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1章-16 審問の塔

     *


 頭が溶けたかのように熱く、痛い。

 サフィリアは集中することで、混濁する意識を繋ぎ止めた。


 石の床に振れるヒザの感触が戻り、徐々に視界が開けてゆく。


 六角形の壁におおわれた小さな部屋だ。

 それぞれの壁の頂点に、魔術の明かりが灯されている。

 上を見上げても闇があるだけ。

 薄暗く、天井が高すぎて光が届かないのだ。

 

 このような構造の建物は一つしかない。

 審問の塔である。

 

「なぜ呼ばれたかわかるか?」


 まずアリウスの声だけがして、三つの明かりが灯った。

 正三角形にサフィリアを取り囲んでいる。


「この場所に相応しいことをするためですね」


 サフィリアは立ち上がり、毅然きぜんとして答えた。

 宙に浮いた青白い光は徐々に大きくなり、三人の男を照らし出す。


 正面に、アリウス・グラムファーレ。

 左に、ラスティー・クルス。

 右に、ガリウス・グラムファーレである。


 闇が遠近感を狂わせているために、近くにも遠くにも見える。

 ややもすると、幻覚か現実か区別もつかないほどだ。


 審問の塔には、錯覚を助長する仕掛けが施されている。

 暗黒もまた、錯覚を誘う仕掛けの一つだ。


 この塔はただ審問のためだけに作られている。壁の一枚、床の感触、聞こえる音。

 五感に感じるすべてが、自分に不利に働くと考えた方がよい。


「気分はどうかな?」

「よくありません」


 ラスティーの嫌味まじりの問いに、サフィリアは淡々と答えた。


「場所は沈黙の回廊であり、暦は秋の収穫祭ルーナサ。環境的因子に恵まれているために、術の施工に失敗はなく、短距離ゆえに座標の狂いは起きません。ですが、黒炭と鉄粉で作られた結界陣では、意識の混濁を起こしますから」


 サフィリアは目だけを動かして、左側を見た。


「粗雑な結界陣です。ラスティー、あなたの仕業ですね?」

「ぐ……」


 粗雑という言葉に特に力を入れる。

 詰まった言葉がサフィリアの予測を裏付けた。


 あれは、移動を目的とした結界陣というよりも、トラップだったのだ。

 沈黙の回廊から、審問の塔までは大した距離はない。


 結界陣を用いて、平衡感覚を狂わせて、転倒させる。

 精神を疲弊させ、思考を混乱させる。

 サフィリアを追い詰める意図があったのだ。


 だから、私はそうはならない。

 あらかじめ意識を繋ぎ止め、転倒をしないように膝をついておいた。


 ロディウス・アクテの戦術書に曰く。

【あらゆる戦術は、ようは敵への嫌がらせである】

 ならば、戦いでは嫌がらせのすべてに耐えなくては。


「審問とは大ごとですね。何があったのですか?」

「サフィリア・フェルナンディ。質問は無用だ。そなたは答えるだけでよい」


 アリウスは表情を動かさず淡々と語る。


「了解しました」


 短く返事をして、サフィリアはアリウスを真正面から見つめた。


 審問の塔は、文字通りに審問をするためだけに作られた。

 闇によって相手の不安を誘い、複数人で包囲する。

 相手を威圧し、恐怖で舌を凍らせ、審問を有利に進める目的がある。


 審問ので相手の心をくじくのが目的だ。

 だから、私はそうはならない。


「サフィリア・フェルナンディに問う」

「はい」


 平静を保って答えると、アリウスの眉が不機嫌に跳ねるのが見えた。

 ただ、ラスティーほど感情を表に出さない。


「サムハインの前日、お前は記憶の塔にいなかった。それは真実か?」

「はい」


 サフィリアは正直に答えた。

 審問官の席には、背後から明かりが当たるようになっている。

 逆光で表情がよく見えない。


「ではどこにいた?」

「メティスの外に。記憶の塔にはいませんでした」


 書を守る者が、無断で外出するのは処罰の対象となる。


 ラスティーは驚きに表情を変え、ガリウスは微動だにしなかった。

 正面にいるアリウス長老の表情はやはり読めない。


 ふと左を見れば、ラスティーがそわそわと視線を泳がせていた。

 いかにアリウスが感情を隠しても、この男の様子が有意義な情報を与えてくれそうである。

 

「私の罪状は、無断の外出というわけですか?」


 審問の塔は別名、【サムハイン(死神)の角】と呼ばれている。


 塔の先端は、13階相当の高さにおよぶ。

 シージペリラスの象徴である不吉の数字をあえて使っているのだ。


 そこで罪状を言い渡された者は、命があるまま幽閉され、社会的に止めを刺される。

 まさに罪人を貫く、死神の角なのだ。


 国家的な損害をもたらした者が招かれ、断罪されるのが審問の塔。

 間違っても、家出娘一人を裁くために使われた前例などない。


「……サフィリア・フェルナンディ。そなたは質問にだけ答えるように」


 かなりの間をおいて、アリウス長老が発言する。

 戸惑いと警戒を、サフィリアは感じ取った。


「はい」


 感情をこめない返事に、ラスティーは唸り声を上げた。

 鉄面皮を通すアリウス長老も、内心では同じ感情が渦巻いているに違いない。 

 理論よりも直観によって、なぜだかサフィリアは確信できた。

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