1章-12 雑務
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「まだ来ないのか?」
「儀式の終了は4点鐘の予定。まだ鐘が鳴り終わったばかりです」
ラスティーいらいらと動きまわる。
副官は書類に目を通しながら答えた。
「遅すぎるぞ」
「女性の準備というのは、時間がかかるものですから」
「記憶の塔へ呼びに行ったほうがいいのではないか」
「とは申しましても、聖域への侵入は重罪です。式典の開始は5点鐘。まだ余裕があると思いますが」
「そのくらいのことはわかっている!」
副官は穏やかにラスティーに答えると、書類をとじた。
「舞台の前方に、予備に席を確保してある。そちらに誘導するように」
副官は控えていた伝令に、指示を言い渡して送り出した。
「来訪者が予定よりも増えたようです。事前に手配した通りでよろしいですか?」
「任せる」
「了解しました」
いい加減に答えるラスティーに、副官は忠実に答える。
副官は次の伝令から書類を受け取り、表情を変えた。
「ラスティー様、これを」
「なんだ、誘導はお前に任せているだろう」
「重要なことです」
副官が珍しく強い口調を出したので、ラスティーは書類を覗き込んだ。
「ダリム王が自ら?」
「すでに到着しております」
「事前の連絡もなしに、いきなりか。まるで奇襲攻撃だな」
「実際に、その意図があるのかもしれませんが・・・・・・」
副官が声を潜め、ラスティーはうなった。
来訪時の不手際や無礼を理由に、宣戦を布告した例がダリム王にはある。
連絡の書状を出したのが三ヶ月前というだけでも、不敬と言いがかりをつけることはできる。
小事を大事と受け取り、戦火を自ら起こすのがダリムの手口である。
小さな種火を広げようと、やって来たのではあるまいか。
「ふん。そちらがその気なら、受けて立つさ」
「とはいうものの。長老の予定や計画を変えるのはいかがでしょうか?」
「むぅ」
ラスティーは言葉に詰まった。
長老は不測の事態を極端に嫌うのだ。
「我らの権限で、追い返す事も出来ません」
「ならば、どうしろというのだ」
「迎え入れるのですよ。一片のすきも無く」
「……具体的に言え」
「上座にある塔の一つを確保しております。内部の調度を整えれば、王族を招くのに相応しくなるでしょう」
「間に合うのか?」
「間に合わせます」
自信に満ちて断言する副官を、ラスティーは疑わしく横目で見る。
「この点に関しては、長老に連絡し指示を仰ぎたいと思いますが?」
「好きにしろ」
「では、早速」
矢継ぎ早に指示を出す伝令を、ラスティーは不機嫌そうに眺めていた。
確かに雑務をこなすには優秀といえるだろう。
しかし、メティスは城塞都市だ。
軍事的才能こそが、この都市で必要とされる能力である。
この男の能力は、自分の才覚をおびやかすものではない。
「隊長」
「なんだ?」
「サフィリア様が、到着しました」
「・・・・・・なぜ分かった?」
「準備係の女官に伝令をつけておきました。サフィリア様が、着替えのために訪れたら、すぐに連絡するように手配しておいたのです。式典の始まりには十分間に合います」
「なるほど」
「隊長。もし、お時間があれば書類の確認をお願いしたのですが」
しばらく考えてから、ラスティーは顔をゆがめた。
「【冥府返し】と【空の道】に関する報告書の確認か?」
「はい」
「……後にしろ、俺は長老に連絡を入れておく」
ラスティーはマントをひるがえし、足早に立ち去った。
この副官はいつも、同じことを繰り返す。
一月で、何度目になるだろう。
たかが書類がどうしたというのだ。
しかし、ダリム王が自ら来訪するとは面白い。
今度はこのメティスに攻め入ろうと、下見にでも来たのだろうか。
だとしたら、お笑い種である。
メティスは山岳地帯である。草原のように広大な戦場でない。
機動力を誇るダリムの騎兵隊も形なしになるだろう。
森の王国レイザークでも、騎兵で攻めるには向かなかったではないか。
馬が疲弊した所を襲い掛かるか、戦列が伸びきったところを狙うか。
開戦の日はいつだろうか。
収穫祭を終えて、食料は十分にそろっている。
戦火で畑が焼かれることがないので、秋から冬までは理想的な戦争の季節だ。
兵法書で学んだ戦略を次々と頭に思い浮かべながら、ラスティーは沈黙の回廊を歩いていった。
すると、前方から重々しい金属鎧に身を包んだ男がこちらにやってくる。
ゆっくりと歩いても、金属のすれる音は耳に突き刺さるようだ。
ラスティーよりも、頭二つ分は長身で、体格もそれにふさわしく大きい。
魔術都市メティスの中で、このような人物は一人しかいない。
ガリウス・グラムファーレである。
名の示すとおりに、七家の名門グラムファーレの出身である。
無口で無愛想、洗練された文化とは無縁の男だ。
杖よりも剣を選んだという、魔術師の血族の面汚しである。
体の成長に栄養を取られたせいか、言葉が少なく気が利かない。
魔境地帯の怪物・オーガの血筋の間違いだろうと、うわさが広がっている。
嫌な奴と出会ったと思い、無視を決め込むことにした。
「ラスティー隊長」
沈黙の回廊で声を出すとは、この男は本当に七家の血筋だろうか。
だが、声をかけられたとなると、無視するわけにはいかない。
「なんだ?」
「ダリム王が到着した。王は安全を要求している。護衛の兵を配置せよとの事だ」
この男は言葉を話せたのか、ラスティーは内心で悪態をついた。
「配備に関しては、副官に任せている。そっちに聞け」
「分かった」
ガリウスは、ゆっくりと遠ざかってゆく。
でかい図体を視線の端に止めるのも嫌悪を感じ、ラスティーは先を急いだ。