第十章~その小太刀、骨董品につき~
「うーん」
五郎は悩ましげな表情を浮かべると、右へ左へと歩き回ると立ち止まり考え込む。
前田利家との一件から連日、五郎は利家をどう手懐けるか頭を抱える日々が続いている。
「勝家さんは構ってやればすぐ懐いてくるから大丈夫だって言うけど」
あんなに元気がありあまってる青年を相手に体力がもつのだろうか、これ以上面倒事が増えると寝込みたくなる。
「考えても仕方ない、今日は長秀さんから貰った課題をしないと」
利家の事は後回しにしようと五郎は考え直すと、長秀に昨日の夕餉で課された問題をこなす事にした。
「ここかぁ、結構広いけど埃は思ってた以上に溜まってないな」
ちょっと古びた倉の扉を開けた五郎は、薄暗い倉の中を覗くと気合を入れた。
思った以上に広いが、整理するものはそれ程多くないようだ。
定期的に整理されてるであろう品々を見て歩きながら五郎は長秀の課題内容を思い出していた。
「得物…ですか?」
五郎がもぐもぐと箸を動かしながら、間の抜けた返事を返すと。
「はい、得物です」
長秀は五郎に再度答えた。
それから一呼吸置いて、五郎が食事を飲み込んだ事を確認すると切り出した。
「そろそろ五郎殿が我が軍へ来られて三ヶ月程、体力もついてきた頃でしょう」
「そう、ですね。大分体力はついたと思います」
五郎の返事に長秀はにこりと微笑み頷くと続けた。
「次の段階へ進んでもいい頃合かと思いまして」
「次の…ですか?」
「はい、五郎殿も元の国へ戻れる保障がない以上、自分の身を守れないと困るでしょう?」
「う…そうですね…」
「そこで、自分に合った得物を見つける事が肝要です」
「自分に、ですか?」
「はい、今から刀、槍、弓と鍛錬していては時間がかかります」
長秀はそこでコホン、と一つ咳をすると。
「今、私達は今川との膠着状態が続いています」
「いつ合戦になるかわからない状況が続いていますので」
「五郎殿にも、戦場で身を守る鍛錬を始めて貰いたいのですよ」
五郎は長秀から伝えられた話を頭で処理していると、その額からじわりと汗が流れ頬を伝って落ちた。
五郎は恐る恐る長秀に問いかける。
「あ、あの…長秀さん」
「なんでしょう?」
「もし戦になったら、俺戦場に行くんですか…?」
五郎の問いかけに長秀は困った顔をすると答える。
「恐らく、信長様は連れて行くでしょう」
「っ!?っっ!!」
五郎があまりの驚きに声を出せないでいると、長秀はまぁまぁと五郎を落ち着かせる。
五郎は自分が戦場に立たされるかもしれない可能性は考えていたが、それも僅かな可能性だろうと高をくくっていたのだ。
何せ今まで、丹羽家でやってきたのは小姓の真似事に読み書き、それに体力作りだけなのである。
「五郎殿、落ち着いて」
長秀は五郎が落ち着くまで声をかけながら、時間をかけて待つと。
「信長様なら、五郎殿を連れて行くとしても無茶はさせませんよ」
「…そうでしょうか?」
「えぇ、信長様が無茶をされるのはその方を信頼した上での事ですから」
「信頼、ですか?」
五郎の問いにそうですと頷くと、長秀はそれでは続きをと仕切りなおすと。
「どの道、今の世で生きる為に自分の身を守る必要があります」
「なので五郎殿、明日からは自分に合う獲物を見定める事にしましょう」
長秀から伝えられた可能性に動揺を抑えきれない五郎だったが、今迄の状況がどれ程幸せな事だったか実感した。
この世界に来てから最初に出会った親子、そして織田家の人々。
色々と言いたい事や、トラブルにはあっているが衣食住は困らず生活出来ているのだ。
(俺は不運だと思っていたけど、この世界じゃ凄く運が良かったんじゃないのか?)
五郎は自分に迫る戦場に立つ可能性を感じて、今更この戦国の世が自分の世界と違うか実感させられた。
「長秀さん」
「はい、どうしました?」
「あのぉ…得物といっても俺、全く触った事がないんです」
五郎が自信無さ気に尋ねると、長秀は五郎を安心させようと微笑んで答えた。
「大丈夫です、明日はまず得物に触れる事から始めましょう」
こうして五郎は体力作りから一つ、次の段階へと進む事になった。
得物を持つ前から怯えた五郎はその日中々寝付けず、次の日の朝真っ赤に充血した目を擦りながら長秀の前に姿を表すことになった。
五郎が課題を与えられた翌日の朝。
滅多に微笑みを崩さない長秀は、冷や汗を拭うと眉間に皺を寄せて目の前の光景を見つめていた。
昨日五郎に課した問題にさっそく取り掛かったのだが…。
「いやはや、どうしましょう」
その表情とは裏腹に、長秀はのんびりした声で呟くと必死に得物と格闘する五郎を眺める。
ある程度想像していた長秀だったのだが、流石にここまで酷い惨状になるとは思っていなかった。
五郎がまず手に取ったのは刀、その時点で手がプルプルと震えていたのだが…、長秀はゆっくりと刀を抜いて構えるように指導すると。
「ぐぬぅぅうう」
五郎は妙な呻き声を上げながら身体を震わせるのであった。
身体はへっぴり腰になり、二の腕は震え、今にも手から刀を滑り落としそうな五郎を見た長秀は苦笑すると。
「五郎殿、無理せず次へ」
「は、はぃ…」
次に五郎が取り掛かったのは槍である。
五郎は気合を入れて槍を持つと、暫く構えを保っているかに見えたが徐々に先程と同じ状態になってくる。
試しに長秀が突いてみるよう伝えてみたのだが…。
「おりゃ!」
気合の入った声とは全く噛み合わない、ゆっくりと槍を突きだした。
本来なら下段からの突き上げ、斬る事も覚えるとよいのだが、槍を扱う以上そのリーチを生かした突きが重要になるだろう。
しかし、五郎の突きを見た限り、筋力がまだまだ足りないのだろう。
まともに突ける様になるのにどれ程の鍛錬と時間が掛かるのか考えると槍は五郎に適していないかもしれない。
長秀は五郎に声を掛けると、次の得物を持たせる。
「弓ですか、これなら俺にも出来そうですね」
五郎が自信を滲ませて弓を握りしめる。
長秀はその様子を眺めると、これで決まってくれないかなーと考えていた。
長秀が思うには五郎に一番合うのが弓だと感じていた、なので是非とも五郎が弓に適正がある事を確認したかったのだが…。
「ふん!うぬぬぬぬぬ!」
五郎は顔を真っ赤にしながら一生懸命弦を引こうとするが、その弦はうんともすんとも言わない。
それもそのはず、弓は一見簡単そうに見えるが、強弓にもなると40キロ近くも必要な物もあるのだ。
「な、長秀さん」
五郎がふぅふぅと息をつきながら長秀を見やると、長秀はゆっくりと五郎に歩み寄った。
そっと肩に手を置いた長秀を五郎が見上げると、長秀はにこりと笑って告げた。
「五郎殿、休憩しましょう」
五郎はその言葉に仰向けに倒れこむと、息が落ち着くまでじっと空を眺め続けた。
(皆、こんなもん持って戦ってるかよ。化け物じゃないか)
実際手にとってみるまで、長秀等の鍛錬姿を見ていただけの五郎は軽く見ていた事を痛感するのであった。
持ってあるくだけでも相当腰にきそうだなぁと、どうでもいい事を考えていると。
「五郎殿、昼餉の後は倉の整理をお願いします」
「倉の整理ですか?」
倉の整理だって?午後の鍛錬はどうするんだろう?
五郎が午後も得物探しの続きだと思っていたので、不思議に思っていると。
「えぇ、実は倉に保管している得物に五郎殿が使える物があればと思いまして」
「あるんでしょうか…」
「ははは、そこまで深刻にならなくていいですよ」
「はぁ…」
「そろそろ倉の整理をしたいと思っていましたし、朝から慣れない得物を扱ってお疲れでしょうから」
気にするなと五郎の肩を叩いた長秀は、五郎ににこりと笑いかけると。
「得物探しは一先ず置いておくとして、今日は倉の整理をして自身に合う得物を五郎殿も考えてみて下さい」
五郎は長秀の台詞にゆっくりと頷くと、まずは昼飯を食べましょうと先導する長秀の後をとぼとぼついて行くのであった。
「それにしても、整理されてるとはいえ結構色んな物があるな」
昼間での出来事を思い出しながら倉の中へと入り込んだ五郎。
薄暗い倉の中を見渡すとすぐ近くにある書物に手を伸ばす。
少し埃を被った表紙をパッと払うと中をぱらぱらっと開く。
「え~と、日誌みたいな気がする」
読み書きの鍛錬の成果が徐々に出てるものの、所々しか読めない五郎は手当たり次第に書物を眺めてみる。
「これは…?おっと、これはお子様に見せれないな」
時代や世界は違っても、男の浪漫は存在するんだなと五郎はうんうんとうなづいた。
それにしても、壷やら良く分からない銅製の道具、埃を被った妙な鏡。
用途がないから仕舞ってあるのだろうが、こうも発掘が捗ると五郎は否応なしにテンションが上がってしまう。
「やっぱ、探検じゃないけど古びた倉とか心が躍るよな!」
すっかり気持ちが上向きになった五郎がうきうきしながら探索していると。
すぐ横に飾られていた骨董品らしき物体がどさっ!と落ちた。
「やばい!壊れてないよな?」
五郎が慌てて拾うと、それは鞘に収められた刃渡り60cmに満たない小太刀であった。
「これも…刀か?小さいけどこれなら持てそうだ…」
五郎は埃を被った鞘に収められた小太刀を持ち上げるとじっくりと周りを見渡してみた。
「そういや槍とか弓はあるけど、刀ってこれだけなのか?」
「それにしても変な刀だな、長秀さん達が持ってる刀とちょっと違う気がする」
この倉を散々漁ったものの、刀剣類だけは見つけられなかったのだ。
五郎は不思議そうに小太刀を眺めながら、ゆっくりと柄に手を掛け、抜いてみる事にした…。




