まれていいですよ」

「六日も?本当ですか!」

「本当です、大分生活にも慣れたでしょう。これまでの疲れを癒してください」


五郎は後光が射して見える長秀を心の中で拝みながら、明日からだらだら出来る事が楽しみだった。

五郎が大人気なく心を弾ませていると、揚羽はじとーっとそんな五郎を見ていた。




五郎が休暇を与えられた日、五郎はいつも以上に仕事に精を出していた。

何せ纏まった休みなど初めての事、その間思う存分だらけられるなら張り切ってしまうのも仕方がないだろう。

仕事仲間の小姓達に、「良かったな!」と声を掛けられながら汗を流していると、喜助が訪ねて来たのである。


「兄ちゃん、庄吉爺さんや雪さんに文くらい送ったのかい?」


喜助がいきなり聞いてきた事に一瞬思案すると。

五郎は申し訳なさそうに答える。


「いやぁ…中々送る元気が無くて、いずれはと思ってたんだけど」


喜助は五郎の返事に「やっぱりか」と頷くと話を続ける。


「爺さんと雪さん、心配してたぜ。一応俺が理由は伝えて置いたんだけど」

「あー…、喜助君が、俺を浚った時の事ね。うん」

「いきなり居なくなって、何処にいったがわからないから文も送れないって心配してた」


それは悪い事したなぁと表情を渋くする五郎。

しかし、五郎は五郎で慣れない日々を生きるのに必死だったので、そこまで気が回らないのも本音であろう。

うんうん唸る五郎を暫く静観していた喜助だったが。


「そこで兄ちゃんに相談があるんだ」


喜助の話に顔を上げると、喜助は話を切り出した。


「暇になったら一緒に村に顔を見せにいこうぜ!」


五郎は目を瞬かせて喜助を見返すと、ぽんと手を叩いた。


「それだ!」


世話になった人に会いに行く、いい休日の使い方になりそうだ!と五郎は閃くと。


「喜助!君はいつ時間が作れるんだい?」

「俺?俺は暫く用事を云い付けられてないからさ、何時でもいいよ」

「なら明日、明日出発しよう!」


喜助は五郎がそこまで乗り気になると思っていなかったので、今にも小躍りしそうな五郎を観察すると。


「まぁ兄ちゃんが明日って言うなら、明日の朝から向かおうか」


そう話を終わらせて、頭を軽く掻くと。


「しっかり旅支度しておいてくれよ~、結構下山まで大変だからさ」


そう最後に話すと、手をひらひらと振りながら帰って行った。

喜助を見送っていた五郎は、仕事の途中だと思い出すと慌てて振り返る、ふと視線を感じたので目を向けた。

そこには瘴気を纏った鬼が無表情にこちらを見ていた。凄く怖かった。




「あれは、怖かったな…」


五郎が下山へ来るまでの出来事を思い返してしみじみと頷いていると。

その背中に元気な声が掛かる。


「兄ちゃん、何やってんだよ。早く来なって!」


喜助が大声で呼ぶと五郎は頭を振って庄吉の家に向かった。

久しぶりに見る。ちょっと古びた味のある長屋の戸を開けると、喜助が勢い良く中へ入った。

そんな喜助を見て苦笑すると、五郎も後に続いて中へ入る。


「庄吉爺さん、雪さん。いないのかー?」


喜助が返事を待っていると、隣から返事が返ってくる。


「はいはい、どちらさんかの?」


戸を開けてゆっくりこちらへ向かってくると、庄吉は喜助と五郎の顔を順に見渡した。

庄吉は普段から好々爺とした笑みを更に深めると、喜助に話しかけた。


「喜助や、よく帰ってきたのぉ。元気そうで何より何より」


それから五郎に向きを変えるとほうっと息を吐いて話しかける。


「心配しましたぞ、五郎さんや。いきなり居なくなって吃驚しましたわい」


にこにこと皺を深くした庄吉に話しかけられた五郎は、申し訳ないなぁと思いながらしっかりと答えた。


「元気ですよ、庄吉さんや雪さん。そして村の人達のおかげです」


五郎が心から感謝すると、庄吉はほっほっほと笑うと五郎達を客間へ案内した。

久しぶりに見た庄吉の笑顔に、助けられた頃に安心させてくれた時の事を思い出す。

結局途中で畑仕事も放り出す事になったが、その事も笑って許してくれるこのお爺さんに感謝してもしきれないだろう。

(久しぶりの畑仕事に精を出しますか!)

休暇の間に少しでも恩返しをしようと決意した五郎は、庄吉にこれまでのいきさつや生活。そして何故村に帰ってきたのかを話す。


「それは大変でしたな」


うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれる庄吉を相手に、五郎の話は夜まで続くのであった。


因みに、雪さんは楽しそうに話す五郎の邪魔をしないよう見守って居たのだが、夕餉の時間になると困った表情で五郎に声を掛けてきたのである。

夢中になるあまり雪さんに気づかなかった五郎は暫く喜助におちょくられるのであった。

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