チートと上司
榊聖は、異常能力者である。
戸籍上は、今年二十歳となった日本の女子大生。特撮と漫画が好きな腐女子。
その実、三回死んでチートにパワーアップした異能力者で、能力者を集めた国家防衛を主題とした組織に所属している。業務内容は、マッドな研究者用のモルモットに近いが。
異能の実在を知らない一般人には、スカートはかない、女子力低い、ずぼらさんなダメダメ第一印象を抱かせることが多い。
実在を知り、秘密事が多い裏に足を突っ込んだ人にとっては、味方でも面倒で敵に回したら最後な疫病神だ。
散々言われた陰口に自覚はある。肯定はしたくないが。
日常的に異世界にトリップしたり、異能の暴走に巻き込まれたり、襲撃されたりされているから、さすがに自分が平凡だとは、口が裂けても言えない。
冗談でも口にしようものなら、リーダーに撃たれる。死にはしないけど。
トラブル及びアクシデント誘引体質とは、誰が最初に言い出したのやら。
まあ、そんな私が久方ぶりに、ごくごく一般的な日本の女子大生ライフを送れていたここ数日。
急な休講に午前中で帰宅となった私の下に、上司からの呼び出しメール。
無視するわけには行かなくて、溜め息一つで瞬間移動。
現世とは少しずれた一般人には辿りつけない空間は、上司の能力で構成された組織の施設の一つだ。
どこぞのオフィスの会議室のような内装の部屋には、私以外には上司しかいない。
誰が呼び出されたかは知らないが、その中にどうやら私以外の瞬間転移能力持ちは居なさそうだ。
組織の人間は、上司の熱烈な信奉者が大半で、直接集合がかかったのなら即効で駆けつける。私は、肩身の狭い少数派のほうなので、今回の即応は、以前の招集の際に、のんびり行ったら酷い言葉攻めに会ったからだ。信者怖い。
椅子に座ったショタ天使、もとい上司は相変わらず何を考えているのか読めない綺麗な作り笑顔でこちらを見ている。
「早かったね。」
「まあ、偶にはそういう時もありますよ。」
その言葉に、おざなりに挨拶を返しながら席に着く。
目の前の机には、いつの間にか何枚かの紙が置かれている。
上司直接の緊急招集もあれだが、まだ私しか居ない内に今回の件が記された書類を私に渡すなんて。今までの経験上、絶対に厄介事だ。単独任務だったら、更に厄介さが増す。
上司は笑みを崩さず、静かに私の次の言葉を待っている。
嫌だなぁ。
渋々、書類に目を通せば案の定。
私的面倒くさいランキングベスト10な任務、“箱庭の内部破壊”に関して書かれている。
“箱庭”は、今居るように現実とは少しずれた空間に、能力者によって特定の条件を付加し作られた一種の舞台だ。条件を満たすか、核となる物質を破壊しない限りは延々とあり続ける異界でもある。組織では、能力者に対する牢屋として作成されることが多い。
そんな箱庭を外部から干渉して破壊するのは別に難しいことではない。中にいる者を気にしなければ。わざわざ任務が内部破壊と指定しているのは、中に保護するべき対象が居るということ。
そして、そんな箱庭が任務の対象となるなら。
「蟲毒?それともただの立てこもり?」
破壊対象に関する詳細までは書類に書かれていないようで、首をかしげながら言葉をもらす。
「前者だ。」
蟲毒か。
つまりこの箱庭は、組織にとって保護すべき対象を引き込み、何がしか強力な能力を持った存在を生み出そうとしているということか。
面倒くさい。
「この箱の作成者は既に死去。自分の死後に、稼働するように設定していたらしく、先日設置していた場所の周囲の人間の魂を引き込み発覚した。現在判明している被害者は約千人。今のところ、死者は居ないが、心神喪失や眠り続けるなどの症状で多くの者が入院している。早めの対処が必要だが、判明した箱の条件的に、向こうでは年単位の時間がかかる可能性がある。」
新しい書類と共に、上司が口頭で説明し始める。
魂か。
身体を伴った拉致よりは手軽で、直に影響が表に出ない分発覚までに時間がかかる。
また、箱内で条件を満たすために役割を与える際に、記憶を改ざんするのも容易くなる。それに、中で与えられた身体から引き離されない限り、改ざんの効果は切れない。
内部での協力者を得るのは、諦めておく。
そして年単位かかる任務。
他にも箱庭破壊が出来る能力者が居るにもかかわらず、私に話が来たのはここが一番の重要点だろう。異常能力者の私に、時間経過の老化や死亡など無い。
「箱庭の内部時間経過を早めるんですね。それもかなり早く。」
「そうだ。不幸中の幸いで、被害者は魂だけ引きこまれた状態だ。身体を伴った場合と違い、少々のケアで時間経過の影響はなかったことにできる。あったとしても胡蝶の夢。元の身体に戻れば、少々奇妙な体験をした気分だけが残る位だ。それを気にするよりも、魂のない状態の身体の悪影響の方が深刻だ。こちらは早く魂を取り戻さないことには、早々に影響が出てくる。」
胡蝶の夢、か。
時間経過の劣化は何とか出来ても、魂に付けられた思い出という名の傷は、さすがに全て消せはしない。元の体に戻っても、記憶喪失になりましたでは話にならない。
だから夢としてごまかし、風化するのを待つのだ。
でもそれにだって限度はある。
「リミットは?」
「体感時間で10年。内部の時間がループしていたとしても、榊聖、君の体感時間で10年だ。それを超すようなら強硬手段を取らざるをえない。」
短いとも言えるし、長いとも言える。
実際に内部がどんな感じかにもよるが、現時点で私にできることはない。
私は異常能力者。破壊に特化した王の位階の能力者。残念なことに、能力に私の思考は追い付いていない。
上司もそれを知っていて、この任務に私が適任だと任命したのだから、頭を使う作業は別の人間に割り振っているだろう。
ただ私は、内部で核探しに専念すればいい。最後の手段である破壊活動も得意分野で、不安はない。
「じゃあ、頑張りますわ。」
「送り込む準備ができ次第、再度呼びだすからそれまでに用意を済ませておいてくれ。ああ、それといい忘れていたことがあった。」
付け足された言葉に、嫌な予感がする。
「箱庭の作成者の趣味嗜好は、君の同類。残された遺留品から、どうも箱庭の舞台設定はそういった類になっている可能性が非常に高い。」
同類。
趣味嗜好がってことは……
「……それって、つまり?」
「男性での潜入をお勧めするよ。」
綺麗な笑顔で、更に書類を渡してくる上司が憎い。
適任が私ではなく、誰もやりたがらなかっただけですよね?
それに、言い方はあれですが、それって推奨でなく命令ですよね。今渡された用紙の支給品一覧、どう見ても男性用品がありますし。
腐女子なんですね。同性同士でイヤンアハンで組んず解れつが好きだったりする腐った思考の人物だったんですね、作成者は。
BL舞台に男性が行くなんて、核探しで中心人物を探る以上巻き込まれフラグですよね。
Yes!二次元、No!惨事!!
確かに私腐女子ですけど、自分が男性化してまで舞台に立ちたくないです。
能力としては、できるけど。できるけども!
同性愛だろうが異性愛だろうが変態だろうが、私が含まれないなら勝手にやっていてください。恋愛話は対岸の火事が一番です。
「千人の人命がかかっているんだよ。一度受諾しておいて、拒否はしないよね?」
うっわー。目が笑ってない。
怖い、怖いよ。このショタ天使。
「……セイシンセイイ、ガンバルショゾンデアリマス。」
返事が怪しい日本語発音になったのは、仕方のない事だ。
一応、補足。
この榊聖は自作”チートとぐだぐだ異世界トリップ”のヒジリと同一人物になります。
上司と榊聖ともにチート能力者ですが、純粋な戦闘力だと榊が上です。ですが、社会的には上司の圧倒的勝利なので逆らいません。