1章‐15 戦術書に曰く
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サフィリアは、沈黙の回廊を歩いていた。
前を行くのは、ラスティーの副官であるロイスである。
宴を前にして、緊急の呼び出し。更に行き先も秘密である。
人さらいも当然といえるだろう。
サフィリアは即座に不穏の空気を感じ取っている。
ライナも「ご武運を」とつぶやきサフィリアを送り出している。
いくつもの可能性が頭をよぎる。
ついに、固定兵器としての出番が来たのか?
殺害対象が上都にいるのなら、ましてや聖域の近くにいるならば暗殺はたやすい。
文字通りに息の根を止めることは簡単だ。
ましてや、メティスには大陸中の重鎮が詰めかけている。
だが、この可能性はない。
サフィリアは即座に否定した。
メティスで不明の死を遂げれば、真っ先に疑われるのは魔術である。
そもそも、リヴァーウィンドウの能力は、世界中が知っている。
窒息が死因であれば、サフィリアの仕業と誰もが思うだろう。
ロディウス・アクテの戦術書に曰く。
【情報戦においては秘匿が中策。嘘は下策。真実を勘違いをさせるのが上策】
アリウスの狙いは上策と中策の二重取りにある。
真実を伝えつつ、大半を秘密にすることで、相手の恐怖をあおることが出来る。
手の内をさらし、外交上の有利を得ようとしているのだ。
インボルグでメティスの魔術を見せつけようとした理由が、これに違いない。
暗殺を考えているなら王を一度に招集し、全滅させる方が効果的である。
主導者を失った王国は、瞬く間に内乱状態となるだろう。
同時にメティスは、歴史的な悪として記録されることになる。
これらは、アリウス長老の望むところではない。
ロディウス・アクテの戦術書では、殺人は最大の下策とされている。
やむなき場合は、3つの点に注意するように追記があった。
【手早く襲って、無駄なく殺し、混乱を避けよ】
今、殺人を犯しては、メティス中に大混乱を招くことになるだろう。
リヴァーウィンドウの能力は、戦場でこそ行使されるはずだ。
大量殺戮兵器として。
【黙ってやられるのが下策。やられてからやり返すのが中策】
ロディウス・アクテの戦術書にも、後手の優位を意味する言葉があった。
先手必勝の侵略者よりも、防衛する側が戦の大義を得る事が多い。
アリウス長老の計画は万事において周到に立てられる。
一切の例外も不測の事態も認めない。
そのような彼が、どうしてロイスを使いとしたのか?
ロイス・スティルバートは魔術師ではなく、七家の血筋でもない。
沈黙の回廊へも、聖域へも侵入を許される立場ではない。
命令の順列や、魔術師の慣習に厳しいのがアリウス・グラムファーレである。
魔術師の決まりを絶対視するグラムファーレの長老が、自ら禁をおかしている。
つまり、ラスティーが来れない理由があり、アリウスが急ぐほどの事態。
こうなると、答えは一つしかない。
来るべき時が来たのだ。
ライスは回廊の行きどまりで立ち止まった。
そして、無言のまま振り返り、サフィリアに道をゆずった。
床には、黒炭と鉄粉で描かれた六芒星があった。
無駄に大きく、粗雑な材料で作られた結界陣である。
上下の三角を合わせた紋様は、【空間】と【時間】の支配を意味する。
ルーンの組み合わせから、空間を移動する結界陣だと分かった。
同時に、この結界陣を作ったものの意図も。
(ここに乗るように)
ライスの目線がそう言っている。
沈黙の回廊ゆえに、実際に口に出したわけではない。
その後、サフィリアと視線を合わせようとせず下を向いた。
瞳に写る感情は、後悔、そして不安だった。
「あなたは、自分の使命を果たしただけ。気にすることはありません」
サフィリアの声を聞き。ライスは飛び上がるように顔を上げた。
これから始まるのは戦いである。
メティス総督にして、魔術師の長老。
アリウス・グラムファーレとの剣や杖を使わぬ戦いなのだ。
ゆっくりと深呼吸をして後、サフィリアは結界陣の上に乗った。
予想通りに頭をかき回されるような嫌な感触がする。
そして、視界が暗転してゆくのが分かった。
感想に励まされる形で更新します。
ひと月たっていることに戦慄!
今回の内容はちょっと怖いです。
過激だけど。
なあに、翻訳された西洋ファンタジーに比べりゃまだまだ序の口です。
※サフィリアさんは、10才の少女です。