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1章-6 可愛い問答

「だ、大丈夫よ」


 悲痛な叫び声を聞いて、サフィリアは即座に返答した。

 正直、あまり大丈夫ではない。

 しかし、返事をしなければ、更なる危険が訪れただろう。


「動ける……から」


 体中が傷み、平気といえる状況ではない。

 よろめく体にムチ打って、壁を支えに立ち上がる。


「痛いところはない?」

「本当に何もないから」


 心配して伸ばしてくれる手が、サフィリアには余計に大丈夫ではなく見えた。

 壁沿いに逃げると、リーザはこちらをじっと見てくる。


「うーー」


 リーザは小さくうなり声をあげた。

 そして、人さし指を軽くくわえる。

 物欲しそうな表情は、好きな食べ物を見るときと同じだ。


 それも、相当に空腹の時の……。

 なぜだか、背筋から寒気が上がってくるのと止められない。


「ええと、そうだ。リーザ、インボルグにもらった毛布と枕だけど」

「あ、うまくいったんだ」


 リーザは手をパチパチ叩いている。


「……もし、うまくいってなかったら?」

 

 リーザは首をかしげて考え込んだ。だんだんと難しい表情になっていく。


「あはは?」


 サフィリアと目が合うと、リーザはごまかすように微笑んだ。 

 ……あまり、深く考えるのはやめよう。


「それでね、聞きたいことが――」

「あのぬいぐるみ、可愛かったでしょ?」

「それよりも、毛布を小さくした方法を……」

「可愛いかったでしょ?」


 サフィリアの問いをさえぎって、リーザは詰め寄ってくる。

 有無を言わず、同意を求める姿勢だ。


「う、うん。可愛かったわ」


 視線をさ迷わせながら、サフィリアは答える。

 実際には怖くて仕方がなかった。


 ぬいぐるみの赤い目は、糸がほつれたせいと思っていた。

 だが、ぬいぐるみの眼球に、赤い糸が縫い付けられていたのだ。

 それも丁寧に、決してほどけないほど入念に。


 明るいときはにっこりと笑っている顔が、闇の中では邪悪な笑みを浮かべているように見える。

 何よりも、血走ったように見える大きな目は恐怖だった。

 魔術の光でぼんやりと照らし出されるぬいぐるみは、悪夢そのものでしかなかった。


 怖くて仕方がないので、ぬいぐるみには壁の方を向いてもらっている。


「でしょー、力作だったんだよ。どこが一番可愛かった?」

「えっと……耳かな?」


 後ろを向いていて目に入るのは、謎の背びれとウサギのような耳くらいだ。

 うれしそうなリーザを見ていると、本当のことなんて言えるはずがなかった。


「また、作ってあげるね」

「え!?」


 ベッドの周囲に『あれ』が増殖してゆく様子を想像して、サフィリアは頭を振った。


「どうしたの?」

「いや、その、えっとね。今度はもっと小さい方がいいわ」

「大きい方が絶対にいいよ。大きくなるほど可愛いくなるんだから」


 その理屈はよくわからない。


「ほら、私の部屋って決まりがあるでしょ。本当は物を持ちこんだらダメなの。大きなものは見つかってしまうわ。毛布だって隠してあるし」

「そっかー」


 リーザは何か考え込んでいる。

 毛布を隠さないで済む方法でもあるのだろうか?


「だけど、目を小さくしたら可愛くないし。耳もチャームポイントなんだよ?」

「…………」


 この人の頭の中は、もはやぬいぐるみのことだけだ。

 他の何を伝えてもムダである。


 よもや、今度は血走った眼球だけのぬいぐるみではなかろうか。

 あるいは耳だけのぬいぐるみとか。想像力の数だけ恐怖が積み重なってゆく。


「そうだ、いっそ毛布をぬいぐるみにしよう!」


 想像の上を行くリーザの発想に、サフィリアはめまいがしてきた。


「ぬいぐるみに抱っこされている気分で、きっといい夢が見られるよ」


 眼球や耳に埋もれて眠る。

 絶対に、悪夢しか見ない。

 そもそも、眠れるかどうかも分からない。


「リーザ、どうやって塔に毛布を持ち込んだの?」

「私じゃないよ。フィーちゃんが本に挟んで持っていたんだよ」


 聞き方が悪かったことに気付く。

 聞き方が正しいからと言って、期待した答えが返ってこない方が多いが……。


「毛布やぬいぐるみをどうやって本に変えたの?」

「えーとね、こうやって、こうやってー」


 リーザは両手で毛布をたたむ仕草をした。

 半分から4つ折り、8つ折りとたたむ。


「最後にポン!」

「ポ……ン?」

「手のひらで叩いた音だよ」


 いや、大事なのはそこではなくて……。


「詳しく教えて」

「えっとね、だから……ポン。いや、パン?」


 リーザは手のひらを、いろんな角度でたたいている。

 そこに魔術的要因は全く存在しなかった。


 魔術は手品ではない。

 機械仕掛けのように、様々な因子が歯車のようにかみ合って初めて発現する。

 魔術に必要な因子は、大きく分類して二つ。


 一つ目は環境的因子。

 魔力を発生させ、導くための方法がこれに含まれる。

 星回りや土地から発生する魔力の流れを制御するするために、結界陣を作ること、魔術の印を結ぶことなどがある。


 メティスが魔術の聖域と呼ばれるのは、魔力の流れが豊かだからだ。

 通常の土地であれば、広場全員に声を届けることはサフィリアには不可能である。

 

 二つ目は精神的因子。

 魔力を紡ぎだすための媒介である。

 人はもちろん、魔境にすむ怪物が魔術と同等の現象を引き起こすことも多い。


 また、人間以上に高度な精神を持っている存在もいる。


 ドラゴンや、土地に住む神々、英霊などもこれに含まれる。

 これらは土地とのつながりが極めて強いのが特徴である。


 精神的に土地とのつながりが強いものは、歴史に名を残すほどの優れた魔術師となる。


 魔術に優れたものが何者かの転生者と考えられる。

 それは前世から続く、土地との濃いつながりがあるからだ。

 

「タンタカタン?」


 リーザは神妙な表情で、腕を振り回している。

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