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【登場人物紹介】


 ティオ……一週間前に魔法使いに弟子入りした少女。自分の意志で弟子入りしたわけではないらしい。

 師匠……ティオの師である魔法使い。青年の外見をしているが、実年齢は不明。この国で七番目にすごいらしい。何がどうすごいのか、よくわからない。

 ハンス……ティオの兄弟子である青年。料理上手。


 

 

 私ティオが、この国で七番目にすごい(らしい)魔法使いの弟子になってから、一週間が経った。



 それに気付いた魔法使い、いえ、師匠は笑顔である提案をした。

「よし、今日はお祝いにお家でパーティだ」

「仕事して下さい」

 そもそも毎日引きこもっている人がパーティを開くな。

「そんな……私はずっと前から計画してたのに」

「一週間毎にパーティを開く気ですか?」

 お祭気分にも程がある。

 私が呆れ顔をしてみせると同時、部屋の戸が叩き付けられるように開いた。見ると、私の兄弟子ハンスさんが息を切らして立っていた。



「たっ大変だ!」

 やけに慌てた様子だ。頭がお花畑の師匠も、さすがに気に留めたようだ。

「何事だい?」

「じゃがいもがっ……怖いんです、大きくてぐちゃぐちゃにされてます!」

「何ぃ!? ハンスくんはいつの間にじゃがいも恐怖症になったんだ!?」

「落ち着いて下さい、二人とも。……師匠、ハンスさんはじゃがいもの話をしているわけではないと思います。ハンスさん、順を追って説明して下さい」

 師匠(馬鹿)をいなし、兄弟子をなだめる。先程よりも冷静になったハンスさんは、ゆっくりと話し始めた。



「じゃがいも畑で芋を掘っていたら、突然、魔物が現れたんだよ。とにかく、すごく大きい魔物だった。畑のじゃがいもはぐちゃぐちゃに潰されて……。こちらに向かってくるかもしれない。早く対処をしないと」

 ハンスさんの言うじゃがいも畑とは、この邸宅の離れに設けた畑のことだ。いっちょ前に、広さはそれなりにある。

 師匠は、やれやれと溜め息を漏らした。

「とはいえ、ぐちゃぐちゃに潰されたのが、じゃがいもだけで良かったよ。弟子が畑でぐちゃぐちゃになってたら、私の心もショックでぐちゃぐちゃさ!」

 縁起でもないこと言うな。




「それで、その魔物はどのくらい大きいんだい?」

「ばーん! って驚くくらいに大きいんですよ!」

 …………。ツッコむべきだろうか。

「では、見た目はどんなものだい」

「すごく怖いです」

「ふうむ。他に特徴は?」

「良い匂いがしました」

「何だって? どんな匂いだったんだい?」

「ほああぁーん……と、こう、包み込むような香りで」

 抽象的すぎる。

 しかし師匠には通じたらしい。

「それは、あれか? ほあっ、ほあっ、ほああぁーん、って感じかい?」

「そうです!」

 確認を終えた師匠は、一拍置いて「なるほど」と意味ありげに呟いた。



「え、待って下さい。今のでわかるんですか?」

「話を聞いた限りでは、これしかいない」

「話になってなかったじゃないですか」

「これを見てくれ」

 おい無視するな。



「恐らく、ハンスくんの言う魔物はこれだ」

 一冊の本を開いて、師匠は言った。

「ええと……」

 私は反応に困った。

「魔物って……そのおじさんが、ですか?」

 師匠が指差す先には、食材を片手に微笑むシェフの写真があった。

「おおっ!? これはっ、ノルマンテシェフの『五臓六腑に染み渡る、簡単味わい料理 ~裏切りの食感編~』の3号じゃないか!」

「ご丁寧な解説痛み入ります。それじゃ本題に戻って下さい」

「ははは、『魔物図鑑 わくわく大集合』は、こっちの本だったよ。すまないね」

 本を間違えるなんて、あるんだろうか。私の師匠はどれだけ抜けているのか……。

 はっ、まさか演技?



「これだよ」

 黒い体毛に覆われた魔物の絵。この生物から良い匂いが発せられるなら、生命の神秘だと思う。

「全長、280から350……。凄まじい大きさですね。実際に見たら目が眩みそうです」

「ああ、確かにあの香りは、目が眩みそうなほど素敵だったよ!」

 そういう意味で言ったんじゃない。



「これは、芋類が大好物なんだ」

「じゃがいも畑に現れたのも、そういうことですか」

 なんか、もう放置しておけばいいんじゃなかろうか。

 これだけ話し込んでいるのだ。今から現場に向かっても手遅れのような気がする。気がする、というか、確信すら持てる。

「お腹がいっぱいになると、今度はすごく臭い匂いを出す魔物でね。下手すると畑周辺に臭いが染み込むかもしれない」

「それは大変ですね早く処分しましょう」

 すかさず私は口を挟んだ。

「うん。異臭は、満腹感を得てから一定時間経ってから放つものだから、少しの猶予はあるよ」

「準備を整えたら、急いで行きましょう」

 頷いたハンスさんは、さっそく鍋と手掴みを装備した。

 ……なんで?



「あの、説明を要求します」

「悪いけど、あまり時間はないんだ!」

「いえ、その鍋と手掴みの使い方を」

「はっ、そんなことも知らないのかい? 高名な魔法使いに弟子入りした意味がないじゃないか!」

 何だかよくわからないけど、ハンスさんは憤っている様子だ。ここは素直に謝っておこう。

「すみません、物を知らなくて。簡単な説明だけでも、お願い出来ますか?」

「わかったよ、これも兄弟子の務めだ! あっ、何なら『兄貴ぃ!』って呼んでもいいよ?」

「はあ、その話はまた別の機会に」

 で、結局、鍋と手掴みは対魔物でどう使うのだろう。

 ハンスさんは不敵な笑みを向けてきた。なんか腹立つ。



「この鍋は、食材を煮るのに使う物さ。手掴みは、熱い物を掴むとき火傷しないように使う物だよ」

「……それは知ってますが」

 そんなことは魔法使いに弟子入りしなくとも、わかることだ。

「えっ? なら説明は要らないじゃないか」

 えっ? はこっちが言いたい。

「これから魔物を相手にするんですよね。どうして料理器具を?」

「僕は料理の下準備をして待っているから、早く畑のじゃがいもを!」

「…………」

 どうやらハンスさんのじゃがいもを大切に思う気持ちは、本物のようだ。そのことがわかって、私はとても嬉しい。

 もちろん嘘だ。



「さあ! 用意が出来たよ」

 弟子二人が話している内に、師匠は支度を終えたらしい。こんなときは案外頼れる人だ。

 師匠の足元には魔法陣。ベタである。ベタベタすぎて、なんだか楽しくなるくらいである。

「何を召喚するんですか、師匠」

 何の魔法陣かいち早く察したハンスさんは、不思議そうな表情で尋ねた。私としては、エプロンと手掴みを着けて鍋を持っているハンスさんの方が、不思議に思える。



「対魔物に打って付けの召喚さ。何せ、あれは図体が大きいくせして動きが素早いからね」

「なるほど。魔物の速さに敵う召喚を行なうわけですね。でも、師匠が直々に退治をしないんですか?」

「うん。だって、素早い動きを追ってたら目が疲れちゃうじゃん」

「…………」

 どうやら師匠の眼球を大切に思う気持ちは、本物のようだ。そのことがわかって、私はとても嬉しい。

 もちろん嘘だ。



「心の準備はいいかい?」

「そんなに恐ろしいものを召喚するんですか?」

「いや、恐ろしいのは召喚する物ではない。召喚方法だよ」

 師匠の真剣なまなざし。あの師匠がこんな顔をするなんて。何がそんなに、この人の態度を変えるのだろうか。

「この召喚魔法は」

 ちらりとこちらを見てから、師匠は言った。

「呪文がすごく恥ずかしいんだ。多分、聞いている方もいたたまれない気持ちになるよ」

「……それは、確かに恐ろしいですね……」



 聞いている方もいたたまれなくなると言うので、耳栓をした。ハンスさんは、師匠と共に気持ちを味わう、とか言って耳栓はしなかったが、どう考えても楽しんでいるだけだ。

 師匠が長い呪文を詠唱する。すると魔法陣が輝きだした。幻想的な光景。

 そして現れたのは……。



「終わったんですか?」

 耳栓を外し、二人に尋ねた。師匠は魔法陣の上に横たわるそれを見て、静かに頷いた。

「眠っている……いえ、気を失っているのでしょうか」

「すぐに目を覚ますよ」

「一つ聞きたいんですが」

 私は確認のため口を開いた。



「このお爺さん、ポポポ村のドドーさんじゃないですか?」

 見知った顔に、私はそれなりに動揺していた。

「お知り合い?」

「父は顔が広かったものですから。……あの、師匠」

 師匠の青い瞳に視線を注ぎ、私は言った。

「召喚、失敗しましたね?」

「いや、これはポポポ村のドドーさんに見えて、実はドドーさんじゃないのさ」

「わけがわからないです」

 悪足掻きをする師匠を睨むと、お爺さんが目を覚ました。



「目覚めたようだね召喚獣!」

 お爺さんは、立ち上がった師匠を不審な目付きで一瞥してから、辺りを見回した。

「どこだここは!」

「あ、あの。ここはさる魔法使いの家です。私達の不手際で、あなたはここへ飛ばされてしまって」

「ティオちゃん!?」

「ああ、やっぱりドドーさんですね。……師匠」

 他人事のような顔して、厄介ごとを持ち込んだ張本人に、再度確認をした。

「失敗、しましたよね」

「ふふ」

 私の問い掛けにも、師匠は焦ることなく笑った。

「やっちまった――んだぜ」

 ……こんなときにカッコつけるな。


 

 

 


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