1章-19 決着
「サフィリア・フェルナンディ。ほかに発言するべきことはあるか?」
ガリウスが再び問いかけてくる。
「……いいえ」
アリウスは全く言葉を発しない。
後方に下がったのか、姿さえも見えなくなった。
いったい何をしているのか?
「あなたの望みはなんだ」
「平和です」
「…………」
サフィリアの答えに、ガリウスは何も答えぬ。
微動だにせず、表情さえも隠したままの巨人が不気味だった。
「……審問は終了する」
ガリウスの重々しい声が塔に響く。
「ちょっと待て、この女がシージペリラスを生かしておいた。命令違反をしたのは事実じゃないか!」
ラスティーが早口でまくしたてる。
「過去の歴史において、シージペリラスとは年号や場所。宝石や剣や国土ということもありました。その時代の多くの人々にとって、命取りとなった象徴がシージペリラスなのです。人とは限りません」
「石室の中のガキを逃がしたんだろうが!」
「冥府返しの儀式に、シーグ・ペイラックの殺害は含まれていません」
冥府返しといっても、術式も手順の指示もなかった。
ただ少年を暗闇に閉じ込めていただけだった。
儀式というのもお粗末な代物である。当然、魔術的要因など存在しなかった。
シーグ・ペイラックを幽閉した石室は、うわさ話を広げるための演出。
ただの舞台装置にすぎなかった。
大陸中を騒がせた冥府返しが、これほどいい加減に行われていた。
その事実を知っただけでも、魔術に心得のあるものが不満の声を上げるだろう。
「じゃあ、シージペリラスは何処にあったんだ?」
「石室の中でしょうね。冥府返しの成果があって、去ったのです」
「だから、その正体はなんだ?」
「正確にはわかりません」
「分からんで済むか!」
ラスティーは怒鳴りながら、サフィリアを指差す。
「あんたは、探知のフェルナンディだろうが。お得意の秘儀でなんでも分かるはずだ」
「秘本の統合は、【記憶の塔】の力を借りればこそですから」
「書を守る者が、そんないい加減でいいのか!」
「レイザークは聖域の外。私は未熟な魔術師に過ぎませんから」
「だったら、シージペリラスの存在そのものが怪しいじゃないか!」
この男は、全くわかっていないようだ。
サフィリアはラスティーをまっすぐ見つめる。
「あなたはメティスの、長老の予知を否定するのですか? この審問の塔で」
「な、なな――」
「メティスは大陸中に一芝居をうった。予知によって存在しないものを、存在するかのように見せかけた。あなたの発言は、そう聞こえますが?」
ラスティーは目を白黒させている。
シージペリラスの誕生と共に、大陸中に戦火が広がった。
シージペリラスを石室に幽閉するとともに、大陸の戦乱は終息した。
冥府返しの終了と共に、ダリムの侵略も止んだのだ。
【シージペリラスは存在する】
それがメティスの見解だ。
メティス自身がシージペリラスを否定するなら、総督であるアリウスのメンツは丸つぶれである。
「そ、そうだ。報告書だ。あんたは、偽の報告書を出した。まして、あんたは【書を守る者】だ。記録の偽造は重罪じゃないか!」
「では、その報告書は何処にあるのですか」
「……は?」
「証拠品の提出を願います」
「い、今はない。だけど、俺は確かに見たぞ」
一国の公子を石室に幽閉し、死亡を確認したという証拠にもなる。
公的に残して、保存できるはずがない。
なるほど、冥府返しを指揮していたのはラスティーだったのか。
道理で、ずさんな内容だったわけだ。
「そこには、なんと記されていましたか?」
「【シージペリラスの消滅を確認した】だ!」
ラスティーは勝ち誇った後に、呆けた表情になった。
そう。サフィリアはシーグ・ペイラックの死亡を報告などしていない。
いい加減な言葉で納得したラスティーに隙があった。
そもそも、報告書は書式が自由で、押印やサインの義務もなかった。
偽造したくでも、偽造する場所がなかった。
街角にある雑貨屋の領収書でも、もっと完成度が高いだろう。
「だが……あんたは……」
「メティスからの脱出。これを罪と呼ぶなら、甘んじて受けます」
外出禁止が10日。
家出少女に対する罰としてはこんなところだろう。
もっとも、サフィリア自身は記憶の塔から出ること自体が少ないのだが。
「……しかし――」
ラスティーはなお食い下がった。
これで情報戦の達人とは笑わせる。
なりふり構わない態度も、言っている内容も、まるで子供のようではないか。
この男の功績は、ロイス・スティルバートが築き上げたものに違いない。
「ラスティー・クルス!」
審問の塔に怒号が鳴り響いた。
全身に雷が落ちたかのような衝撃。
振り返ると、ガリウス・グラムファーレが立っていた。
やはり、微動だにしていない、まるで、鉄像のようだった。
心臓の動きが速くなっている。
今の怒号は、アリウス長老そっくりだった。
ラスティーなど、完全に腰を抜かして尻もちをついてた。
「審問は終了する」
ガリウスは静かな声に戻ると、審問の塔の出口を指差した。
サフィリアの勝利となりました。
しかし、ラスティー・・・どうしようもなくアホの子・・・