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1章-3 書を守るもの

        *


 大陸には三月ごとに、年に四度の大祭がある。

 雪解けに伸びる麦の芽を祝う、収穫祈願の春祭り(インボルグ

 恵みの雨を願う、夏の花祭り(ベルテヌ

 恋人たちが主役となる、秋の収穫祭(ルーナサ


 そして、最後は一年でもっとも呪われた夜。

 この世と異界がつながり、この世に恐怖が流れ込むと恐れられる冬の死神(サムハインである。


 シージペリラスの消滅をインボルグに公表したのは、冬が終わり春が始まる吉日だからである。


 サムハインが一年で最も呪われた日ならば、次に訪れるインボルグは一年で最も清浄な日である。

 この日に生を受けたものはかつての聖人や偉人が転生であり、異能の力を秘めている。

 そう、魔術都市メティスは信じている。


 胎児のうちから母親の口を借り、政務の指示を行って族長をつとめた魔術師の例もある。

 現在は4才の少女であり、名実とともに一族の長となっていた。

 切れ者と評判の外交官を、言葉ひとつであしらったことは詩人の題材ともなっていた。


 では、6年後のインボルグに産まれた少女。

 金の髪と青の瞳をもつサフィリア・フェルナンディは、何者だろうか。

 10才にして【書を守る者】の地位につき、役目を果たしている。

 幼い少女にも関わらず魔術師に通じ、賢者をも唸らせる知恵者でもある。


 きっと、誰かの転生に違いないと人々はうわさする。


 過去の歴史を紐解き、偉人の名を上げるもの。

 人を超越した存在である、竜や神々だと主張するもの。

 自国に保管される肖像画から、わが国の過去の王族に相違ない、と断言するもの。


 真実を知る者はいない。


        *


「平和の時代が訪れる」


 サフィリアはひとり呟いた。

 大理石で作られた塔の中で、小さな声は闇に吸い込まれるように消えていった。


 明かりと言えば、魔術で作られた青白い光だけであった。

 太陽の下に出ることは少ないために、肌は雪のように白い。

 魔術の青白い光をあびていると、少女は幻想的で今にも闇に書き消えそうに見えた。


 ここはあらゆる書物を収集する【記録の塔】である。

 壁のすべてに書が詰め込まれ、新たな記録が追加されてゆく。

 【書を守る者】の使命は、塔の内にある記録を管理することにあった


 サフィリアは書棚に向かって、杖を掲げる。

 杖の先端に灯る光はさらに大きくなり、びっしりと並んだ書物の背表紙を照らし出した。

 それでもなお、広大な塔のすべてを照らすにはまるで足りない。端が見えぬ回廊が闇の向こうへと消えてゆく。


 杖の先で書棚をたたくと、一冊の本が飛び出してサフィリアの手の内に降りてきた。

 本を開くと、ここ数年の戦いの記録が淡々とつづられていた。

 一連の年表を記憶すると、サフィリアは本を閉じた。

 杖を動かし浮遊の魔術を使って、書棚に戻す。


「戦乱の時代が終わり、平和の時代が訪れる」


 それは夜の後に朝が、冬の後に春が来るように当たり前のことだ。

 夜も冬も、そして戦乱も永劫に続いた歴史はない。

 平和のあとに戦乱が訪れるのも、また事実なのだ。


 次の書に向かって歩きながら、サフィリアは考えをまとめる。


 戦火が収まりつつあるのは確かである。


 正確にいうと、燃やし尽くしたというべきだろう。

 草原の国ダリムは、森の王国レイザークに侵攻を繰り返した。

 6年にもわたった戦いの結果は、ダリムの一方的な敗退であった。

 国境線も戦場もほとんど変化がなく、同盟国も兵を引き上げている。


 草原を駆ける騎馬兵が森に潜む歩兵を倒そうというのだ。

 まともな戦術眼を持つものが繰り返す方法ではなかった。


 そもそも、戦の大義が「シージペリラスを産んだ王国の責任を問う」であった。

 

 冥府返しの完了を宣言したことは、戦の大義そのものを消滅させてしまったのだ。

 この上で大義のない侵攻を繰り返しては、周辺諸国がダリムを攻める口実を得ることになる。

 あるいは、アリウス自身が予知と称して、けしかける事も可能だ。


 やはり、平和の時代が訪れるだろう。

 しかし、どれだけの長さ続くというのか。


 サフィリアは足を止めると、杖を掲げて次の本を探した

 重要な書物は、たとえ真の闇の中でも見つけられる。

 優れた記憶力で、書のすべてを把握する。

 それが、書を守る者に求められる能力である。


 次なる書物を浮遊の魔術を使って手に収める。

 ページを開かずとも、書かれた文字は暗唱できる。この6年間に整えられたメティスの軍備が記録されている。


 城壁の補強は完了し、騎士団と魔術師団の再編成も順調である。


 魔術師団を束ねるのが、ラスティー・クルス。

 そして、【固定兵器】として、メティスに配備された2名の魔術師の育成計画の順調とある。


 一陣の風(リヴァーウィンドのサフィリア・フェルナンディ。

 報復者(アヴェンジャーのガリウス・グラムファーレ。


 メティスへ侵攻するものは剣と杖の力で、ことごとく命を奪われることだろう。


 アリウスは孫であるガリウスを、本日付けで騎士団長へと就任させた。

 ガリウス・グラムファーレは14歳。

 将帥となるには早すぎるかもしれないが、初陣を飾るには十分な年齢となっている。

 戦乱が収束すると、食い扶持を失った傭兵が、盗賊になることが多い。

 これは、戦闘訓練としては理想的な相手といえるだろう。

 次なる戦乱の演習としては申し分がない。


 シージペリラスの予言を公表したのがアリウスであり、消滅を宣言したのもアリウスである。

 戦乱の一連の流れがアリウスの手の内であった。


 城壁の整備や軍の再編成は、軍備の統制が乱れ他国につけいれられる隙を生む。

 レイザークへと世界の敵意を向ければ、シージペリラスの存在を宣言したメティスが攻撃されることはない。


 他国へ戦を扇動しておきながら、自らは派兵することなく、戦力を温存し蓄えるだけにとどまった。

 今回の戦で一番利益を得たのはメティスであろう。


 そして、平和を口にしながら、アリウスは今も軍備を整え続けている。

 これは【終戦】ではなく【停戦】なのだ。


 計画を何よりも重んじるアリウスのことだ。

 次なる戦乱の予定表も、すでに完成しているのだろう。


 シージペリラスを原因に戦端を開いた時と同じように。

 自分に都合よく平和を終わらせる方法も、アリウス長老の頭の内には存在するに違いない。

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