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迸るパッション


 雄っぱいしかない。

 やわらかな弾力と丸みがあるおっぱいではなく、鍛えることで生まれた肉の塊、雄っぱい。

 それ以外の残りは、ただの胸板で、夢も希望もありはしない。

 現在、私、榊聖はおっぱい欠乏症である。

 本来の姿であれば、ささやかではあるが自前のもので補給できていたおっぱい成分がここでは一切ない。

 誰も疑問に思わないのがおかしいくらい、この学内に女性の姿はない。

 生徒はもちろん男子校故致し方ないが、教諭や事務員、業者に至るまで男性しかいない。

 一応、学外には魂の入っていない箱庭が用意したNPCの女性はいる。が、それはマネキンを相手にしているようなもので、それでおっぱいを補給しようにも虚しさしか無い。

 別に、女性を性愛対象としているわけではない。本来の私は女性で、恋愛対象は男性だ。

 だが、しかし。今こうして、おっぱいを連呼している。

 理由は、簡単なことだ。

無いということを認識してしまった為に、異様に欲しくて仕方なくなった大人げない気持ちがストレスと組み合わさって出来た渇望だ。セロの呪いは効いてはいるが、それでもストレスは貯まる。

 今回はおっぱいだが、その前は酒。更に前は、様々な調理器具を揃えた自宅のキッチン。まだ、ホームシックはない。あっても困るが。

 ぽっちゃり系の男子の胸でごまかそうと思ったが、やっぱり男と女ではどことなく肉付きが違う。構成物質的には近い分、違いが目立つ。肌質とか、匂いとかも含めて、贅肉はおっぱいの代用にはならなかった。

 それに、さすがに一時の衝動で豊胸手術をするつもりもなく、違う形でのストレス発散を兼ねた代償行為に走ったわけだ。

 欲求は、別の欲求で上書きするしか無い。

 男子高校生という立場上、妥当なのは食欲だ。


「馬鹿だろう、お前。」


 完成品を見た部長が、こちらを呆れたように見てくる。

 

「キツイ一言ですね、部長。」


 調理実習室を使用するために、付き合ってくれた優しい部長の言葉が予想以上に冷たい。

 家庭科部。

 結局、セロと別れた後、私はすぐにこの部活に入部を決めた。

 調理部と手芸部が合併したのにそれでも最低人数ぎりぎり。しかも幽霊部員がほとんどという過疎りぶり。実際の活動もそれぞれ各自自由に作品を作るだけというゆるい部活だ。熱心に活動するのは、文化祭の準備期間位。

 時間の都合がつきやすい丁度いい部活だった。

 それに、万が一鹿島が入部したとしても、一緒にいる時間は増えないだろう。彼がこの部活に興味を持つとは、到底思えないが。

 入部の手続きを済ませた翌日。彼に見学仲間がいなくなったことで、文句は言われた。だが、私を構うことに嫉妬した人気者たちによって、直ぐ様彼の興味は違うことに移った。

 彼らに少し目を付けられたようだが、当面問題は無いだろう。

 それよりも鹿島は、自分の身の振り方を真剣に考えないのか。親衛隊からの制裁という名のいじめは、現在進行形で続いている。その影響は、確実に井原を巻き込んでいる。

 それに、人気者たちもハイスペックな設定を持ちながら、鹿島を巡って内輪もめをしている間に、役職に応じて与えられた責務を放棄し始めている。穏健派だったファンも、その変わり様に、態度が硬化し始めている。

 凄いな鹿島。見事なダメンズ製造機及びフラグメイカーだ。

 親衛隊の制裁呼び出し以外は、クラスでの彼の扱いは落ち着いているが、それも委員長が瀬戸際で食い止めているに過ぎない。

 いじめを傍観している私は、批判されてしかるべきだ。

 現実なら甘んじて責を受けるかもしれない。

 だが、ここは箱庭。いじめからヒロインを救うシンデレラ・ストーリーはお約束の一種だ。

 手を出せば、私が彼の王子様。それは断固として拒否したい。

 だからごめんよ、井原くん。

 私には制裁されそうな場面を、風紀委員に通報するくらいしか出来ない。その結果、フラグがたったり、貞操の危機になったりしたら、すまぬ。実にすまぬ。


「で、どうするんだ。それ。」


 冷たい声音はそのままに、今回一押しの完成品を指差される。


「何って、食べ物ですから、食べますよ。」


 白い皿の上の二つの黄色く甘い塊は、己の予想以上の仕上がりだ。

 ゼラチンなどで増強をしたくなかったから、こじんまりとした大きさになった。その点を除けば、その名にふさわしい出来栄えと自負する。見た目だけではない。味だって、名店に負けない出来だ。

 伊達にチートではない。


「誰が。」


 紅茶を注いだカップとスプーンと共に、並べる私に訝しげに問うてくる。


「え、部長が。」


 せっかく付き合ってもらったのだから、お礼としてぜひこの至高の一品を召し上がってもらいたい。


「はぁ!!?誰が、食うか!!礼なら、そっち寄越せ!」


 何故か激高された。

 美味しいのに。


「でもこれ、ただのクッキーですよ。」


 味はともかく、見た目は何の変哲もないボックスクッキーだ。

 いや、味の方もまずいとかではない。舌の肥えた上司お墨付きレシピなのだから、誰にあげても問題はない。

 でも、やはり全体的な評価は、この白い皿の上にあるものには及ばない。

 型から外す際に、崩れた失敗作の方は、味見して美味しいと言ってくれたのだから、これだって素直に受け取ってくれると思ったのだが。


「これの何が不満なんですか?美味しいって言ってくれたじゃないですか!」


「いくら美味かろうが、おっぱいプリンよりマシだ!馬鹿!」


 怒鳴られた。

 何故だ。お椀型おっぱいのプリンに、生クリームで愛らしいブラを再現したデコレーション。

 まさに、手のひらサイズのおっぱい。

 何の不満があるというのか。

 同僚に披露した時は、まさに男のロマンだって大絶賛だったぞ。


「は!そうか。部長は胸より尻派なんですね。なら、次の機会に。」


 きのこたけのこ戦争のように、世の中には譲れぬものがありますものね。わかります。


「いや、待て。なんでそうなる。俺は、そういう悪趣味なデコが気に入らないんだよ。」


「部長、貴方、アレンジなんて論外な定番原理主義なんですか!そんな、まさか身近に遊び心の分からない人がいるなんて……」


 ガーン、と効果音を口にしつつ、よろけてみせる。


「……たかがプリンに、何でそうまで熱いんだよ。お前。」


 全ては、おっぱいへの執念なんですよ。執念。



お節に飽きたら、カレーのように。

雄っぱいに飽きたら、おっぱいなのです。

市販のおっぱいプリンは、何故にミルクの風味が強いのか。塩カラメルでもいい気がするのに。

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