三次元は惨事
満を持して登場、てか。
入学式も布川が興奮してうんざりした以外は、特に何事も無く終え、外部からの進学組も馴染み始めた今日此の頃。
何故か寮の二人部屋を一人で使っていた自称平凡くんの下に、同僚者がやってきた。
4月も半ば、訳ありですとしか言えないタイミングの入寮。もっさりヅラと太すぎな黒縁メガネを掛けて、いかにも変装していますと強烈アピールしているのにスルーされる彼、王道主人公、鹿島裕也くんが。
前二回では直接遭遇をしていなかったので、よくは知らないが、前の布川に強制で聞かされた情報によれば、出会う美形をテンプレ通りにフラグ立てて落としたある意味強者だ。
でも、同室者の平凡くん、もとい井原冬馬くんには、アンチ王道のテンプレ的脇役主人公の素質があると思うから、今回はどうなることやら。
今回は私もそんな薔薇咲き乱れる舞台に上らざるをえない以上、バタフライ効果ってやつが起きないとも限らない。
と、いうか起こる。
どう考えても過剰に反応してしまう自分が、簡単に想像できてしまうからだ。
ダメだ、あのタイプ。生理的に無理。
二次元でも苦手なタイプが三次元に現れたら生理的嫌悪レベルとか。マジ辛い。
出会って、名前を知って、即のファーストネーム呼びの友達宣言とかキツい。呼んでいい、とか言ってない。出会ってすぐは知人レベルだろ。何故、一気に友人までランクアップする?
更に、穏便に拒否したかったのに、井原に誘われ布川に退路立たれての食事時の彼の汚い食べ方がキツイ。ワザとかってくらいに口周りに食べかす付けて、指摘すれば。
「わかんねぇ。なぁ、取ってくれよ。」
なんて、甘えてる。
無理無理無理。
慣れ親しんだ身内ならともかく、ほぼ初対面の相手に、それが許されのは百歩譲って小学生までだろう。
それに、強面不良風なのは外見だけなのに、普通に話しているっていうのに。
むしろ入学式から今日まで、クラスメイトには紳士的に接してきたつもりですが。
「お前、不良なんて辞めろよ。俺が更生してやる!」
とか、何様?お前の第一印象、押し付けてくんじゃねぇよ。
格好だけで言えば、そのヅラの時点で人のこと言えんだろうが。
オタクにでも変装したつもりか?こんな顔面ヒエラルキーある閉鎖空間で、そんな格好してたらいじめ確定なのに、態々そんな勇気ある格好するオタクがいるか。いたら、ある意味勇者だ。
「赤は似合ってるけど、不良は駄目だ。親が泣くぞ!」
「地毛なんだけど?」
熱く弁論するのに、一応突っ込む。
染めるなんて面倒な姿を態々とるわけがない。悪乗りで赤毛と決まった時点で、この髪色は地のものだ。
「あのね、鹿島。榊は、不良なんかじゃないよ?」
卓上に食べかすをこぼす鹿島の横で、さりげなく片付けていた井原が俺を庇う。
「大丈夫だから。俺たち友達だろ!」
って、井原の言葉は無視かい!
そして、お前と友達になった覚えはない。
すまなさそうに、こっちを見る井原に苦笑を返すことで、鹿島へ向かいそうになる苛立ちを我慢する。
「鹿島、食べ終わったら、戻って荷解きの続きをしよう?榊たちも明日の準備あるだろうしさ。」
鹿島の熱弁を遮って、部屋に戻ることを提案してくる。
「え、でも聖たちとまだ一緒にいたい。」
小首傾げんな。
せめてヅラと眼鏡外してからにしろ。アンバランスさが気持ち悪い。
「鹿島だって、片付けないと寝る場所ないのは困るだろう?明日は朝早いって言ってたじゃないか。」
心配そうにいう井原に、何故か鹿島のテンションが上がる。
今の発言のどこにそういう要素がある。
「心配してくれてんの!サンキュ。」
機嫌よさそうに、残りを食べ始めた鹿島に、井原は苦笑を浮かべる。
ありがとう井原。心のなかでミスター平凡くんなんてあだ名つけてごめんよ。
今日から君はフォローの匠と呼ばせてもらうよ。
その調子で、この鹿島を何とかしてくれ。
嫌いなポイント数え役満な鹿島に、こちらはギブアップだ。
ああ、もう出会う前からやり直して、彼に関わらないルートで任務頑張りたい。
今回、頑張れる気がしない。
舞台に上がろうなんて考えて、主人公候補に接触しようなんて、ちらりとでも考えた自分を殴りたい。
それぐらいに、彼は無理。
表面上和やかに分かれて自室に戻った後、怒りのやり場として思わずうどん打っちゃったよ。
だから布川が何やらニヤニヤしていたのは、あえて無視。
今、お前の妄想に付き合っている気分じゃない。
て、いうかカミングアウトしていないのに、隠しきれてないぞ。笑い噛み殺そうとして、ドゥッフ言うのなんとかしろ。
なんて、ムカムカした気分を引きずりながらの翌日。
転入手続きとかで早く出た鹿島に遅れて、のんびりと布川と登校した私はテンプレというこの箱庭の強制力とやらの恐ろしさを知ることとなった。
鹿島が同じクラスになることは事前に知っていたので、その点とその後の挨拶の流れに関しては覚悟していた。
本業ホストなんじゃねって言いたくなる担任に、お気に入りって言われた鹿島とそれに対する担任ファンのクラスメイトのブーイングとか前菜にもならぬ。
クラスの人気者二人に声を掛けられて大げさに反応する鹿島も、序章に過ぎない。
糞不味い主菜は、四時間目の終了と共にやってきた。
「なあ、聖。一緒に飯食いに行こうぜ。」
委員長とサッカー部の期待の新人二人が誘うよりも早く、鹿島が私を誘ってきた。視線が痛い。
もう既に二人を虜にするとは、スピード建築過ぎないか。と、いうか、私をその中に取り込むつもりか。やめてくれ。恋愛脳の視野狭窄野郎になんかなりたくない。
「あ、冬馬も弾も一緒にどうだ?」
いつものとおりに私に声をかけようとした二人にも、鹿島は目をやり、声をかける。どうやら、私に一番に声を掛けたのは席の近さ故らしい。
ほっとする。
良かった。意図的なフラグ建築のための声掛けじゃなくて。
でも、ここで素直に承諾するのも癪に障る。
今日は弁当を持ってきていないし、今から購買じゃ微妙なラインナップのパンしか残ってなさそうだ。
食堂の値段は、高校のにしては高いほうだが、金持ち校故か美味しいものだらけでメニューに外れがない。だから、食堂に不満があるわけじゃないのだ。
あるのは、テンプレな展開が起こるだろうという、予知能力を使用せずとも分かるこの世界のお約束のせいだ。鹿島による美形とのフラグ乱立発生現場に中心人物として居たくない。
でも、結局食堂で食べるのに、一緒に行かないのも後々文句を言いそうな面子に面倒くさい。
しょうがない。
「いいよ。榊もいくだろ?」
「ああ。」
ニヤけそうになる気持ちを必死に隠してこちらに話を降ってくる布川に、渋々では有ったが頷いてみせた。
ああ、こっちの同室者も面倒くさい。
腐男子トーク?
○鹿島裕也について
布川「彼はあれだね。王道主人公。あのどうして誰も気づかないのか不思議なヅラと眼鏡の下には、きっと天使の美貌が隠されているんだよ。そして、親衛隊のいじめがピークに達した時、それを取って自分が愛されるにふさわしい存在だって周囲に知らしめるんだ。」
榊「それって、最初から素顔なら、いじめられないんじゃね。」
布川「そこはそれ。ただ美形同士がすんなりくっつくんじゃおもしろくないだろ。障害があってこそ萌えるんだよ。」
榊「二次元ならその意見も頷けるけど、現実だと傍迷惑じゃね、それ。」