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1章-12 雑務

      *


「まだ来ないのか?」

「儀式の終了は4点鐘の予定。まだ鐘が鳴り終わったばかりです」


 ラスティーいらいらと動きまわる。

 副官は書類に目を通しながら答えた。


「遅すぎるぞ」

「女性の準備というのは、時間がかかるものですから」

「記憶の塔へ呼びに行ったほうがいいのではないか」

「とは申しましても、聖域への侵入は重罪です。式典の開始は5点鐘。まだ余裕があると思いますが」

「そのくらいのことはわかっている!」


 副官は穏やかにラスティーに答えると、書類をとじた。


「舞台の前方に、予備に席を確保してある。そちらに誘導するように」


 副官は控えていた伝令に、指示を言い渡して送り出した。


「来訪者が予定よりも増えたようです。事前に手配した通りでよろしいですか?」

「任せる」

「了解しました」


 いい加減に答えるラスティーに、副官は忠実に答える。

 副官は次の伝令から書類を受け取り、表情を変えた。


「ラスティー様、これを」

「なんだ、誘導はお前に任せているだろう」

「重要なことです」


 副官が珍しく強い口調を出したので、ラスティーは書類を覗き込んだ。


「ダリム王が自ら?」

「すでに到着しております」

「事前の連絡もなしに、いきなりか。まるで奇襲攻撃だな」

「実際に、その意図があるのかもしれませんが・・・・・・」


 副官が声を潜め、ラスティーはうなった。

 来訪時の不手際や無礼を理由に、宣戦を布告した例がダリム王にはある。

 連絡の書状を出したのが三ヶ月前というだけでも、不敬と言いがかりをつけることはできる。


 小事を大事と受け取り、戦火を自ら起こすのがダリムの手口である。

 小さな種火を広げようと、やって来たのではあるまいか。

 

「ふん。そちらがその気なら、受けて立つさ」

「とはいうものの。長老の予定や計画を変えるのはいかがでしょうか?」

「むぅ」


 ラスティーは言葉に詰まった。

 長老は不測の事態を極端に嫌うのだ。


「我らの権限で、追い返す事も出来ません」

「ならば、どうしろというのだ」

「迎え入れるのですよ。一片のすきも無く」

「……具体的に言え」

「上座にある塔の一つを確保しております。内部の調度を整えれば、王族を招くのに相応しくなるでしょう」

「間に合うのか?」

「間に合わせます」


 自信に満ちて断言する副官を、ラスティーは疑わしく横目で見る。


「この点に関しては、長老に連絡し指示を仰ぎたいと思いますが?」

「好きにしろ」

「では、早速」


 矢継ぎ早に指示を出す伝令を、ラスティーは不機嫌そうに眺めていた。

 確かに雑務をこなすには優秀といえるだろう。

 しかし、メティスは城塞都市だ。

 軍事的才能こそが、この都市で必要とされる能力である。

 この男の能力は、自分の才覚をおびやかすものではない。


「隊長」

「なんだ?」

「サフィリア様が、到着しました」

「・・・・・・なぜ分かった?」

「準備係の女官に伝令をつけておきました。サフィリア様が、着替えのために訪れたら、すぐに連絡するように手配しておいたのです。式典の始まりには十分間に合います」

「なるほど」

「隊長。もし、お時間があれば書類の確認をお願いしたのですが」


 しばらく考えてから、ラスティーは顔をゆがめた。


「【冥府返し】と【空の道】に関する報告書の確認か?」

「はい」


「……後にしろ、俺は長老に連絡を入れておく」


 ラスティーはマントをひるがえし、足早に立ち去った。


 この副官はいつも、同じことを繰り返す。

 一月で、何度目になるだろう。

 たかが書類がどうしたというのだ。


 しかし、ダリム王が自ら来訪するとは面白い。

 今度はこのメティスに攻め入ろうと、下見にでも来たのだろうか。


 だとしたら、お笑い種である。

 

 メティスは山岳地帯である。草原のように広大な戦場でない。

 機動力を誇るダリムの騎兵隊も形なしになるだろう。

 森の王国レイザークでも、騎兵で攻めるには向かなかったではないか。


 馬が疲弊した所を襲い掛かるか、戦列が伸びきったところを狙うか。


 開戦の日はいつだろうか。

 収穫祭を終えて、食料は十分にそろっている。

 戦火で畑が焼かれることがないので、秋から冬までは理想的な戦争の季節だ。


 兵法書で学んだ戦略を次々と頭に思い浮かべながら、ラスティーは沈黙の回廊を歩いていった。

 すると、前方から重々しい金属鎧に身を包んだ男がこちらにやってくる。

 ゆっくりと歩いても、金属のすれる音は耳に突き刺さるようだ。


 ラスティーよりも、頭二つ分は長身で、体格もそれにふさわしく大きい。

 魔術都市メティスの中で、このような人物は一人しかいない。


 ガリウス・グラムファーレである。


 名の示すとおりに、七家の名門グラムファーレの出身である。

 無口で無愛想、洗練された文化とは無縁の男だ。

 杖よりも剣を選んだという、魔術師の血族の面汚しである。


 体の成長に栄養を取られたせいか、言葉が少なく気が利かない。

 魔境地帯の怪物・オーガの血筋の間違いだろうと、うわさが広がっている。


 嫌な奴と出会ったと思い、無視を決め込むことにした。


「ラスティー隊長」


 沈黙の回廊で声を出すとは、この男は本当に七家の血筋だろうか。

 だが、声をかけられたとなると、無視するわけにはいかない。


「なんだ?」

「ダリム王が到着した。王は安全を要求している。護衛の兵を配置せよとの事だ」


 この男は言葉を話せたのか、ラスティーは内心で悪態をついた。


「配備に関しては、副官に任せている。そっちに聞け」

「分かった」


 ガリウスは、ゆっくりと遠ざかってゆく。

 でかい図体を視線の端に止めるのも嫌悪を感じ、ラスティーは先を急いだ。

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