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第十一章~不思議な刀と五郎~

「変な刀だなぁ」


五郎は倉で見つけた小太刀をまじまじと眺めると、ブンブンと振り回す。

不思議な事に、先日はまともに振れていなかった刀を軽々と振る事が出来ていた。

実際は太刀と小太刀では長さも重さも違う、小太刀は子供の練習用としても用いられる事があるので流石の五郎にも扱う事が出来るだろう。

五郎が一番変だなと感じるのは、その小太刀の軽さが[軽すぎる]事であった。


「ちゃんと鋼で出来てるみたいだし、こんなに軽いなんて不思議だ」


先程発見した際、五郎は誇り被っていたこの小太刀が何故か気になって抜いて見たのだが。


「特に仕掛けもなさそうだったんだよなー、あったのは妙な文字が刻まれてるくらいで」


違和感の正体を確かめようと抜き身の刀身を眺めた五郎は、結局その刀身に刻まれている文字以外に発見できたものはなかった。


「何故か手にしっくりくるし、これなら俺にも使えるはず!」


散々得物探しで苦労した五郎は、気持ちよく振り回せる小太刀を見つけご満悦だった。

何せ風のように軽く、振るのに疲れないのだ。

武器を使うたびにへとへとになる事を想像すると、元来怠け者の性分が顔をだすのだ。どうせ使うなら楽な武器が良いと。

五郎が暫く庭先で小太刀を振り回していると。


「おや?五郎殿、倉の整理はもう終わったのですか?」


長秀がひょいっと顔を出した。


「はい、綺麗に整理されてましたので殆ど手が掛かりませんでしたよ」

「ははは、折を見ては整理してますからね。一息にやるのは大変ですから」

「あれだけの品々があると時間掛かるでしょうからね…」


五郎の返事に軽く頷くと、長秀は五郎の手にある小太刀に目を留めた。


「五郎殿、その小太刀は?」

「小太刀?昨日の刀と違うなぁと思ったんですが、小太刀って言うんですか」

「えぇ、どこでその小太刀を?」

「えっと、倉の中で埃を被っていました」

「倉の中ですか、ふむ」


五郎の答えに長秀は思案顔になる。


「うーん、その様な小太刀を倉に置いてましたかねぇ」

「骨董品みたいな刀ですし、直し込んだんじゃないですか?」


五郎がそう言うと、長秀は五郎の持つ小太刀を再度眺める。


「なるほど、確かに骨董品の様な装飾がありますね」


長秀は刀身に刻まれた文字を見つけると呟いた。


「風を…我が物にせよ…ですか」

「へ?」

「いえ、刀身に刻まれている文字の意味ですよ」

「まぁ見たところ刀としてはそれなりの品質のようですが」


長秀はきょとんとする五郎を見て、それから小太刀に目を向けた。

五郎も釣られて手に握った小太刀を見た。


「五郎殿、今朝はあれ程苦労されていたのに、よくその刀を振れてますね」


長秀が不思議そうに五郎に問いかけると。

五郎は自分でもわからないと言いたげな顔を見せる。


「いや、この刀…小太刀でしたっけ、凄く軽くて…」


五郎の返事をしながら差し出すと、長秀は目をパチパチと瞬かせて五郎からそっと小太刀を受け取る。

小太刀を受け取り構えると、長秀は一振り。

その流れるような一閃を間近で見た五郎が感動していると…。


「ちょっと重いですが、普通の小太刀と変わらないですね」

「つまり…俺は小太刀が得物として相性が良いって事ですね!」


今更であるが五郎は刀剣類はそれなりに興味があった。

最初は武器を持って戦うなんてと思っていたのだが。

この世界で生き残る為にと開き直れば考える事は一つだった。

(どうせ必要に迫られるなら刀を使いたい!)

刀の種類なんてものは全然知らないが、五郎にとって刀の存在自体が浪漫であった。

五郎がそんな事を考えていると、長秀は五郎に小太刀を返すと。


「小太刀、ですか…」


長秀は五郎が先程小太刀を振っていた様子を思い出すと。

五郎が小太刀をあんなに軽く振れるだろうか?普通の太刀ですら構えるのもやっとだったのに?

次々と浮かぶ疑問が頭を巡った長秀は、自分の小太刀を五郎に差し出すと。


「五郎殿、私の小太刀を構えて振ってみてください」

「いいですよ!任せてください!」


五郎は威勢よく長秀の小太刀を受け取ったのだが…。


「む」

「ちょ、ちょっと重いですね~あはは」


先程とは打って変わって、五郎が振る小太刀はその性能を発揮出来ていなかった。

確かに、先日握った太刀より構えや振りはまともになっている。

なってはいるのだが、まだ小太刀の重さに振り回されているのが見て取れた。


「お、おかしいなぁ~さっきは楽々だったのに」


長秀はその様子を見てひとしりき考え込むと、後で信長様に報告する必要があるかもしれないと思うのであった。


「五郎殿が異界から来られた、未だに半信半疑でしたがいやはや…」


長秀は五郎に聞こえないように呟くと、五郎がこれから辿るかもしれない運命を案じた。




五郎が妙な小太刀を発見して次の日、結局長秀はその小太刀を五郎に授ける事にした。長秀としては五郎が身を守れるならそれが一番であると考えた結果である。


「ほう?妙な刀か」

「はい、他の何者でもなく、五郎殿にだけですが。まるで棒切れの様に振れるようです」


まぁ力があるものは除けばですが、そう長秀は続けると。

その報告を受けた信長は目を輝かせる。その表情を見た長秀は苦笑すると尋ねる。


「信長様、あの刀はどんな商人から買ったです?」

「イ、イヤ…オレハキオクニナイゾ」

「信長様、お答え下さい」

「……」

「……」


信長は眉間に皺を寄せて渋い顔をすると。

目の前でにこにこと重圧をかけてくる長秀に答えた。


「実は、覚えが無い」


観念した信長が白状すると長秀は嘆息する。

信長は何時の間にか妙な品々を買う癖がある、それだけならまだ良いのだが。

問題はその品々を平出政秀に見つかる前に人知れず長秀の倉に放り込む事があるのだ。

長秀が定期的に倉の整理をするのも、信長が妙な品を隠す為に利用していないか確認する為でもあった。


「信長様、この前も平出殿にお説教されたのでしょう?」

「あのばぁさんは細かいんだ」

「あまり怒らせては、また平出殿が寝込んでしまいますよ」

「大丈夫だ、あのばぁさんは殺そうとしても死ぬ気がせん」


信長の言い様に嘆息すると、長秀は頭を抱える。

長い付き合いの長秀は信長らしいなと思う反面、もう少し落ち着いてくれたらと思わずにはいられなかった。


「ばぁさんはいいから話は戻すぞ、それにしても妙な装飾が刻まれた刀か」

「はい、どうしましょう」

「倉で埃を被っていたのだろう?」

「はい」

「それをどうしようも何も、五郎しか使えてないんだろう?」

「えぇ、今の所は…ですが」

「なら五郎に持たせておけ、五郎には死なれては困る。自衛位は出来るように鍛えろ」

「わかりました」

「もっと時間があるなら、他の得物も鍛えれるかもしれんが今はその余裕がない」


信長が顔を歪めながら言うと、長秀も静かに頷く。

そんな雰囲気を吹き飛ばすかのように信長は勢い扇子を開くと。


「だが、たまには俺の買い物も役に立つだろう?」


続けざまにそう言って笑う信長に、長秀は苦笑いで答えるのであった。




信長と長秀が小太刀の処遇について話している頃、五郎はというと。


「おっかしいなぁ…」


五郎は見た目には殆ど違いが無い、二つの小太刀を眺めていた。

違いが全くわからないのに、重さも、握りやすさも違うのだ。


「不思議な刀…ねぇ?」


五郎はもしかして妖刀の類じゃないだろうなと考えてしまう。

(の、呪われたりしないよな…)

今日迄の五郎にすんなり物事が進んだ記憶がないのだ、そんな思いが頭をよぎるのも当然だった。


「でも、長秀さんから借りたこの小太刀はちょっと振り難いし」


長秀の小太刀もそれなりの業物であるが、それも扱えたらの話。

これから剣術を学びます!初心者です!そんな雰囲気を滲み出す五郎にはその辺の安い刀と違いはなかった。


「いやぁ~漫画なんかじゃ、刀が語りかけてきたりとか…するんだけど!」

「……」

「コホン、あ~あ~」


周りに誰も居ない事を確認した五郎は、発声練習を数回行うと。


「何がいいかな、そういや長秀さんが風がどうたらって言ってたな…」


子供の頃によくやったチャンバラごっこを思い出し、五郎は必殺技を叫ぶかのように声を発した。


「風よ吹け~!」


勢い良く刀を振ると、つけすぎた勢いで一回転した五郎は尻餅を着く。

打ち付けたお尻をさすりながら起き上がると。

誰にも見られてないな?と確認して一息ついた。

(衝動に駆られてついやってしまったが、見つかったら恥ずかしい)

幸い誰にも見つからなかった五郎は、無性に恥ずかしくなってその場を去って行くのだった。

五郎は自分の痴態を見られないかの心配に夢中だったが、五郎が叫んだ瞬間、刀身に刻まれた文字が鈍く光った事には気づく事はなかった。


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