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1章-7 敵を作る

 リーザが既存の魔術を使ったわけではないのは確かだ。


 リーザは、メティスの魔術理論では不可能な事を簡単にやってのけた。

 いや、やってしまった。


 メティスに知れ渡れば。

 いや、アリウス長老の耳に入ればどうなる?


 魔術に己の生涯を捧げてきた人々の反応は容易に想像がつく。


 では、他の魔術師たちはどうだろう。


 魔術理論に通じたものは、理論や体系にない事実を前にしてどうなる?

 自らが理解できぬものに、人が抱く感情に個性などない。


 嫉妬と羨望。

 恐怖と混乱。

 

 負の感情が怒涛の波のように、リーザに襲い掛かることになるだろう。


 世界中から憎しみを受けることになるかもしれない。

 シーグ・ペイラックと同じように。


 今は不吉の時代であり、不幸なことが立て続けに続いている。

 誰もが感情を爆発させるために、正当な仇敵や手ごろな邪悪を求めているのだ。


 集団が秩序を保ち、協力するために必要なのは目標である。

 恨みが積み重なった仇敵の排除や、正義の名のもとに下される邪悪の討伐となれば更に好都合である。

 敵を作ることで国家や組織を安定させる思考は、古来より繰り返し使われてきた。


 【リーザ・オーメントもまた、シージペリラスである】


 アリウス長老がそう宣言してしまえば、魔術師の怨嗟を一方向に統一することができる。

 かつて、シーグ・ペイラックが世界中の悪意を集めたように。


「うーん、なんだか違うような気がするなあ」


 リーザは両手を伸ばして、背伸びをしていた。

 それは、手の届かない場所を掃除しているようにも見える。

 すでに毛布をたたむとか、手を叩くという仕草は原形をとどめていない。


「ねえ、リーザ。もっと詳しく教えてくれない」

「うん、いいよ」


 リーザは、チョコンと床に座った。

 幸せそうにニコニコしている様子は、警戒心や闘争心とは無縁だ。

 14歳といえば、結婚して家庭を持っていても不思議ではない。

 半分の年齢の子どもでも、リーザほど無防備ではない。


「仕草はもういいわ。毛布を小さくしたとき、どんな様子だったか教えて」

「あんまり覚えてないよ」

「わかる範囲でいいわ」

「うーん、でも半分眠っていたかも……」

「え?」

「フィーちゃんに毛糸の服を作っていたのね。完成したあと、暖炉の前でウトウトしていたんだ」

「うん」

「幸せだなあ、って思って目を閉じていたら、寒がっているフィーちゃんが見えたのね」

「…………」


 ただ寝ぼけて夢を見ていたのか。

 見えたというなら、予知や幻視の類だろうか?


「それで、目が覚めたら……」

「覚めたら?」

「毛布と、ぬいぐるみと、服が紙になっていたんだよ!」


 リーザは人差し指を立てて、熱弁した。


「だから、フィーちゃんに届けることにしたの。メティスに手紙で届けたんだよ」


 リーザはその時、シーグの治療のためレイザークにいたのだ。

 メティスからは、早馬でも二週間の距離である。


「……その間は?」

「だから、寝ぼけていたからよくわからないの」

「…………」

「ほら、私って寝相がよくないでしょ?」


 もはや、そういうレベルの問題ではない。

 ダメだ、全く分からない。

 サフィリアは頭を抱えた。


「どうしたの。お腹でも痛いの?」

 

 痛いのは頭である。


「リーザ、同じことをもう一度出来るかしら」

「やっぱり、ぬいぐるみがほしいんだね。7日あれば作れるよ」

「……そこじゃないわ」


 言葉の通じない相手がいる。

 目の前にいるのがまさしく、それだ。


 記憶の塔に収集されているのは、知識や技術を記した言語に過ぎない。

 言葉や理屈の通じない相手には無力だ。


 その時、鐘の音が鳴り響いた。

 日の出から日の入りまで時間を告げる鐘である


「あ、お茶の時間だね」


 リーザはうれしそうに、手をたたいた。

 この人にとっては、異能の魔術よりもお茶の方が大事なようだ。


「疲れたときは紅茶とケーキがいいんだよ」

「……そうね」

「ハーブティーと、アップルティーはどっちがいい?」

「なんでもいいわ」


 疲労感から、サフィリアは適当に答えた。

 リーザからこれ以上聞き出すことは難しい。


 リーザは【魔術】で【物質】を【変化】させた。

 夢や無意識がきっかけとなった。


 状況と結果はすでに明らかだ。

 あとは、間に何があったかが分かればいい。

 

 明らかになった【結果】をうけいれ、【推論】を深めてゆく。

 論理的思考の積み重ねが、【真相】へと続く道しるべとなるはずだ。

 【結果】そのものが少なすぎるが、過去の記録を調べれば似た例を見つけられるだろう。


 不明を明らかにし、体系化して明瞭とするのが学術である。

 そして、学術は時に魔術以上の成果をもたらすのだ。


 探知の一族フェルナンディ。

 魔術による探知のみならず、論理的思考もまた一族の得意分野である。

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