つかの間の遭遇
廊下の窓から、緊急エスケープ。
華麗なる着地からの全力疾走。
運良く生徒会の双子に遭遇したおかげで、鹿島の魔の手から逃れられたぜ。
名前を叫ばれた気がするが、スルーだスルー。ふぅ。
なんて、呑気に息を吐いたけど、ちょっと困った。
勢いで走ったから、現在の場所が何処だかわからん。はっきり言って迷子。
この学校。無駄に広いし、旧校舎、新校舎、特別教室棟、部室棟に寮と建物が乱立している。地図なし初見じゃ、迷子になるのも致し方なしなのだ。別に、方向音痴じゃないし。
だから、多分、ベンチとかあるから中庭じゃないかとは思うのだが、そこから元の場所に向かうルートがいまいちわからん。
適当に歩いていれば、たどり着くことは可能だ。が、暗黙の了解という、ただの一般生徒が立ち入ることを禁じている区域がある。一番分かりやすくあるのは、生徒会室に人気生徒の寮の自室付近。
他にも、○○様のお気に入りだからとかの理由で、親衛隊が制裁する場所があったりする。
王道くんに親しい人間として、目をつけられている自覚がある自分。探し場所の目星がつくまでは、これ以上ヘイトを稼いで余計な面倒を負いたくはない。
「どうすっかなぁ。」
ベンチに腰掛け、思考をまとめる。
戦場以外での即断即決は、私の場合は大抵悪手だ。無い知恵とはいえ、落ち着くことで少しはマシな案が浮かぶかもしれない。
瞬間転移も考えたけど、この箱庭の設定外の目立つ異能の行使は避けたい。製作者は既に死んでいても、箱庭自体には管理し防衛する何かがまだ生きている。
箱庭を壊す輩を放置するわけがない。
私が今、ここでこうして学生なんて立場で、舞台に上がっているから排除まではされないが、罰則位は来そうだ。
と、いうか、もしかしたら鹿島が何かにつけて私に話しかけてくるのは、箱庭による修復作業の効果かも知れない。
あんなに目立つヅラが核のダミーだと、前回まで気づかなかったのだって、それに含まれそうだ。いくら前回学外に意識がいっていても、あれだけ目立つのだ。私の感知能力でも数回見れば、あれがそういった存在だってわかったはずだ。
なのに、今回、嫌悪感を感じてどうしようかと悩んでからようやく気づくなんて、あれが最初からダミーとしてあったというよりも、後天的にダミーへと変化したと考えられる。
箱庭が、私の行動に反応した結果、ダミーが出来た。そう仮定すると、今後は異能を用いない努力を一層心がけないといけない。
ダミーが増えた分だけ、核が見つけにくくなる。
なんて、面倒くさい。
千人分の魂を気にしないでいいなら、暴れておしまいなのに。
「つっれーわ。まじ、つれー。」
間抜けさにくるんで、愚痴を口から吐き出す。
次の瞬間。
私はベンチから立ち上がり、背後の気配に向かって殴りかかった。
全力で、だ。
だが、その動きは当然相手も予測済み。
アッサリと躱されて、空を切る。
「君は相変わらずのようで、安心したよ。」
ブランド物のスーツが、嫌味なくらいに似合う青年が、こちらを見て微笑んでいる。
知らない顔だ。
だが、私は知っている。
「こだわりの胡散臭い髭はどうしたんだよ、あんた。似合わないってようやく自覚したのかい?」
この爽やかな日本人の青年ではない。胡散臭い口ひげが印象的な国籍不明の中年を。
でも、彼だ。
外見なんて、無意味だ。
私の全力を躱せる存在は限られている。
「口が悪いな。年頃の女性なんだから、もう少し気をつけなさい。」
「生憎と今の俺は、男なんでね。」
二撃目は無いと分かっていて、男は、距離を詰めてくる。
そのしたり顔はむかつくが、二撃目を繰り出したところで避けられるのだから無駄なことはしない。
「で、どうしてあんたがここにいるんだよ。」
伸ばしてきた手を無視して、ベンチに再び腰を下ろす。
再会のハグは勘弁してほしい。日本人には馴染みのない形式の挨拶でいつもからかってくる愉快犯に、挨拶無用と話を振る。
「君と同じ目的、とは考えないんだね。」
「あんたを知っていて、そう考えられるほど素直じゃないんでね。セロ。あんたなら、全て終わった後にからかうためだけに姿を現すさ。この箱庭はあんたが作ったものじゃないのに、今まで大人しくしていたなら尚更。私以外にこの箱庭に影響を与えていたというには、何も起きていないに近い。」
セロ。
敵対することもある異能力者集団の忠臣で、スポンサー。
社会的には世界有数のセレブの一人。
様々な立場と名前を持つ能力者だ。
能力的な問題か、任務で鉢合わせすることが多い胡散臭い男だ。
そして、どういう訳か私に能力を見られるのを厭うており、任務遂行中に姿を見せることは偶然か、作戦上欠かせない時以外ではない。
そのセロが、わざわざ自分から接触してきたのだ。己の支配下ではない場所で。
おかしいだろう?
敵対している時ならまだしも、今互いの組織の関係は友好だ。なにか企んでるって、考えたほうが自然だ。
多分、読まれている思考を隠すこと無く、相手の返事を待つ。
「てっきり君は私の髭くらいしか興味がないと思っていたが。いやはやどうして。そう推測されるくらいには関心を持ってもらえてるようで、うれしいよ。」
口説くような囁きに、眉間が寄る。
今、彼に髭がないのが残念でならない。あったら、即効で毟ってやっていたのに。
「はいはい、嬉しく思ってもらえて光栄ですから、とっとと質問に答えてよ。」
「おや、つれないね。」
肩をすくめてみせる姿は、様になっている分キザで嫌味だ。
いつもの胡散臭い髭がない分、余計に気に障る。
「君が困っているだろうと思って、声を掛けたというのに。」
胡散臭い。
迷子になっているくらいで、私に声を掛けるような優しい人じゃないのだ、セロは。
むしろ、裏で手を回して一層ひどい状況に落としこむ位は平気でやってのけ、笑ってみているような底意地の悪いやつだ。
「嘘だ。」
「いやはや疑われたものだ。……もう少し、楽しみたかったが時間がないな。本題に入ろう。助けてほしい。」
「は?」
ありえない言葉を聞いた。
私に助けを求めた、だと。
「冗談ではないよ。君と違い、私はこの箱庭に囚われた虜囚の一人さ。」
呆けていた私は、いつの間にか左手を取られていた。
セロの指が何か模様を描くように、三度手の甲をすべる。
「ダミーが発生する隙をついて、一時的に本来の自我を取り戻しただけで、今の私は舞台装置にすぎない。しばらくすれば、私は君の知るセロではなく、鹿島清四郎という傀儡に逆戻りだ。」
指を止め、仕上げとばかりに手の甲に口付けた。
むっとして、振り払う。
鹿島か。あの王道くんと縁ある人物なのだろう。
「あんたの得意分野だろうに、信じられるか。このキザ野郎。」
「私の実力を買ってくれるのは嬉しいが、事実だ。この箱庭を作った者の執念が、才能を上回る奇跡を呼び寄せた。だが、それも君という異分子によって崩壊しようとしているがね。」
振り払われたことなど気にせず、セロはどこか楽しげなまま口を開く。
手を取られた時点で、彼の意図は成せられた。
「この世界は魂と身体の結びつきが不安定故に、些細なきっかけが愛憎を生む。君が感覚で能力を使っているのは、知っている。だから、気づかない。この世界への不快感が、容易く他者への嫌悪に姿を変えているのを。」
「何を。」
見えないラインから、己の手の甲に彼の力が注がれているのが感じられる。
先程の指の動きは、何かの術か。
勝手に掛けられはしたが、彼の術にしては簡素で、嫌なものは感じない。
「それはいけない。感情で盲目になっては、探しものは見つけられない。」
「それで、これ?何の意味があるのさ。」
「精神安定剤代わりにはなる。傾きやすい感情にリミッターを掛けた。」
それは、結構怖いことではないだろうか。
この男と敵対した時、制御された感情で能力が十全に発揮できるとは思えないし、それでは勝てない。
「何、せいぜい一年持てばいいものだ。それ以上強力なものを君に掛けるのに、こんな簡単な方法でできるわけがないだろう?」
「読むな。」
意味はないが、額を抑えて、思考を読まれることが不快だと示す。
「今更。嫌なら、拒絶することくらい簡単だろうに。」
笑うその顔が、気に食わない。
イライラする。
リミッターが何処に掛かっているのやら。
だが、手の甲からは確かに見えないラインが繋がっており、術が壊れた様子はない。
「さて、私の方はそろそろ限界のようだ。次の再会は、デートだと嬉しいな。」
心にもないことを。
「はん!あの胡散臭い髭剃って、バラの花束でも持ってきたら考えてやるよ。」
今の彼には無いものをさして、断る。
そういったからかいが嫌いだと知っていて言うセロは、やっぱり嫌いだ。