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現代白狼物語

作者: 水城野

白狼伝説とは……

今から千年近く前に「白狼町」一人の青年が傷ついた一匹の小さな白い狼を拾った。彼はその子供の狼を育て、そして山に帰した。

それからいくらか時が流れたとき、村が賊に襲われた。青年や村の男たちは戦ったが多勢に無勢で追いつめられる。彼らはもう終わりだと思った時、山の中から現れた狼の群れが賊に襲いかかった。その群れを率いていたのは青年が助けた白い狼であった。

結果、賊は村から追い出された。しかし、その時にその白い狼は死んでしまった。青年や村の人々は狼を供養し、狼たちが住む山に社を建て祀ったという。そしてその後、その狼は村の守護神となり今も村を見守り続けているという。


出典「白狼神社と白狼伝説について」より




「じゃあ皆さん、自分たちの歴史について興味を持った人は是非調べてみてください」


 そう言って担任は教室から出て行った。


「誠さーん、一緒に帰りましょう」


総学の地域歴史の授業が終わり、俺はそう友達の優佳に誘われ一緒に帰りはじめた。

高二の九月に両親が海外に転勤となってしまい十月に小さいころに住んでいた祖父のところに預けられることになった。

祖父は「白狼神社」と言う神社で神主をしている。俺はその神社にある母屋に住んでいる。


「そういえばなんですけど、誠さんは引っ越す前のことまだ覚えていたりしますか?」


学校から神社への帰り道に優佳がそう言ってきた。

優佳は神社の近所に住んでいて、祖父の神社で巫女のアルバイトをしている。ついででいうと、彼女とはまだ俺がこの白狼町に住んでいた頃から友達だったそうなのだが実際のところあまり覚えていなかったりする。


「いや、あんまり思い出せないな」


 俺がそういうと彼女は残念そうな顔をしたが、すぐに「大丈夫です」といって笑った。


「これからもよろしく」


俺も彼女につられて、そう言い笑った。俺と彼女は一緒に神社の参道を歩いて行く。思い出はこれから作っていけばいいと俺は思った。

神社の前の鳥居のところにたどり着いた。


「じゃあ私は先に本堂のほうを見てくるので誠さんは先に母屋に入ってきてください」


彼女はそういうと走って本堂のほうに向かっていった。

この「白狼神社」は「白狼伝説」を主として幾つかの伝説があるらしく、地域の人からの厚い信仰をうけている。

そのおかげか、神社はだいぶ大きい。学校からの帰りの時間、まだ、たくさん地元の人や帰り始めている観光客の人が参道や境内にいる。






母屋についた。

優佳は境内を少し掃除して来ると言って別れた。

今日の神事は終わったらしく母屋にはすでに明かりがついている。


「ただいまー」


そういいながら母屋に入り廊下を少し歩く、そして台所につながる扉の前にたどり着いた。中から話し声が聞こえる。


「おじいちゃん、帰ってきたよー」


そうやって俺は扉を開けた。


「誠帰ってきたか」


「あら、おかえりなさい」


そこには祖父と不思議な格好をした女性が炬燵に入って話をしていた。

その女性はシャツの上にカディガンを着た恰好をした綺麗な人であった。しかし、彼女の髪の毛は白色でその頭には犬っぽい耳が生えている。さらにスカートの下からの髪と同じ白いもふもふの尻尾が炬燵の陰から見えた。


「誠、どうした」


祖父が固まっている俺に対して首を傾けながら言ってきた。しかし、俺はそれに返答ができなかった。一方女性は、炬燵の上にあったミカンをものすごい勢いで食べている。


「正一郎さんただいま、戻りました」


祖父――正一郎が声もかけても反応しない孫の対応に困っていると、掃除を終わらせて来た優佳がそう言って部屋にやってきた。


「誠さん。なんでドアの前で固まっているんですか」


優佳は状況が理解できずに固まっている俺にそう言ってきた。

その時、優佳は祖父と一緒に炬燵に入っている女性と目があった。優佳はその女性を見たとたんに嬉しそうに言った。


「木葉様帰っていらっしゃっていたのですか」


優佳はそういうと部屋の中に入る。


「いや~いつもはもっと伊勢や諏訪の方もまわってくるけど、さすがにもう霜月に入ったし、いつまでもほっつき歩いているのは、さすがに神様としてもまずいだろうしってことで帰ってきたのよ」


「木葉様」と呼ばれた女性は軽く手を振りながらそう言った。


「そうだったんですかー」


優佳はそう言いながら炬燵に入り、蜜柑を食べ始めた。

 祖父はいつまでも扉の間に立っている俺を呼んだ。


「木葉様が帰ってきたので無礼講だ!!」


祖父が日本酒を飲みながらそう言うと、まわりも同調し、騒ぎはじめている。

 炬燵に入ったが、俺は未だに状況を飲み込められなかった。そのときその女性――木葉はそんな俺の方を見て微笑みながら言った。


「久しぶり。いや、初めましてと言った方がいいわね、神崎誠君。私の名前は『木葉』。この白狼神社の主神よ」


 俺はその言葉のあとゆっくりと三回呼吸が出来るぐらいの間を開けた後、彼女の言った言葉の意味が分かり驚いた。








俺が木葉にあって数日が経過して、この数日で思ったこと。それは「木葉は全然神様に見えない」ということだ。

見かけはコスプレしている人にしか見えないし、よく神社を抜け出して町の繁華街を歩いているのを目撃したり、難しいことをするよりも飲んだり食べたりする方が好きだと言っていたりと理由を挙げると挙げきらない。

しかし、神様らしいことはあまりしていないが、木葉が町の人にあうと、年配の方を中心に大体の人は木葉に挨拶をしたり、皆彼女のことを『木葉様』と呼んでいたりする。

どうしても気になって祖父に聞いてみた。

祖父はどこからか古いアルバムを持ち出してきて、俺にその中にある相当昔に取られた写真を見せてくれた。その写真は明治初期に『白狼神社』の前で当時の巫女さんや神主さんたちが写っている集合写真であった。

驚くべきことに、その中には今と全く変わっていない木葉が堂々と集合写真の真ん中に写っていたのだ。俺は何かの間違いだろうと、アルバムにある他の写真を見てみたが、神社に関係するものには木葉が大体映り込んでいた。

こんなものを見せられ、彼女は神様なのかなと考え始めていると街に出かけていた木葉が帰ってきた。







時間はさらに進み、あっという間に十一月の下旬になった。

相変わらず木葉は日中から神社におらず、そこら辺を歩き回っている。この前は友人のところに行ってくると言って数日いなくなった。

しかし、今日は俺が学校から帰ってくると、母屋の客間に木葉がいて、木葉の隣で祖父が知らない男達と話していた。

彼らは木葉のことを神様と認識していないらしく、彼女に対して文句を言ったりしていた。

前に木葉から教えてもらったことなのだが、彼女の耳や尻尾は神様とか妖怪とか全く信じてない人には見えないようになっているそうだ。どうやら、彼らはそういう人達らしい。

俺は一応この神社の関係者と言うことで木葉の隣に座ることになった。


「神崎さん、これが私たちからの要求です」


男たちのリーダーと言える人物だろう人が鞄から書類を出した。彼は祖父に対して言った。そして、彼は祖父に書類を差し出した。

祖父はそれを受け取ると手紙を一通り見る。

その後、祖父はその書類を折りたたみ、


「誠に申し訳ありませんがこの内容は我が方としては全く持って良とは言えない内容でありますので、断らせてもらいます」


そう言いながら書類を幾度か破った。


「この内容では納得してもらえませんか……」


こちらでは精一杯譲歩したつもりなんですが……と男はそう付け加えながらまるでこちら側が悪いように言った。

それに対して祖父がその言葉に反応した。そして笑顔で言う。


「はははは、これは何のご冗談ですかな、西田さん。この書類の道理だとあなた方は我々に対してこの神社の聖域にあたる『白狼山』の一部を引き渡せと言っているようにしか見えませんが」


そう言う祖父の声色は段々と低くなっていき、拳を血が出てしまいそうなほどに強く握っていた。

西田と呼ばれたその男は、そんな祖父をまるで頭がおかしい人を見る目で見ながら、言う。


「何故ですか。私は不動産屋として、余っている土地を住宅地などとして有効的に使わせてもらおうと考えているだけですのに」


「余っているだと!?」


その言葉に祖父はとうとう我慢しきれなくなったようでその男に対して怒鳴る。


「この山と神社は我が白狼町の人間にとってこの上なく大切なものだ! それをまるでどうでも良いものだというなら貴方は神に対して――」


「神などそんな非科学的なものはこの世にいない」


 西田はあざ笑うように祖父の顔を見ながらそう言った。そして、彼は、それに続くように小声で、


「やっぱり交渉は駄目だった」


と、独り言を言った。その声はどこか裏があるようだった。しかし、どうやらその言葉は祖父の耳に届いてしまったようだった。


「出ていけ!!」


祖父は怒鳴り声をあげて、西田たちにそう言った。


「改めて言っておきますが。この世に神などという非科学的なモノはいないのですよ」


母屋から出ていく時にそういう台詞を残して。西田はお供の男どもと一緒に玄関から出て母屋近くに止めてあった車に向こうとする。そのとき、西田はポケットから携帯を出して


「私だ。ああ、予定道理に…………ああ、宜しく頼む」


そう言って西田は電話をきった。その後、車に乗り帰っていった。


祖父は木葉に対して深々と礼を告げた後、母屋の自分の部屋に引っ込んだ。


「今は科学こそが全てと考えている人が結構いるからね……まぁ科学が発達して人間達が自立してきていること私たち神としてはうれしいけれど……私たち神というものは一体人にとって何なのかと、たまに思うのよね」


俺がどうしたらいいかと迷っていると、木葉がそう言った。そして俺が何か言う前に何処かに行ってしまった。

俺は誰もいない客間に優佳が来るまでただ一人佇んでいた。








 それから数日後、十一月の末になった。

あの後、あの事件について優佳に聞かれたので俺は答えられる範囲で話した。彼女はその話を聞くと少し怒りながら「やっぱり町の外では神様とか信じない人が多い」といっていた。


「誠さん、今日の晩御飯は何がいいと思いますか」


 学校からの帰り道、優佳は晩御飯の食材をもう買っているのにも関わらず、そんなことを聞いてきた。

 あの日以来、俺は木葉たち神や妖怪、神霊などについてインターンネットや高校の図書室で調べてみている。理由は簡単で、西田と一悶着あった後の木葉が言った台詞と表情が頭から離れなかったからだ。


「それにしても今日は乾燥していて寒いですね」


俺が適当にしか返事をしてなかったので、優佳は今度は少し怒り気味に言った。彼女なりに俺のことを気遣ってくれているようだ。


「今週はよく晴れて乾燥するっていってたしな」


 俺はちゃんと返事を返した。その後も二人で他愛ない話をしながら参道を歩く。

そう話しているともう神社前の鳥居のところまで来ていた。


「じゃあ本殿の方を見てきますね」


 優佳はそういって走って行った。

 俺はその走っていく背中を見ながら、あの西田輝雄という不動産屋 について考える。彼の評判はずいぶん悪い。噂では色々と裏でやっているという。しかも警察などは証拠をつかむことは出来ていならしい。

 何も起こらなければいいけど……俺はそう思いながら神社に続く階段を上っていく。

その時、優佳の声が聞こえた。


「あっ、あなた、何やっているんですか!?」


 俺は本殿に向かって走り始めた。

 


 俺が優佳の声を聞き本殿の裏についた。そこには優佳が彼女の目の前にいる細身の青年の動き手に持った箒で止めようとしていた。二人の間にはポリタンクが転がっており周囲には悪臭が立ちこめている。そして彼の手にはライターが握られていた。

それを見た瞬間、俺はその青年を止めようと走り出したが、その時、火のついたライターを油が撒かれているところに笑いながら投げた。

 火があっという間に大きくなり、本殿に引火しようとする。

 しかし、寸前のところで優佳が箒で火を消そうと試みながら周りに助けを呼ぶ。すぐに騒ぎを気が付いた他の巫女さんたちが水場からバケツで水を持ってきたり、消火器を使い消火活動に入ろうとする。

 俺も消火活動に入ろうとするが巫女さんの一人から、


「あなたは早く彼を追って」


 と言われて『白狼山』に入っていった青年を追って山の中に入っていった。

 道に沿って走っていると森の中の広場に出た。そこは白狼山の中で落ちた枯葉を集めておく場所であった。青年はそこにいた。彼はポケットからおもむろにバーベキュー用の着火剤を出して落ち葉の山に投げ込んだ。


「待て!」


 俺が止めさせようと近づく前に青年は枯葉に火をつけた。火はすぐに木の葉や着火剤に引火し、あっという間に火は燃え上がり、周りの木々にも引火し火事になった。さらに運が悪いことに今日はとても乾燥していて、それが炎の勢いを大きくしてしまっていた。

 青年は気が狂ったように高笑いながら次々と火をつけていく。


「消えてしまえ。消えてしまえ。この世に不必要な幻想は消えてしまえ」


と彼は笑いながらも言っている。その眼は狂気に満ちていた。

どうにかしなければと思っていると俺が立っている近くに消火用の水が入ったバケツを見つけた。


「やってやる」


俺は躊躇せず、すぐにバケツの水を頭からかぶった。そして、青年の所に行くため炎の中に突っ込んだ。

青年もこちらの動きに気付いて受け身をとろうとしたが、その前に青年にタックルして火がないところに倒した。

そこから奴に殴りかかろうとするが青年はすぐに立ち上がり、逆に俺に殴りかがってきた。

俺は殴られた拍子に地面に尻餅をついた。

そして、彼はポケットから今度は刃渡り二十センチくらいのナイフを出して俺に向け、振り上げた。

俺が死を覚悟して目を閉じたがその時、何かを殴る音がした。不思議になってそっと目を開ける。


「まったく、だらしないわね」


そこには気絶した青年を眺めている木葉がいた。

どうやら彼女は俺が青年を追って山に入っていったと聞き急いで後を追ってきてくれたようだ。


「すまない木葉さん、森に火が――」


「わかってるわよ。任せて」


彼女はすぐに、炎を見る。


「本気でいくわよ」


彼女がそう叫ぶと同時に俺は寒気を覚えた。彼女は上空に飛び、目の前に広がる火の海を見ている。今こ

の時でさえ、炎はどんどん広がっている。


「――――」

彼女は手に大幣を握り目をつぶった。そして何を言っているかは、聞き取れないが詠唱しているようだ。そして彼女の体が光はじめその輝きが手に持った大幣に集まったとき、


「竜神よ、汝の神徳を我に御貸しください」


その言葉と同時にその光は彼女から離れ一直線に星々が見える天に飛んでいった。数秒後どこからともなく雨雲が現れてここ一帯に雨が降り始めた。この雨によって火は徐々に弱まっている。


「これで良し」


木葉がそう言って上空から降りてきた。しかし、力を使ったせいかその姿は薄くなり少し後ろの風景が見えていた。

俺は彼女に近づこうとするがその時彼女の体が不自然に揺れた。

いつの間にか目覚めた青年が木葉を刺したのだ。

彼女は青年を突き飛ばし、その場に倒れた。青年は飛ばされた先の木に強く背中をうちつけまた気を失った。


「木葉さん!」


 倒れた彼女のもとに駆け寄り、彼女をだき抱える。彼女の体はどんどん薄くなっていく。どうしたらよいかわからず泣きそうになる俺に木葉はそっと手を俺に頬に当てた。


「大丈夫よ、少し寝るだけだから」


 彼女はそういったがその瞬間、彼女の体が光の粒子となり消えてしまった。

 俺はただただ、泣くことしかできなかった。





その後、青年をそこらへんにあった縄でぐるぐる巻きにしたあと、祖父たちに合流した。俺は事の顛末や木葉が消えてしまったことを彼らに伝えた。彼らも同じように泣いた。

本来なら火が本殿やら蔵に燃え移らなかったことを喜ぶところだった。しかし、俺たちはそれ以上の大切なものを失ってしまったのであった。

奇しくも、木葉がよんだその雨はいつの間にか雪に変わってしまっていた。

その数日後、放火した青年からの事情聴取で西田が関係していることが分かり西田が逮捕された。西田は神社が燃えてしまって使えなくなった土地を安く買い取ろうと考えていたらしかった。

何とも馬鹿らしい話である。そのせいで、彼女は消え、神社はそんなことがあっても観光客は絶えない。しかし、神社全体がなんとなく寂しげになってしまった感じがした。......それでも祖父を中心とした街の人々が「木葉様が居なくても神社やこの街を守っていくぞ」と決意して今も神社の周囲の復興作業をしている。



俺も消えてしまった彼女のためにも頑張っていこうと思う。






時は過ぎて十二月下旬、神社の復興作業はだ大体終わり、今は植林作業をやっている。


「誠さーん。何やっているんですかーご飯ですよー」


優佳が母屋での俺の部屋のふすまを開けながらそう言った。


「あーすぐ行く」


 俺はパソコンの電源を消しながらそう言った。そして彼女と並んで台所に続く廊下を歩いていく。


「何していたんですか」


「いや、木葉のことを題材にした小説を書いているんだ。彼女のことをもっといろんな人に知ってもらいたいからね」


俺がそういうと、彼女は「楽しみにしていますね」と笑った。彼女も木葉が死んだことを悲しんだが今はその分、神社をもっと良いものにしようと頑張っている。俺も頑張らなくてはいけない。

俺はそう思いながら台所につながる扉を開けた。


「もう、ふたりともおそいわよ。早くご飯食べましょ」


扉を開けたそこには、消えたはずの木葉が立っていた。俺も優佳も思わず口を開けたまま思考が停止してしまった。


「ふふふ、信仰さえあれば私たち神は消えることはないの。まぁ今回は力を使いすぎて、一時、具現化できなくなってしまっていたけどね」


彼女は少し申し訳なあそうに笑う。俺も優佳もつられて笑う。


「さて、木葉様も帰ってこられたことだし今日は飲むぞ!」


 祖父の言葉に周りの神主さんや巫女さんたちも返事をしてのる。


「二人は未成年だから、一緒に食べようね」


 木葉はそう言って俺と優佳の手を引き歩いていく。俺はふと窓の外を見た。そこは雪が深々とふりにぎやかな母屋をさらににぎやかにしてくれていた。俺は目頭が熱くなるのを感じた。そして俺は木葉に言った。


「これからも、宜しくお願いします木葉さん」


「勿論よ」




 まだ俺と楽しい、楽しい白い狼の神様とのお話はまだ続くようだ。




FIN


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