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1章-2 平和の裏側

    *


 サフィリアは、与えられた私室に帰ってきた。

 アリウスの発表を聞くようにと、用意された塔の一室である。


 椅子に体を預けて、安堵の吐息をつく。

 強力な魔術を行使したために、立っているのもつらい。

 このまま眠ってしまいたい。


「シージペリラスの消滅によって、世界に平和が訪れる」


 窓の外ではアリウスが同じ言葉を繰り返している。

 それこそが、もっとも大切なことだと言いたのだ。

 アリウスの演説に反して、シージペリラスは生きている。


 シーグ・ペイラックはリーザの治療を受けている最中だ。

 4年もの間、どのような監獄よりも過酷な石室にいたのだ。生きているのが不思議なくらいだった。

 だが、リーザは優れた治療師だ。3か月の間に確実に回復に向かっている。


 アリウスは、シーグの無事を知らない。

 メティスは、偽りの予知を語っている。


 上位の魔術師ほど、シージペリラスを忌み嫌い遠ざけた。

 報告を聞くことさえも、耳が穢れると嫌悪を示した。

 だから、冥府返しに参加したのは下位の魔術師だ。

 それもメティスから追放同然の処分を受けたものである。


 故郷へ帰れず、魔術師としても将来の見込みがない。

 だから相応の地位を約束すると、冥府返しを中断した。

 感謝さえもして即座に去って行ったのだ。


 そのあと、メティスの魔術師は誰一人として石室を調べに来ることさえない。

 サフィリアが作った、嘘の報告書を信じ込んでいる。


 忌まわしいものを封じこめ。

 気に入らぬものを遠ざけ。

 真実から目を背けながら未来を語る。


 それが、魔術師都市メティスの真の姿だ。


 メティスの思い上がりが、シーグの隠れ蓑になる。

 メティスが積み重ねた偽りの行いこそが、シーグを守ることになるだろう。


 その時、扉をノックする音が響いた。

 

 サフィリアは姿勢を正して、扉をにらみつけた。

 訪問者には心当たりがあった。


「どうぞ」


 感情を殺したつもりでも、言葉に思わず力が入った。

 扉を開けて入ってきた青年は、気取った仕草で頭を下げた。


「お久しぶりですね、ラスティー・クルス」


 ラスティーはわずかに身をそらして、驚きを表現する。


「わたくし如きの名を覚えていただけるとは……光栄ですな」


 ラスティーは芝居がかった調子で言った。


 好意と正反対の感情でも、名前は忘れられなくなる。

 サフィリアは舌打ちを抑え、喉まで出かかった言葉をおさえた。


「あなたは有名ですからね」


 意識して感情を抑え、言葉を選んだ。


 ラスティーは魔術師としての評価が高く、アリウス長老も一目置いている。

 切れ者と評判の青年であり、戦闘指揮を取らせても優秀だ。

 近く戦乱の時代が訪れたときに、活躍すると期待されている。


 先ほど、騎士と魔術師の指揮を執っていたのが、ラスティー・クルスである。


「素晴らしい魔術でしたな」


 嫌味を隠そうとしない口調。

 わざわざ訪問する理由が分かった。


 出番を奪われたので、釘を刺しに来たのだ。

 やはり、あの暴動は起きるよう計画されていたのだ。

 広場を血に染めるのが、アリウスの目的なのだ。


「風の魔術で群集を呆然とさせ、隙を突いて声を運ぶ。期を読む確かさにも恐れ入りました」

「それはどうも」

「私もアリウス長老も虚をつかれましたぞ」

「そうでなければ、暴動になっていましたね」


 遠回しな長口上に、サフィリアは正面から切り込んだ。

 ラスティーは息をのんだ。


「暴動が起きていた方がよかった……そう言いたいのですか?」


 図星をつかれて、ラスティーは言葉に詰まる。

 視線は戸惑いにゆれている。


 うわさでは恐れを知らぬ男と聞いたが、どうやら間違いらしい。

 単純に気の小さい男なのか、誰かに指示されなければ動けないのか。

 メティスの魔術師に珍しくない気質である。


 アリウスの周囲には戦闘中かと思うほどに物々しい護衛がついていた。

 それに相反して、壇上にはだれもがよじ登れるほどに無防備だったのだ。


 防衛を目的とするときに、魔術師は方陣を組み、騎士は防壁を作る。

 陣形を組み要塞化して、戦いに備えるのは魔術師も騎士も同じである。


 窓から見える風景に、その両方がないことに疑問を感じた。

 明らかに防御ではなく、攻撃の意思を感じ取れたからだ。

 

 さらに、各国の外交官や使節団、メティスの名だたる魔術師は広場に出ないように手配されている。

 名目上は、特等席を用意したことになっていた。


 広場に詰めかけたのは、メティスの市民と所属する国も定かではない旅人だけだ。


 死傷者が出ても、宣言を妨げた者の反撃と言い訳がたつ。

 国家の重要人物が傷つかなければ、外交的な問題が起きる心配はない。

 メティスが正義を失うことはないのだ。


 たとえ、広場に詰め掛けた人々が全滅しても、惨劇が世界中に伝わるだけだ。


「それはですな……」


 この期に及んで言葉を濁すラスティーを、サフィリアはじっと見据えた。

 落ち着かずに自慢の口髭に手をやっていたが、観念したのか大きなため息をついた。


「メティスの威光を示すためですよ」

「武器さえももたない無力な者たちを害して、何を誇るつもりですか?」

「魔術の技は、実際に見てみないと理解できないでしょう」


 金城鉄壁の陣は騎士が守りを、魔術師が攻撃を担当する布陣だ。

 騎士が外側に壁を作り、魔術師が内側から魔術で攻撃する。


 ラスティーは、集団の中に火球を放り込むつもりだったのだろう。

 逃げまどう人々の様子が目に浮かび、サフィリアは身震いした。

 惨劇を自ら引き起こすはずだったのに、平然としているラスティーの気がしれない。

 

「アリウス長老は、これより平和の時代が訪れると宣言していましたが?」

「永劫の平和など存在しませんよ。歴史書のページをいくらめくっても見つからない」


 サフィリアはラスティーの真意を想像してみた。

 考えてみれば、平和の時代にこの男の才能は役に立たない。

 戦乱と流血を栄達の手段と考える男は、何を目指しているのだろうか?

 弱きものの惨劇を踏み台にして、つかみ取ろうとする栄光とは?


「戦の準備を整えるなら、住民の恐怖をあおるのは賢明とは言えませんね」

「…………」


 ラスティーは、気まずそうな顔をして黙り込んでしまった。

 今の表情はなんだろう?


 図星を指されたのとは違う。

 余計なことを言った、と思った時の表情だ。

 ならば、ここで追及しても、相手を警戒させるだけだ。


「……少し疲れました。一人にしてください」


 疲労した状態で、探り合いをしても失敗するだけだ。

 住民の怒りと恐怖から、メティスはいったい何を始めようというのだろう。

 ラスティーは、アリウスの操り人形だ。

 警戒させれば、情報を得る手段を失うことになる。


「まだ、何か?」


 立ち去る様子を見せないラスティーに、サフィリアはいら立ちを隠して問いかけた。


「アリウス長老はきっとお怒りですよ」


 ラスティーはニヤニヤ笑いを浮かべている。

 なるほど、これが来訪の真の目的だったのだ。

 

 魔術師は計画を尊ぶ。

 予定外の行動をとったサフィリアを、アリウスは責めるに違いない。

 アリウスにお気に入りの自分が、口添えをしてもいい。仲をとりなしてやろう。

 ラスティーはそう伝えに来たのだ。親切心からではなく、貸しを作るために。


「今回の目的は、魔術の威力を他国に示すことでしたね?」

「その通りです」

「ではこうお伝えください。私はあなたの言葉を風で封じました。また、魔術で風を操り広場中に言葉を届けもしました」

「…………?」


 ラスティーは首をかしげている。

 明敏な男とのうわさだが、それもあてにならない。


「風は空気の操作にも通じます。つまり、同じ方法で、相手の呼吸を奪うこともできるのですよ」


 サフィリアは冷めた目つきで、ラスティーを見つめた。

 なんなら、今すぐにやってみせようか?

 視線の内に思いを込めると、評判の伊達男はツバを飲み込んで後ずさった。

 声を奪われたときのことを思い出したのだろう。


「今は無理ですが、数年のうちに広場にいる全員の呼吸を止めることも可能になります。一陣の風リヴァーウィンドのサフィリア・フェルナンディは、敵対するものに容赦はしない。メティスへ侵入するものは、文字通りに息絶える……長老には、そうお伝えください」


 底冷えするような押し殺した声。

 ラスティーは壊れた人形のようにコクコクとうなずいた。

 そして、慌てた様子で逃げるように去ってゆく。


「シージペリラスは消滅し、平和の時代が訪れる!」


 何度目になるのか、アリウスが壇上から宣言している。

 塔の上では、メティスの旗が風にひるがえっていた。

 杖と剣が交差する紋章は、まぎれもなく魔術を軍事力と考えている証だ。

 メティスは戦いのために用意された城塞都市なのである。


 演説を終え、壇上から降りて去ってゆくアリウスを人々は歓声で見送った。

 熱狂の声はやむことを知らない。

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