王城に忍び込んで捕まった俺は、毎朝牢から出勤することになりました
王城へ忍び込むなら、狙うのは宝物庫だと決めていた。
貴族の屋敷なら銀食器や宝石でもいいが、王城まで来て燭台の一本や二本を盗んで帰るのでは割に合わない。どうせ首を突っ込むなら、一度でしばらく遊んで暮らせるくらいのものが欲しかった。
そのために、ロイは三日ほど王城の周りをうろついた。
昼間は庭園の一般開放に紛れ込み、日が暮れてからは少し離れた酒場で時間を潰した。衛兵がいつ交代するのか、夜になっても人が出入りする場所はどこか。外から見える範囲だけでも、それなりのことは分かる。
東側の厨房裏にある窓を選んだのは、見張りが交代するほんの短い間、誰もいなくなることに気づいたからだった。
外壁を越え、衛兵がいなくなるのを待って窓へ向かう。
鍵は簡単に開いた。
少し拍子抜けした。
王城なのだから、もう少し苦労すると思っていた。
厨房へ入り、使用人用の階段を使って二階へ上がる。昼間に見ておいた衛兵の動きが夜も大きく変わらないことを確かめながら、少しずつ奥へ進んだ。
途中で倉庫らしい部屋にも入った。
銀の器がいくつかあったが、目的はもっと先だ。帰りに余裕があれば持っていけばいい。
三階へ上がる。
ここから先はさすがに警備が増えたものの、廊下を巡回する衛兵は決まった順番で動いていた。二組続けて通り過ぎたあとに出れば、次が来るまで時間がある。
思っていたより順調だった。
だから、廊下の角を曲がったところで衛兵と目が合ったときには、ロイも驚いた。
相手も驚いていた。
互いに二秒ほど動かなかった。
ロイは来た道を走って戻った。
捕まった。
翌朝、取り調べ室へ連れていかれた。
向かいに座った男は、王城の警備を任されている騎士らしい。
名前を聞かれ、職業を聞かれた。
「泥棒」
そう答えると、隣で記録していた文官が顔を上げた。
ほかに何と答えればいいのか分からない。仕事として雇われているわけではないが、もう十年以上これで食っている。
「王城へ入った目的は」
「宝物庫」
「何を盗むつもりだった」
「まだ決めてなかった。金貨か宝石。持てそうなもの」
取り調べなのだから、向こうが知りたいことを聞くのは分かる。
侵入経路を尋ねられたので、東側の外壁から厨房裏の窓へ入ったと答えた。
「厨房裏には衛兵がいたはずだ」
「交代するときにいなくなる」
男の顔つきが少し変わった。
「どのくらいだ」
「二、三分」
すぐに後ろにいた騎士が部屋を出ていった。
今度は窓の鍵について聞かれた。
「外から開けた」
「壊したのか?」
「壊してない。金具を差し込んで持ち上げただけ」
あれでは、やり方を知っている人間なら誰でも開けられる。
そう付け加えると、向かいの男が何とも言えない顔をした。
「替えた方がいいと思う」
「お前は何のためにここへ入った」
「盗みに」
「そうだったな」
しばらくして、先ほど出ていった騎士が戻ってきた。
本当に衛兵がいなくなる時間があり、窓も外から開いたらしい。
そこから質問が細かくなった。
厨房からどこへ行った。
なぜ巡回に見つからなかった。
どの扉を通った。
鍵はどうした。
聞かれるままに答えているうちに、机の上へ王城の簡単な見取り図まで出てきた。
ロイはそこへ昨夜通った道を書き込んだ。
二階の巡回について説明すると、また騎士が確認に向かった。
三階北側の窓について話しても確認に向かった。
倉庫前の廊下に誰も来なかったと言っても確認に向かった。
昼になる頃には、取り調べを受けているというより、昨夜の仕事について報告しているような気がしてきた。
最後に宝物庫の近くで捕まった経緯を説明し、その日は牢へ戻された。
翌朝。
また取り調べかと思っていたら、昨日とは違う部屋へ連れていかれた。
そこには昨日の男のほかに、年配の男が二人いた。
一人は騎士団長、もう一人は宰相だと紹介された。
泥棒一人にずいぶん偉い人間が出てくる。
何を聞かれるのかと思っていたら、宰相が言った。
「今夜、もう一度王城へ侵入してもらいたい」
ロイは意味が分からなかった。
「俺が?」
「そうだ」
「王城に?」
「そうだ」
昨日、それをやって捕まった。
「今度は盗みが目的ではない。警備に見つからず、指定した場所まで行けるか試してほしい」
指定された場所は国王の寝室だった。
宝物庫より難しい。
ロイは少し考えた。
「捕まったら?」
「そこで終了だ」
「捕まらなかったら?」
「寝室前まで行けば終了だ」
「そのあと牢?」
「戻ってもらう」
結局牢には戻るらしい。
ただ、昨日は宝物庫まで行けなかった。
王城側からもう一度試していいと言われるとは思わなかったが、せっかくなら昨日より奥まで行ってみたい。
引き受けることにした。
日が沈む前に城外へ出された。
昨日使った厨房裏へ行ってみると、窓の鍵が替わっていた。
開かない。
昨日自分が教えたせいだ。
仕方がないので別の入口を探した。
使用人がごみを運び出す小門をしばらく見ていると、戻ってきた荷車を衛兵が確認していた。積荷を見ている間は反対側への注意が薄い。
そこから入った。
二階へ上がると、巡回の順番も変わっていた。
これも昨日教えたせいだろう。
少し面倒になったが、通れないわけではなかった。
衛兵が近づいてきたときには、近くの部屋へ入ってやり過ごした。鍵はかかっていたが、昨日の厨房裏の窓より簡単だった。
昨日より警備が厳しくなっているはずなのに、昨日より奥へ進めた。
国王の寝室がある区画まで来ると、さすがに近衛騎士がいた。
しばらく様子を見てから背後へ回り、肩を叩いた。
騎士が振り返った。
「ここで終わりらしい」
驚いた顔をされた。
ロイとしては、見つからずにここまで来いと言われたから来ただけだった。
翌朝、また昨日の部屋へ呼ばれた。
今度は昨夜のことを聞かれた。
小門から入ったと答えると、その場で警備方法について話し合いが始まった。
巡回の順番を変えたのに突破された理由も聞かれた。
途中で入った部屋の鍵についても聞かれた。
一通り話し終わったところで、宰相が言った。
「明日も頼めるか」
三日目も王城へ侵入することになった。
その翌日は窓を開けた。
次の日は新しい鍵を渡された。
「これを開けられるか?」
試してみると、少し時間はかかったが開いた。
翌日には別の鍵が用意されていた。
今度は開かなかった。
「これはいいな」
そう言うと、警備を担当している騎士が嬉しそうに持っていった。
自分が鍵を開けられずに喜ばれたのは初めてだった。
一週間ほどすると、牢から出されたあと取り調べ室ではなく警備詰所へ連れていかれるようになった。
その日の仕事は、そこで聞く。
「今日は西棟の窓を見てくれ」
「全部?」
「二階と三階だ」
「分かった」
最初の頃は騎士が二人ついてきた。
逃げないようにするためだろう。
ところが十日ほど経つと一人になり、さらに何日かすると誰もついてこなくなった。
逃げようと思えば逃げられる。
ただ、逃げると夜の寝床と朝夕の食事がなくなるうえ、まだ試していない鍵がいくつかあった。
特に逃げる理由もなかった。
ある日、警備詰所へ行くと机の上に道具が置いてあった。
細い金具が何種類かと、小さな工具。
ロイが普段使っていたものより質がいい。
「これ、何?」
近くにいた騎士が顔を上げた。
「お前が昨日、道具が悪くて試せないと言っただろう」
「買ったの?」
「必要経費だそうだ」
王城から支給された。
泥棒道具を。
ロイは一つ手に取り、具合を確かめた。
かなり使いやすい。
その日の午後、新しい道具で三つの鍵を開けた。
翌日、その三つは交換された。
三週間も経つ頃には、警備詰所にロイ用の机ができていた。
誰が決めたのかは知らない。
朝になると牢から出て、そこで今日の予定を確認する。
昼食は騎士たちと同じ場所で食べるようになった。
午後の確認が終われば報告を書き、夕方になると牢へ戻る。
ある日、報告書を書いている途中で妙なことに気づいた。
泥棒をしていた頃より規則正しい生活をしている。
食事も毎日出る。
雨の日に仕事をする必要もない。
捕まったはずなのに、以前より暮らしやすくなっていた。
一か月が過ぎた頃、宰相から呼び出された。
また新しい場所を試すのかと思ったら、一枚の書類を渡された。
『王城警備監査補佐』
ロイは初めて聞く役職だった。
「何これ」
「お前の役職だ」
「俺の?」
「今回新設した」
刑期中はこれまで通り日中だけ勤務し、刑期を終えたあとも希望すればそのまま雇用するらしい。
給与の欄もあった。
ロイはそこを二度読んだ。
「給料出るの?」
「仕事だからな」
最初に聞いたときは誰も答えてくれなかったのに、いつの間にか本当に仕事になっていた。
「断ることもできる?」
「できる。その場合、刑期中は通常通り牢で過ごしてもらう」
朝から夕方まで牢にいる生活と、王城の中を歩き回って侵入方法を探す生活。
しかも後者には給料が出る。
考えるほどでもなかった。
「やる」
その日から、ロイは正式に王城警備監査補佐になった。
半年後。
仕事を終えて王城を出たところで、昔一緒に仕事をしたことのある男に声をかけられた。
「ロイ?」
振り返ると、見覚えのある顔があった。
「久しぶりだな。お前、捕まったって聞いたぞ」
「捕まったよ」
「じゃあ何でここにいるんだ」
男はロイの後ろにある王城を見た。
「仕事」
「何の?」
少し考えた。
正式な役職名を言っても、おそらく分からない。
「王城に入る仕事」
男の顔が変わった。
「まだ泥棒やってんのか?」
「まあ、似たようなものかな」
「王城専門?」
「今はそう」
「よく捕まらないな」
「捕まっても問題ない」
男はますます分からない顔になった。
「それで食っていけるのか?」
「給料出るし」
しばらく沈黙があった。
「……すげえな」
何かを勘違いされている気がしたが、説明するのも面倒だった。
翌朝も仕事がある。
ロイは男と別れ、夕食を食べに戻った。




