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第十三章~再会と不穏な気配~

今川との緊張状態が日々高まっていく中、五郎にとって予想外の再会が待っていた。

それは五郎がいつものように鍛錬をしていた時の事、やっと自分の得物を使いこなせる鍛錬にステップを進めたのだが。


「なんだー!そのへっぴり腰は!」


この声である。やっと揚羽から開放されたと思ったのに、横からちゃちゃを入れてくる男が最近よく来る。毎日のように来る。


「ちょっと!利家殿!集中できないじゃないですか!」


五郎が「やめてください!」とお願いをするのだが、利家は気にもとめることなくじっと五郎の鍛錬を眺めていた。

(駄目だこりゃ、あんなにじっと見られたら気が散って仕方ないよ)

肩をがっくりと落とし、意気消沈した五郎は仕方ないから雑務でもしようかと考える。

利家と知り合ってそれなりの時間が経った、五郎の顔を見る度に噛み付こうとする利家とも大分歩み寄れた[気]はする。

五郎にとってすれば、いつ何時噛み付かれるか怯えなくて済むようになったのは。とても重要な事だった。


「利家殿、俺はこれから雑務の為戻りますけど。どうします?」


五郎が鍛錬の終わりを告げると、利家はつまらなそうな顔を浮かべて返事を返した。


「なんだよ、もう終わるのか!まだ一時間ほどしか鍛錬していないじゃないかよ!」

(利家殿が気になって集中できません!……なんて言ったら怖いよなぁ)

「ま、まだ雑務もありますから、仕方ないですよ」

「雑務ぅ~?そんなの他の奴に任せればいいだろ!」

「いやいやいや!お世話になってるんですから!疎かに出来ませんよ!」


五郎が何言ってんだこの人と言わんばかりの表情で答える。

そんな五郎の答えに全く不満げな顔を隠すことなく利家は言った。


「大体五郎、お前そんなんじゃ命が幾つあっても足りねーぞ」

「は、はぁ…」

「もっと鍛錬の時間を増やして鍛えないと。敵どころかそこら辺のゴロツキに殺されるぜぇ~」


利家は人の悪い笑みを浮かべて五郎を脅してくる。

事実、五郎の今の状態では少し腕の立つごろつき相手に全く歯が立たないだろう。

利家は五郎を脅してはいるが、その脅しの中には心配も若干含まれていた。


「お、脅さないで下さいよ~」


軽く怯える五郎だった。悲しい事に精神力は日々鍛えられていないようだ。


「まぁ、受けた恩を返そうとする心意気は認めるけどな!」


これ以上脅したら、間違いなく後で勝家に怒られる。

利家は五郎を脅すのを止め、大人しくなると。


「んじゃ俺もゆっくりするか」


そう言って腰を上げて歩き出した。五郎の部屋に。

一瞬、利家が帰ってくれるんだなと喜んだ五郎は思わず二度見した。

帰ると思っていた利家はあろう事か、一直線に五郎の部屋に向かっていたのであった。


「ちょ、ちょっと!利家殿!」

「ん?どうした」

「帰られるんじゃ…?」

「ゆっくりするって言っただろ?五郎の部屋にお邪魔するぜ」

「えっ!」

「後でお茶、宜しく~」

「……」


俺の部屋は休憩所じゃねぇよ!そう叫びそうになった五郎は思いとどまると。

呆然と利家を見送るしか出来なかった。今日は一日五郎に休める暇はないかもしれない。


「どうして俺の周りには[俺]を振り回す人が多く寄ってくるんだ…」


自分の身に降りかかる騒動の主な原因が、[自分]より圧倒的に[周り]が影響しているのを思うと、五郎は頭を抱えるしかなかった。




五郎は雑務、というか町へ買い物に出かけていた。

鍛錬の後、結局あれやこれやと雑務をこなしながら利家にお茶を振舞った五郎であったが。

2時ごろに休憩を取ろうと自室に向かっていると、ギリギリと歯軋りと鼾が洩れてきた。

(あ、あの人…!のんきに昼寝していやがる!)

自身ですら最近昼寝の一つも出来ないというのに、よりによって自分の部屋で凄い鼾をかいて寝ているなんて。

五郎は少し怨嗟を込めた目で自室で寝てるであろう利家を見るとふと空を見上げると溜息を吐いた。


「今ならあの猛犬とも戦える気がする」


そう呟いた五郎の目は何処を見ているのかわからない、遠い目をしていた。


「ま、静かな事はいい事だけどね」


五郎はぶつぶつと独り言を言うと。町をゆっくり歩きながら伸びをする。


「清洲は今日も平和だなぁ、皆元気すぎる」


大分馴染んできた清洲の町並みを見ながら、五郎は町人達を見て感嘆する。

信長がこの清洲を運営してから、大分活気が出てきたとは顔なじみになった商人の弁である。


「ああ見えて、やっぱ凄い人物なんだなぁ」


信長の行った政策にうんうん頷きながら歩く五郎だったが。

「おーい!」とその背中に声がかかる。

何かあったのかと振り向いた五郎の目の前に現われたのは、少しトラウマになる切っ掛けを作った若者だった。




「いやぁ、悪いね兄ちゃん」

「い、いえ。はい…」


若者、喜助は五郎が注文した団子を一齧りすると五郎に礼を言った。

声を掛けられた五郎は、その人物が喜助だとわかると身体に緊張が走った。

これから仲良くなろうとした矢先に気絶させられ、捕まってしまったのだ。

軽く人間不信になる所であった。


「聞いたよ、兄ちゃんも信長様に仕えたんだって?」

「えぇ、自分でもわからないんですが。何故か気に入られたようで…」

「よかったね!ちょっと心配してたんだよ」


喜助がにこにこと話しかけてくると、五郎は息を吐いた。

本当なら、「君のお陰で死ぬところだったよ!」と言いたい。

だが、この無邪気な笑顔で遠慮なく話しかけられるとその気も削がれる。

(正直、そんな事を言えるような勇気ないけど)

年下だろうと何だろうと、自分が敵わないと判断した相手に強く出れないのが五郎だった。


「それで、喜助さんは何を?」

「待った」

「へ?」

「喜助でいいよ、喜助で!」


さん付けなんていらないでしょと言う喜助を見て、脳裏に利家が過ぎった五郎は大人しくその提案を受け入れる事にした。


「え~と…喜助、でいいかな?」

「いいよいいよ!」

「で、喜助は何をしてるんです?」

「いや、柴田勝家様から丹羽長秀様に伝達があってさ」

「なるほど」

「その途中で兄ちゃんを見つけたのさ」

「よくわかりましたね、俺が」


五郎がお茶を啜りながら尋ねると、きょとんとした喜助はわははと笑う。

それから五郎の全身を上から下へ眺めると答えた。


「わかるも何も、兄ちゃん良い身なりしてるのに。ひょろひょろしてるじゃないか」

「兄ちゃんには町人の格好が似合ってるかもね」


喜助のストレートな感想に最初喜助と出合った日を思い出すと。喜助のぶれない態度に苦笑するのであった。


「おっと、こんなにのんびりお茶してていいの?喜助」

「いけない!急ぎの伝達じゃないから時間はいいんだけど」

「だけど…?」

「まだやる事があるんだった!」


勢い良く立ち上がると、喜助はお茶をぐぃっと飲み干した。

湯飲みをドン!と置いてお腹をさすると、満足そうな顔をして五郎に言った。


「兄ちゃん、ご馳走様!また会おうぜ!」

「え!待っ…!」


五郎の呼び止める声は最後まで喜助に届く事はなかった。

あっという間に喜助の姿が見えなくなると、五郎は喜助が飲み食いした皿や湯飲みを見て泣きそうになる。


「お、俺の3倍は食べてる…」


俺って年下に振り回される運命なの?思わず五郎は天を仰ぐ。

大空に流れる雲を羨ましいと思いながら眺めていると、天と五郎の間に陰が入った。


「おう兄ちゃん、ぼけっとしてる所悪いが、勘定頼むよ!」


勘定頼むよ、か。勘定ね勘定!なんて事だ!俺がコツコツ貯めてる貯蓄が…。

催促する茶屋の主人にやけくそ気味に勘定を済ませると、茶屋の主人はその頭に眩しい陽の光を反射させながら五郎の肩を叩く。


「良い所あるじゃねぇか、兄ちゃんも。お土産やるから元気出しな!」


五郎の目を潰しそうな輝きを浴びせながら、茶屋の主人は五郎がいつも頼むみたらし団子を持たせると。

五郎は世知辛いのは何処の世でも同じ事と、それ以上に人の温かみを味わった。


「ありがとう!重介さん!」


五郎の感謝の声に茶屋の主人、重介は再度(頭で)フラッシュを炊くとニカっと笑った。

それから五郎はまだ必要な買い物があった事を思い出すと、のんびりと屋敷に帰りながら町を練り歩くのであった。




「以上、柴田様からの言伝です」

「ありがとう、え~っと喜助君…でしたか」

「はい!覚えてくださって嬉しいです!」

「ははは、そう畏まらなくていいですよ」


目の前で畏まる若者の気を楽にさせると、長秀は貰った書状と喜助から聞いた言伝を頭に入れる。


「ふむ…」


最近三河付近の村々で不穏な動きあり、ですか。今川は何を考えているのやら。

目立った騒動はないようですが、最近妙な浪人風な男。柄の悪い男が何か探している…と。


「ん?これは…」


長秀の目に止まったのはある村の名前だった。


「下山ですか」


下山の村は確か、五郎が見つかった村だったはず。

もしかして、今川は五郎を探している?とすれば理由があるはず。


「調べてみる必要がありそうですね」


書状を読み終わると、長秀はこれからどうするか頭を悩ませるのであった。

現状、今川の狙いが五郎か、それとも別にあるのか。どっちにしても目立つ騒動が起きてない以上様子を見るしかない。


「これは一度信長様と話さないといけませんか」


杞憂であって欲しいと思いながら、出来る限り問題が起きないように動くしかないと長秀は表情を引き締めた。



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