1章-22 負けるが上策
「貴様はどう思う?」
「…………わが主は、戦場の経験が浅いので」
ダリム王の問いに、ラスティーはあいまいに答えた。
「だから、どうだと?」
「ダリム王は百戦錬磨の武人です」
「何が言いたいのか、わからんぞ。それとも、言い逃れがしたのか?」
その通りと、ロイスは心の中でつぶやいた。
「いいえ、違います」
「貴様はいちいち神経を逆なでする。一言ごとに人を侮辱する男だな。戦を経験すれば、あのアホウが俺より優れた将になると言いたいのか?」
質問が具体的になった。
どうやら、本気で言いがかりをつけたいようだ。
「ダリム王にかなうものはおりません」
「ではラスティーが負けると言いたいのか。貴様はとんだ裏切り者だな」
ダリム王は下品に笑った。
「能無しは私でしょう」
「……どういう意味だ?」
「戦に負けるとなれば、副官である私の責任です」
ロイスは淡々と答えた。
言いがかりと、侮辱の応酬。
それこそが、草原における決闘の申し込みだ。
騎士が手袋を投げるように、口汚く侮辱して相手に挑む。
相手を論破したところで、待っているのは新たな闘争だ。
深みに入り込むのは、ごめんこうむりたい。
そもそも、侮辱されたところで、傷つく誇りなど持ちあわせてはいない。
負け犬を石ころ以下として、捨て置くのが草原の流儀だ。
決闘を重んじる騎士も同じである。
失うべきものが少ない持たざるものは、勝利にこだわらずは負けるが上策だ。
もしも、ラスティーが侮辱を放置したと怒ったとする。
その場合は、【情報戦】だとでも言いくるめるとしよう。
虚実を見せ、油断を誘うことこそ、情報戦の真髄。
このあたりが妥当だろうか。
最もそんな必要は無く、すでに副官の地位を解かれているかもしれないが。
「……ふむ」
予想に反して、ダリム王はじっとロイスの目を見つめる。
瞳ごしに頭の中までを覗き込まれるような印象に覚えがある。
ライナをはじめとする女官が、読心の魔術を使ったのかと錯覚するときだ。
「俺に仕えるつもりはないか」
「……は?」
心構えをしていたにもかかわらず、ロイスは虚をつかれた。
「【情報戦の達人】。その異名は、お前の仕業だな。どうだ、草原に来ないか?」
「もったいないお言葉ながら……」
うなずきたい誘惑に驚きながらも、ロイスは首を振った。
脳裏にクレアの笑顔が浮かんで消えたからだ。
「理由は女か?」
図星を指されて、ロイスは息をのんだ。
「ラスティーはアホウだ。いずれ死んだアホウになる」
ダリム王は繰り返した。
杯を置いて立ち上がった。反射的にロイスは後ずさる。
小さな男が部屋中に収まりきらぬほどに、巨大に見えたからだ。
「俺が死んだアホウにする予定だが、貴様にゆずっても構わんぞ」
「……ご冗談を」
「貴様は面白い奴だ、ロイス・スティルバート」
ダリム王は、ロイスの肩に手をのせ、耳元でささやいた。
「初めて好いた女と、いい女が同じと思うなよ。お前の望みが好いた女をベッドに連れ込む事なら、オレはいつでも用意してやる。いくらでもな」
ダリム王は、扉を閉めて出て行った。
ロイスは身動きが取れないでいた。
狂戦士、血まみれの王者、草原の怪物。
ちまたでささやかれるダリム王とは、考えなしの野獣の類である。
虚実を見せることが情報戦だと言うなら、ダリム王は大陸規模で成功していることになる。
あの男は、いったいどこまで見えているのだろうか?
あの男は、何を考えているのだろうか?
あの男の望みと一体何か?
『命取りの座』
その言葉がロイスの頭に痛いほどに響いていた。
元【シージペリラス】であるダリム王でした。
この物語では、今のところ一番人間臭い人物ですね。
こーゆー人はめっぽう好きです。