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1章-13 話術

      *


 髪にクシが通され、ゆいあげられてゆく。

 鏡に写る自分自身を目の前にして、サフィリアは虚空を見つめていた。


 ルーナサ(秋の収穫祭)には、宴が行われる。

 その一席で、サフィリアとガリウスは各国の特使に挨拶をする。

 

 建前は、城塞を守る【騎士団長】と【記憶の塔】の守護者のお披露目だ。

 しかし実の所は、メティスの誇る【固定兵器】を各国の代表に見せる目的がある。 


 聖域へ侵入する者の息の根を止める【一陣のリヴァーウィンド】。

 万の敵を瞬時に蒸発させる【報復者のアヴェンジャー】。


 戦端が開かれる時は近い。


 今年は、アリウス長老の予知通りに豊作だった。

 食料の備蓄は十分であり、本格的な冬まではまだ猶予がある。

 もしも、今宵の宴でどこかの国を【悪】と宣言すれば、即座に戦争が始まるだろう。


 メティスには各国の高名な外交官や、大臣がつめかけている。

 ダリムなどは、王が直々にやってきたほどだ。

 アリウスの宣言に対応して、即時に軍事行動を起こしたり、同盟の交渉が可能な人物ばかりである。


 この三か月、考えに考え、調べに調べつくした。

 三日三晩、不眠不休で書を読みふけったこともあった。

 しかし、アリウスの考えは分からない。


 宣言によっては、外交折衝の段階を飛ばし、宴の場で乱闘が始まるかもしれない。

 その時に、各国代表の息の根を文字通りに止めることが、サフィリアの使命なのだ。


 いら立ちから、サフィリアは頭を横にふった。


「も、申し訳ありません!」


 泣き出しそうな悲鳴に、サフィリアは我に返る。

 髪が垂れ下がり、視界をふさいだ。


 長い髪を塔のように結い上げている途中で、首をふったのだから当然だ。


 髪がバラバラになって、頭にかぶさった。


 鏡には今にも泣きだしそうになった少女が写っていた。

 怯えても仕方がない。

 何しろ自分は、大軍の息の根を止める兵器なのだから。


「ご無礼を致しました!」

「ごめんなさい」


 声が重なった。

 驚いて口が半開きになった少女が、鏡越しに見えた。


「怒ったわけではないのよ。考え事をしていたから……。急に動いたりして、驚いたでしょう」


 薄い赤色の髪に年齢は十代の半ば。

 優しげな雰囲気がリーザとよく似ている。


 確か名前は――


「クレアさん、だったわね」

「え?」

「前のインボルグにも髪を結ってくれたわね」


 クレアは立ち尽くして、彫像のように動かなくなった。


「どうしたの?」


 不思議に思っていると、サラはポロポロと泣き出したのだった。


「どこか痛むのかしら?」


 聞いても、何も言わずに泣き止まない。

 顔を押さえて、うつむいているだけだ。


 リーザは、お腹が減って泣き出したこともある。

 他にも迷子になった時や、分からないことがあった時にも……。


 よく考えたら、リーザはいつも笑っているか泣いているかのどちらかだった。

 悩んでいると、小さなノックと共に扉が開いた。

 クレアと同じく、正装するときに手伝ってくれた女性だ。

 名前は、ライナ。

 年齢は17,8くらい。短く切りそろえた黒髪が、細い顔によく似合っている。

 無表情で感情を全く外に出さない。無個性を貫いているせいで、余計に印象に残る。


「そろそろ、お時間です。準備が整いましたら、隣の部屋までいらしてください」


 ライナは淡々と言った後、動きを止めた。


 視線を下げたままで、位の高い相手を直視しない。

 相手の返事があるまで、決して顔を上げない。

 貴人に対する一般的な礼だが、この場合は間が抜けていた。


 声も出さずに泣き続けるクレア。

 困っているサフィリア。

 そんな二人に頭を下げたままのライナ。


「ええと、ライナさん?」

「はい」


 返事と共にライナは顔を上げた。

 細めた目を左右に動かして、部屋全体を見回した。


 一介の侍女とは思えないきびしい目配せ。

 まるで、訓練された兵士を思わせた。


「失礼します」


 ライナは大股に歩いてくると、乱暴にクレアの手を取った。


「すぐに戻ります」


 有無を言わせぬ様子で、ライナは短く答えた。

 そして、クレアを強引に引っ張って部屋の外に出て行ってしまった。


 クレアは大丈夫だろうか。

 権力の中枢で仕事をする者は、わずかな失敗で職を奪われる。

 最前線で戦う兵士が、一瞬の油断で命を落とすようなものだ。

 

 冷徹な印象のライナ。

 彼女は戦場の将軍のように、厳しくクレアを罰するのではないか。


 不安に思っていると、ライナはすぐに戻ってきた。

 

「時間がありませんので、私が髪を結います」


 ライナは不愛想に言うと、鏡の前に立った。

 サフィリアが椅子に腰かけると、すぐにテキパキとした指の動きが、髪越しに伝わってきた。


「クレアはどうなったの?」

「隣の部屋にいます。すぐに泣き止むでしょう」


 探る視線を鏡越しに向けると、ライナは微笑した。


「罰など与えません。安心してください」


 引き締めた口元を緩めるだけで、印象が急にやわらかくなった。


「クレアが泣いていた理由が分かりますか?」

「怖がっていたのね。可愛そうなことをしたわ」


 ライナは首を横に振った。 


「違います。クレアはうれしかったのです」

「うれしい?」


 ずっと鏡の前では、考え事をしていた。

 最後には、結ってくれた髪を台無しにした。

 一体にどこに喜ばせる行為があったのか?


 そもそも、クレアは泣いていたではないか。

 泣くのは悲しいときではないのか?

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