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1章-4 記憶の塔

 冷たい空気が流れてくる。

 サフィリアは両腕で自分の肩を抱きしめた。


「寒い……」


 小さなつぶやきにこたえる者はいない。

 広い塔の中にいるのは、サフィリア一人だ。


 サフィリアが着ているローブは、薄手の春の服装である。

 冬は終ったのだと、有無を言わさず取り替えられたのだ。


 インボルグが春の訪れとはいっても、山を見ればうっすらと雪が残っているところは多い。

 暦の上で春とはいえ、たった一日で気候が一変するはずがない。

 そして、石造りの塔はおそろしく冷えた。


 サフィリアは寝室に向かって歩き出した。


 窓一つなく、閉じられた塔の中で空気が流れ始めている。

 太陽が沈んで、さらに気温が下がったからだ。気温の変化が閉じられた塔の中にもよどんだ風を作り出す。

 窓さえない塔の中で、時間を見失うことはよくある。


 もとより、【書を守る者】は自由に塔を出て、太陽の光を浴びることはできないのだ。

 そんな時、風と気温に感覚を研ぎ澄ますことで、朝と夜に気付くことができる。

 同時に、広い塔の中でたった一人である事も気づいてしまう。


 一人きりであること。そして、暗闇の深さが怖い。

 我に返ることが恐ろしいと思うようになったのはいつからだろうか。

 時間を忘れて本や思考に没頭するか、疲れ切って眠ってしまうのが一番いいのに。


 足音が余韻を残しながら、響いてゆく。


 闇の向こうから後ろから追いかけてくるように聞こえる。

 だが、塔の中には誰もいない。当然、自分をおびやかす何者もいないのだ。


 サフィリアは気持ちを落ち着けて、足を止めた。

 再び、塔の中は静寂に満たされる。


 今度は、巨大な影がサフィリアを取り囲むように踊り始めた。


「邪悪のものなど、いない」


 サフィリアは深呼吸して、目を閉じた。

 これは恐怖が精神集中を乱し、魔術の光が揺れているからだ。

 塔の中には幾重にも結界が張られている。異界の怪物が進入できるはずがない。


 すべては、未熟と臆病が見せる幻覚にすぎない。

 記憶の塔ほど、安全な場所は世界中のどこにもないのだから。


 魔術の明りを消し目を閉じたまま、歩数を数えることだけ集中する。

 予想通りに100歩で扉に手が触れた。


 瞳を開くのももどかしく、扉を開けるとベッドの中に飛び込んだ。

 しかし、毛布も春物に変えられており、全身にまきつけても暖かさはない。

 寒さと恐怖で冴えた思考に、眠りは訪れなかった。


「リーザ……」


 さびしさに目元が熱くなって、顔を押し付けた枕さえも冷たくなってゆく。

 どのくらいの時間をそうやってすごしていたのか、サフィリアは顔を上げた。


 そういえば、リーザから言われていた。

 インボルグに渡した本を見るように、と。


 枕元にあった魔術の杖を手繰り寄せ、光をともす。

 寝台についてある引き出しから、古びた革表紙の本を取り出した。


 表紙には何も書かれておらず、ページをめくっていったがすべて白紙だった。

 裏表紙に クマとキツネとウサギを足したような生き物が描かれていた。

 間違っても、実在の生き物ではない。

 リーザが生き物をかたどる時、たいてい空想さえも絶する謎の生物が誕生することになる。


 リーザの価値観からすると可愛いに属するのだろう。

 だが、血走ったようにも見える大きく赤い眼が怖かった。

 気味悪さを押し切って、サフィリアは裏表紙の絵に触れた。


 ポン、と軽い音が鳴って本から何かが出てくる。


「キャー!」


 サフィリアは、我も忘れて悲鳴を上げた。

 本に書かれていた、まがまがしい生き物が、サフィリアの倍以上の大きさになっていた。

 更に、おおいかぶさるようにこちらに倒れてくるではないか。


 杖を落とし、魔術を使うことも忘れ、手足を動かすことさえ忘れていた。

 押しつぶされること、更には死を覚悟したが、予想に反してやわらかい感触が触れただけだ。

 謎の生物は転がって、ベッドから落ちていった。背中には謎の背びれがついている。

 

 ぬいぐるみである。


 サフィリアは安堵のため息をついて、体を起こす。

 そして、目の前に広がる光景にサフィリアは目をぱちくりさせた。


 厚手の毛布や、羽入りの枕。

 毛糸のマフラーや手袋、わた入りの服が並んでいた。


 手を伸ばせば確かな感触がある。それ自体が熱を放っているかのように暖かい。

 幻覚でなければ、夢でもない。


 縮小化の魔術だろうか。

 魔術師がローブのすそに、必要な物をすべて収納するときに使われる。


 だが、縮小化の魔術ではここまで小さくはできない。

 これほど大きなものを薄っぺらい紙に変える方法は、魔術書にも記されていない。


 では、召喚コンジュアレーションの系統だろうか。

 物質転送アポートや、異次元のディメンジョンドアの魔術なら、同じことが出来るだろう。

 しかし、召喚コンジュアレーションの系統には大きな結界陣が必要となる。


 サフィリア自身も、これが魔術の品だと気づかなかった。

 魔力の反応もなければ、魔術の印も描かれていない。


 通常の魔術の常識では考えられなかった。

 

 そもそも、記憶の塔へ持ち込まれるあらゆる物品は厳重に調べられる。

 リーザはどんな方法を使って、魔術師の目を盗んだのか。


 魔術理論の書棚を探しに行こうという意思は、すぐにくじけた。

 書を守るものにはふさわしくないと、遠ざけれらた品物の数々が目の前にあるのだ。

 

 サフィリアは服に袖を通し、毛布を頭からかぶった。

 新しい枕はやわらかくて、暖かい。

 ベッドの上にだけ春が来たようで、リーザに抱きしめられた時のことを思い出す。

 

 次はいつ会えるだろうか、その時はレイザークの話を聞かせてもらおう。

 そんなことを考えているうちに、サフィリアは眠りに落ちた。


 夢の中では、サフィリアはケーキやたくさんの食べ物に囲まれて、インボルグを祝っていた。

 暖かい日差しが差し込み、窓の外にはリンゴの木と、花畑。空と湖はどこが境目かわからないほどに青く広い。


 テーブルの反対側には笑顔のリーザと、傷の治ったシーグがいた。

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