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釘男鍵女

作者: 熊と塩

寝ていないまま書き、寝ていないまま推敲し、寝ていないまま投稿。

直接的な性的表現(単語)、理解に苦しむ話が苦手な方は閲覧注意です。

「おれのここ、頭のこのあたり、5~6センチくらいのクギが刺さってるんだよね」

 久保田は後頭部の下の方を指さしながら、笑った。

「小さい頃さ、お母さんに追い出された飲んだくれ親父がさ、大工だったらしいんだけど、そいつがぶちまけたクギが、何の拍子かぶっ刺さってそのまんまらしいんだよな」

 久保田の顔付きは妙に楽しそうで、ニヤついていた。自慢げにする話でも、敢えてわたしを狙ってするものでもないだろうに。

「本当だぜ? 信じられないだろうし、証拠なんか持ってないんだけどさ。レントゲン撮ったらそりゃ写るだろうけど、即入院なんて嫌だから絶対に医者には診せないんだけどさ。おれも怖くなっちゃうしさ」

 信じる信じないは、その話に興味を持ってから考えることだ。黙って目を見返してはいるが、わたしはそもそもから聞いてやっているつもりなど無い。居るから見る、話しかけてくるから見る、それだけの事だった。

「あ、悪い。飯の邪魔だったな。それじゃ」

 そいつは軽い足取りで自分の席に戻っていった。


 すぐそばからひそひそ声が聞こえてくる。

「あいつ、またあの話してんの、意味分かんない、気持ち悪い」

「アレ何なの、マジで。あんな嘘吐いて何か良い事あるの? クギ刺さって頭おかしくなってるんじゃない?」

 成る程、嘘だと断定しながら、虚実を前提にした否定か。なかなか興味深い矛盾した論理に、失笑した。


「水島さん、俺と付き合ってくれない?」

 トイレに向かう途中の廊下で、森本が呼び止めがてらに、そう言った。どいつもこいつも唐突だ。

 けれど、良い場面の選択だと、素直に感心した。昼休みの廊下は、多々の教室から漏れる喧噪のるつぼと化していて、先程の教室の様に誰かが聞き耳を立てる事はない。それに、たぶん大抵の男はそういう言葉を発するのに窮するもので、誰も居ないような場所を選びたがっていちいち呼び出したり、文面で伝えたりするだろうから、これは新鮮みを持った意表の突き方だった。

「あ、別に水島さんとデートに行きたいとか、水島さんとセックスしたいとかじゃないんだ。ただ、水島さんと付き合ってるっていう状況が、何だか面白そうだから」

 恐らく、こうした物言いは普通、悪戯心にからかってするものだろう。しかし森本の声は無邪気に弾んでいて、言葉通りの好奇心からそうしたいのだと分かる。

 考えるまでもなく、わたしは頷いた。面倒が嫌いなわたしは、恋愛などという面倒の王様みたいな事柄が殊更に大嫌いなわたしは、精神にしろ肉体にしろお互いをすり減らす様な、そういうごく当たり前の面倒を取り除いた関係というものに、凄まじく惹かれた。


 教室中に悲鳴がこだましたのは、わたしが席に着いたのとほぼ同時だった。悲鳴を上げたのは、森本を取り囲んだ女子数人。

「何で? それおかしくない?」

 そう問い詰める声で、わたしと付き合い始めた事を報告した結果なのだと分かった。

「やめなよ、そういうの。悪趣味だって」

「そうだよ、あんまりからかったら水島さんが可哀想だよ」

 まただ。からかっていると断定した上で、憐憫の情を見せてみる。可笑しな矛盾ばかり言う。

「からかってないよ、俺。だって面白そうだから」

「ハハハ、意味分かんない、それ」

「森本君にはもっと似合う人居るのになあ」

 森本に似合う人、イコール自分、とでも言いたげだ。どうしてそこまで自意識過剰になれるのか、わたしには全く理解出来ない。

 森本は女子連中に人気があるらしい。いつも3~4人が周囲に群れを作っている。あっけらかんとした話し振りのせいかは知らないが、兎に角、彼女ら特有の矛盾した理論がそこには働いているのだろうから、何故かを考えるのにはまるで意味が無いのだった。

 嫉妬した女と目を合わせるのは気分が悪い。明後日の方向へ視線を流すと、一瞬、久保田と目が合った。


 森本と肩を並べて歩いている。当然の様にそうしていた。付き合っているからだ、という理由は適当ではない。どちらかから誘ったのではないからだ。下校の道筋が途中まで同じで、どちらも部活動には参加していなくて、教室を出るタイミング、下駄箱から靴を取り出すタイミング、履くタイミングが重なって、歩幅が同じくらいだという、それだけの事だった。

「あ、面白い事を思い付いた」

 森本が藪から棒に声を立てた。まだ太陽が高い、平日の昼下がり。家主不在で寂しげな家々の壁に反響して、よく響いた。

「本当に久保田の頭にクギが入ってるか、確かめるってのはどう?」

 随分と頓狂な発想だと思った。面白いか面白くないか、それもまた好奇心を抱く事から始まる感情だ。よって、わたしは無視をした。

「だめ? だめか。我ながらナイスアイデアだと思ったけど。あ!」

 矢継ぎ早に言葉を継いで、じゃあこういうのは、と語り始めた内容に、わたしの爬虫類興味はとうとう釣られてしまった。


 翌朝だ。いの一番に登校していた森本は、教室の戸口で久保田を待ち構えていた。そして久保田がやって来ると、がっちりと肩に腕を回して捕まえた。

「なあ、久保田。俺は水島にフラれたよ」

 出し抜けに切り出す森本に、久保田はぎょっとして体を縮ませた。片や女子達の人気者、片や女子達の嫌われ者。対極にある者同士だ。後者の心境を察するのは容易い。

「へ、へえ」

「それで、水島が言うには、久保田の方がいいんだって」

「まさか」

 久保田がわたしを見る。わたしが見詰め返していると、昨日と同じ様に、久保田から目を逸らした。

「信じないかも知れないし、俺は証拠を持ち合わせてはいないけどな。まあ、水島がそう言うんだから仕方ないよ。そこで俺は久保田に譲ろうと思うんだ、が、一つ条件があるんだよ」

 芝居がかった口調で言うと、久保田は上目遣いに森本を見た。

「条件って?」

「それはな、久保田。俺が一度付き合った女を手放すからには、そいつの将来を平和で安泰なものにしてやりたいと思う。そうであれば何も問題は無いのだけど、お前に託すのには不安が残る。それは何故だか分かるよな? そう、頭にクギが入っているからだ」

 クギ、とオウム返しにする久保田に、森本もクギと返す。

「そのクギが原因で、久保田の脳がどうにかしてしまうかも知れない、セックスの最中にそれが元で死んでしまったら目も当てられない。挿したまま刺さって死ぬとか冗談にもならない。そんな先行き不安を残す訳にはいかない。そうだろう?」

 久保田のうめき声がここまで聞こえてくる様だった。

「だから久保田には、ちゃんとした治療を受けて貰わないと困るんだ。有頂天のまま死ねるんじゃ、お前は困らないかも知れないが、俺は困る。水島もそれを望んでいる事だしね」

 勿論とも言うべき事だが、わたしはそんな希望は一言も口にしていない。寧ろどうでもいい。久保田の真偽不明なクギの事などは。

 久保田の顔が青ざめていく。見えない両手に首を絞められているかの様だ。だとしたらたぶん、それは自分の手だろう。今にも内臓全部を吐き出してしまいそうな口から出てきたのは、胃袋ではなく、おれは、という磨り潰した声だった。

「おれは水島の事好きじゃないからさ」

 それを聞くや否や、そうか、と森本は久保田を突き放して、わたしに向かって手を振ってきた。

「良かったよ、水島さん、これで気兼ねなく気持ち良く、アナルセックスまで出来るよ!」

 それは教室中に響き渡る、透き通った素敵な声音だった。

 その声が止めの一撃になって、久保田はとうとう床に胃の中身を散らかした。

 あんまり馬鹿馬鹿しくて、手を振り返しながら、思わず笑ってしまった。

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