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1章-20 涙の理由

 扉を開けると、冷たい風が頬にふれる。

 

 太陽は審問の塔で半ばかくれていた。

 逆光で、審問の塔が黒く見える

 本当に、太陽を貫く死神の角のようだった。


 寒気を感じて、サフィリアは小走りに塔の影から出た。


 この辺りには、槍のようにとがった塔が多い。

 審問の塔へ到着するまでに、相手を威圧するためだ。

 細い塔によって空が切り裂かれ、風までが悲鳴のような音を立てた。


 特定の魔術的要因を突き詰めれば、このような構造になるのだ。


 地下には魔術的、物理的に残酷な拷問を行う施設が存在する。

 結界陣を使用して、記憶をえぐり出すような残酷な魔術も過去に使用されている。

 当然、精神に異常をきたし、死に至ったものも多い。


 ここは灰色アッシャー区画。

 メティスの歴史において、もっとも陰惨な側面を司っている。


 もしも、シーグがメティスの出身であれば、ここがシージペリラスの墓場となっただろう。


 記憶の塔でみた資料が頭の中を駆け巡ってゆく。

 書の上では単なる数字でしかなかった尋問や拷問。それに伴う、死傷者の記録。


 塔に切り裂かれた風の中に、悲鳴が含まれているようだ。

 今まさに、呪われた死者が土を割って出てくるのではないか。

 そんな恐怖がわき出てくる。


 サフィリアは、駆け足でマイルズ地区から立ち去った。

 石畳の色が、灰色から白に変わったところでようやく速さをゆるめた。


 メティスで最も呪われた場所は、まるで墓場のようだった。


「これでよかったのかしら……」


 背後に広がる灰色アッシャー区画を眺め、サフィリアはつぶやいた。


 シーグを石室に幽閉したのは、メティスの指示ではない。

 レイザークが独自の判断で行い、【冥府返し】の儀式をメティスに委任したことになっている。

 【シージペリラス】の存在、【冥府返し】の失敗。

 これを認めれば、レイザークの外交にひびを入れる事になる。


 では、アリウス長老が暗殺者を派遣して、シーグ・ペイラックの命を奪う可能性はないか?


 そんなことをすれば、メティスがレイザーク公子暗殺の罪を背負う。

 ましてや、シーグ・ペイラックは低位とはいえ、王位継承権の持ち主なのだ。

 現在のレイザークは領土問題と王位継承の問題を同時に抱えている。


 メティスが流した噂を利用して、【シージペリラス】を作り出した者が レイザークにもいる。

 【シージペリラス】と【シーグ・ペイラック】

 名の響きが似ていることから、一人の少年が生贄の羊として選ばれるように仕向けた。

 その手引きをしたものが、レイザークにいる。

 かなりの、政治的影響力を持つものに疑いない。


 ロディウス・アクテの戦術書に曰く。

【謀略、犯罪、戦争には、利益の追求がある。先行投資が巨大であれば、それに見合った利益を求める】


 この利益が物理的なものなのか、精神的なものなのか分からない。

 シーグの死によって、もっとも満たされた者。

 シーグの生存を知って、もっともいらだつ者。

 それが【レイザークの首謀者】に間違いない。


 今回の謀略によって、アリウス・グラムファーレは利益を得られなかった。

 今回の審問で、サフィリア・フェルナンディは、アリウス・グラムファーレの敵となった。

 次にメティスの総督は、書を守る者の敵となって立ちふさがるだろう。

 

 ロディウス・アクテの戦術書に曰く

【敵を無力化する方法は三つ。買収する、弱みを握る、殺す】


 シージペリラスの予知に根拠が少ない。

 冥府返しは儀式的にも魔術的にも認められないものである。

 ただし、シーグの安全を守るなら、王に告発はしない。


 書を守る者としての権限の内部で、【買収】と【弱みを握る】の二つを達成したことになる。

 そして、この弱みはレイザークとの外交を維持するためにも表ざたにできない。


 平和の時代において、身元が確かな者を謀殺することは難しい。

 平和の時代において、アリウス長老がこの期に及んで、少年一人の死に固執するメリットはない。

 放置しておくどころか、保護するくらいの方が安心材料が増えるだろう。


【敵の敵は戦力となる。仲たがいをさせるのが中策。協力関係になるのが上策。たとえ、殺意まじりでも】


 ここで問題となるのは殺意だ。

 アリウスの魔術師特有の矜持が、計画通りにシーグが冥府へ送ることを望む可能性はある。

 魔術師が殺すと決めたからには、その意志を曲げることは難しい。

 さし当たって、シーグの安全を考えることが第一だろう。

 

 世界に混乱をもたらさないことが、シーグ・ペイラックの安全を保証する。

 ひいては、シーグの治療をしているリーザ・オーメントの身を守ることにもなるはずだ。

 

「平和……」


 ガリウスに言い放った言葉を繰り返す。

 それはどれだけの偉人が挑み、かなえられなかった夢なのだろうか。

 

 世界に平和を――

 そんなものはないと、ラスティーは笑い飛ばしていた。

 記憶の塔に保存されている書も、断続的に続く戦乱を肯定している。


 だが死神の日に、消えゆく命を助けることができた。

 今日の審問で、一時期の平和をつかめた。

 小さな積み重ねを続けてゆかねば。

 立ち止まることは許されない。


「サフィリア様!」


 振り返ると、ドレスの裾をつかんで走ってくる女性がいた。


「ライナ?」


 いつでも感情を表に出さない、物静かな淑女だと思っていた。

 髪が乱れるのも気にせず、息も絶え絶えで、悲壮な表情だ。


「無事でしたか?」

「ライナ……」


 サフィリアは言葉が詰まった。

 心の中には、変わりに、目からあふれてくるものがあった。


 逃げることなく戦った。

 誇るべき勝利も得た。

 前途は遼遠だが、迷いはない。


 喜び、安堵、うれしさがこみあげてくる。

 心はむしろ満ち足りているはずなのに。


 それなのに、涙が止まらない。


「サフィリア様?」

「なんでもないの。なにもないはずなのに……」


 フェルナンディの医術書によれば、涙とは目を保護する機能的現象とされている。

 ホコリやゴミから眼球を守り、異物を外に流しだすのが主たる機能だと。


 風は強いが、目を傷めるようなことはなかったはずである。


「泣いてもいいのですよ」


 ライナは静かに言うと、サフィリアを抱き寄せた。

 羽根布団に包まれたような暖かさと、優しさ。

 心の中まで暖かくなる。


 声を押し殺して泣き続けるサフィリアを、ライナは無言のまま抱きしめた。

 

 髪を結ってくれた、クレア。

 名前を呼んだだけで、突然泣き出してしまった。

 その理由が、サフィリアにはようやく分かった。

 

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