私、女の子です
「テスト帰ってきた?」
セミロングの髪の毛を一つに束ねた小柄な少女が、セミロングよりも少し眺めの髪を同じく一つに束ねた長身の少女に話しかけた。
「うん、英語と数学。結果はそんなによくなかったよ。みさとちゃんは?」
みさとと呼ばれた小柄な少女は少し膨れっ面で答えた。
「しずくの微妙は私が必死に勉強してやっとのこととれた点数と一緒だよ!」
「そんなことないって。」
しずくと呼ばれた長身の少女は心の底から優しい微笑みをみさとにむけた。まるで妹を愛でる姉のように。現にしずくには二歳ほど離れた妹がいる。それに二人の身長差も姉妹と思われてもおかしくないほどちょうど良く離れている。
「学年首位をキープしている奴がいっても説得力無いよ。」
みさとはふてくされながらテストの問題に対しての不満をしずくに永々と愚痴りながら帰った。しずくも笑いながらそれを聞いていた。そう二人は親友なのだ。
「部屋に帰ったらコリアのマーチ一袋分の愚痴聞いてよね。」
みさとがこれからいたずらをしようとする幼児のような笑顔で言う。しずくはもう十分聞いたであろう愚痴の延長線上を聞かされることに抵抗が無かった。むしろそれを自ら望むかのように、嬉しそうに微笑みながら言った。
「いいよ。」
二人が通う『私立桜菊女学院』は幼稚園から大学まである超のつくお嬢様学校。しかも頭がいい。全国各地からこの学校に通う者がいるため、この学校には寮がある。みさとたちも寮生である。しかも同じ部屋。二人が仲良くなったきっかけは主に寮の部屋が一緒だったという点が大きい。根暗で評判だったしずくを普通より少しくらめの少女に成長させたのは高等部から寮に現れたみさとのおかげだと周りの女子生徒は陰で少しみさとを賞賛する。だが当の本人はそうは思っていない。しずくはもともと『こういう子』と言っている。とりあえず、二人は仲がいいと評判。「バカと天才」「ちびとのっぽ」のでこぼこコンビとして。
部屋に帰ってから夕食の時間までコリアのマーチ一袋分以上の愚痴兼どうでもいい話をした二人は、夕食のときにはお腹いっぱいで、今晩の献立をほとんど残して食堂を後にした。そのとき、みさとは自分の部屋に帰るとき一部の女子が話している内容を耳にしてしまった。その内容とは、近所の男子校との合コンの話だった。みさとは思わずゆっくり歩いて話を聞こうとしてしまった。だけどみさとはしずくが遠くの廊下で自分のことを待っているのを見て、すぐに我に返り足早にしずくのもとへ歩いて行った。
「ごめん。少し気になる話だったもので。」
「大丈夫だよ、なんの話だったの?」
「…晴藍高校との合コン。」
「みさとちゃんが好きな人がいる学校じゃん。」
しーーーーとみさとは人差し指を口に強く押し当てる。みさとの元中で好きだった男子生徒が晴藍高校に入学している。そのことについては女子同士特有の恋話で、しずくはみさとの恋事情について掌握済みだ。
「気になるの?」
しずくが心底不思議そうに質問する。みさとは当たり前じゃんっと顔で訴え軽くうなずく。
「私は恋なんてしたこと無いからさ、理論上で考えちゃうからうまいこと励ませないけど、大丈夫だと思うよ。」
みさとは部屋に帰ってからも少しテンションが落ちたままだった。それを見かねたしずくは少し困って頑張って励ましの言葉を考える。だけど彼女にはそれがとても難しい。何事も理論上で考えてしまうため、感情的なことで起伏が激しいみさとのを励ます言葉を考えることが苦手なのだ。それとはまた別の感情がしずくの努力を阻止しようとする。だがそれは本人でもわからない、経験したことの無い感情。
翌日、いつも通り二人は一緒に学校に行って授業を受けた。だけど今日は水曜日、しずくはオーケストラに所属していてその練習があるため、みさとは一人での下校。部屋につくと同じ部屋のしずく意外の住人、志織が珍しく部屋でパソコンをいじっていた。志織はみさと以上に社交的で就寝時間以外はほとんど部屋の外で学園のゴシップを探して回っているほどの噂好きの少女。ちなみにしずくとは初等部からの幼なじみ。普段は部屋にいない志織が珍しく部屋で集めてきた情報をパソコンで編集していた。それを横目にみさとは制服から普段着に着替え始めた。女の子しかいないということでだいぶ人前(女性のみ)で着替えることに抵抗が無くなったみさとは志織がいるにも関わらず普通に上着に手をかけ下着姿になる。そしてTシャツをかぶる、Tシャツから頭を出すとすぐ目の前に志織が顔があってみさとは少し驚いて後ずさる。
「な、何?」
志織はかけている眼鏡をくいっとあげて少しだけ真剣な顔をしてみさとに問う。
「高校に入ってからみさとはずっとしずくといるよね?」
突然の質問に少し戸惑いながらもみさとは答える。
「うん、まぁ一番最初に仲良くなったのがしずくだからね」
「みさとは、しずくが男の子と話しているのみたことある?」
みさとは少し考えるそぶりをして断言する。
「無いね、少なくとも私がしずくと出会ってからは。志織の方が私よりしずくとの付き合い長いから知ってるんじゃないの?しずくと幼なじみなんでしょ?」
「長い付き合いでも見たことが無いから聞いたの」
「ふ〜ん」
みさとは特に興味が無いという面持ちで着替えの続きを始める。その姿を眺める志織がふと思い出しことをそのまま口にする。
「こないだ瑞乃に聞いたの」
瑞乃とは中等部にいるしずくの妹のことで、たまに高等部に遊びにくる。お姉ちゃん大好きっこ子。
「何を?」
「しずくって、普段はSだけど好きな人にはMなんだって」
「へぇ〜だから?」
しずくってSなのかぁ〜、あぁでも志織いじるとき容赦ないもんなぁ。と、みさとが考えていると志織の口からとんでもない発言が出る。
「だからしずくの好きな人って、みさとかなって思って」
その瞬間その場所だけ時間が止まったかのように思えたみさとは、履きかけていたジーパンから手を離す。そしてバランスをくずす。考えてみればいつも一緒にいてしずくがみさとをいじることはあっても志織のように過度では無い、むしろみさとが隙を見て返り討ちをしていじり返す方だ。それを走馬灯のように思い出したみさとが急いでジーパンを履く。でも、きっとこれはまだ付き合いがそこまで長くないから遠慮まだがお互いあるからであって、志織としずくは幼なじみだし。などといろいろ言い訳をや理論を考えたあげく絞り出した言葉が。
「ないない、あり得ない」
一息ついて、呼吸を整えてみさとはもう一言志織に告げる。
「そもそも私、女の子だよ?」
だが志織はそのみさとの意見を肯定はしてくれなかった。
「生物学上はね、でもしずくの恋愛対象かもしれないよ?ほらここ女子校だし、男に飢えている奴と興味が無い奴、それと一部の子は男みたいな下劣な生き物なんて眼中になくて女の子が好きな人だっているよ」
「いんの!?そんな人!」
「これ以上の情報は料金がかかります」と志織は右手に鍵付きの情報ノートを取り出し、金を出せとみさとに左手を差し出す。ちなみに志織は三度の飯よりお金が大好きだ。みさとは守銭奴を光臨させてしまったと少しめんどくさそうな顔になるが、すぐに
「結構です」
と断った、興味は少しあるが聞いてはならないような気がしたのでやめておいた。
「そ、しずくのことで何かわかったらその情報、私にうってね。高値で買い取るから」
「幼なじみなのにしずくの情報持っていないの?」
少し考えたあとに志織は断言する。
「無いね、いじめられたっていう”思い出”と言う情報はあるけど」
恨んでいる気配は無いが先ほどとは少しだけ気配がかわったことにさみとは気がついた。恨みからではなく単なる好奇心からしずくの弱み?というか知らない一面を手に入れたいという志織の姿勢を感じたみさとは生半可な返事をして、学園外にあるスーパーにお菓子を買いに出かけた、というよりか志織が放つその空気から逃げ出した。
みさとはスーパーについてから、かごに安いお菓子を無造作に放り込んで行く。あるていどお菓子を選んでレジに向かう。その途中スーパーの窓から見えた清藍高校の生徒横目に少しだけ立ち止まる。かごの中のお菓子を見つめてみさとは先ほどの志織との会話を思い出す。しずくのことは嫌いではないむしろ好きな方だ、”友達”として。だけど、お菓子のかごの中を見るとどれもしずくの好きなお菓子ばかりだった。みさとは少し戸惑いながらもレジに並んだ。
(私は男の子しか好きになれないよ)
そう心の中で呟きながらみさとは御会計をすませて、寮へ帰って行った。