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1章-11 魔術の秘儀

      *

 


 秘本の遂行トゥーム・ストライダーは完璧に機能している。


 七家の秘儀である、積層型結界陣。

 塔の構造を利用し、7つ階層に結界陣を敷設したうえで、縦にも魔力の流れをつなげるのだ。

 三角錐に積み重ねられた結界陣は、記憶の塔のすみずみにまで魔力を満たす。


 いわば塔そのものが、巨大な結界陣なのだ。


 結界陣の要に置かれた宝石は心臓のように。

 塔の壁は皮膚のように、水晶球は目のように。

 石碑や羊皮紙に刻まれた記録を、記憶へと変化する。

 

 聖域と同化し、記憶の塔そのものとなる。

 それが秘儀、秘本の遂行トゥーム・ストライダーである。


 探知の一族フェルナンディ。

 魔術の粋を尽くせばこの世に不明は存在しない。

 そう、言い伝えられている。

 


      *


 サフィリアは結界陣の中心で魔術の印を組んでいた。

 書棚や本、机や椅子、燭台さえも結界陣の一部である。

 人が血肉で生きるように、魔術は金属と宝石を媒介とする。


 膨大な魔力の流れが、周囲に満ち、塔と自分との境界が消えてゆくのを感じた。


 これで、塔の中で起きるすべての事象を観察することが出来る。

 あくまで観察力の拡大であり、当然術者の技量に左右される。

 聖域と親和性を高め、書の理解を深めることで、秘本の統合トゥーム・ストライダーはより精度を増してゆく。

 書を守るものが、生涯を通じて塔の中で過ごすのはそのためだ。


 リーザが置いていった紙に触れると、確かにそこには魔力の流れがあった。

 普段は気づかないほど微弱ではあるが、確かにそこには魔力がある。

 不明ではあるが、魔術には違いない。


 ディテクト・マジック(魔力探知)

 ディテクト・エレメンタル(精霊探知)

 トレジャー・ファインディング(宝物探査)

 インフラ・ビジョン(赤外線視覚)

 アストラル・ビジョン(精神階層視覚)

 アイデンティファイ(認定魔術)


 立て続けに探知魔術を解き放つと、リーザの紙片がもつ魔力が明らかになってゆく。


 本のページを破ると、紙が一瞬のうちにクッキーになる。

 その一連の作用を、サフィリアの感覚はとらえることが出来た。

 

 探知できた魔力は多岐にわたった。

 すべてを見通すにはまだまだ足りないが、サフィリアの技量ではこれが限界だった。


 精神の集中を解くのと、意識が途切れるのは同時だった。

 サフィリアはその場に倒れこんだ。


         *


 どれくらいの意識を失っていたのだろう。

 どれだけの時間が経ったのだろうか。


 闇が支配する記憶の塔の中では知りようがない。

 サフィリアは近くにおいてあった杖を取り、魔術の明りをともす。

 全身が鉛になったように重い。

 意識は乱れた麻のようだ。

 

「……困ったものね」


 サフィリアは、目の前にあるクッキーを見つめた。

 リーザの行った奇跡のような技は紛れもなく魔術であった。

 

 結界陣は描かれてはいない。

 秘密は紙の内側にあった。

 リーザは紙の結晶構造を直接操作して、内部に結界陣を作っていた。


 金属や宝石が魔術に適しているのは、結晶構造が一定だからだ。

 宝石などは、存在そのものが結界陣のようなものである。


 例えば、エメラルドは結晶構造が六芒星であり、魔術の統合には最高の環境的因子となる。

 エメラルドはグラムファーレの守護石であり、宝石の緑は一族の象徴となっている。


 金属はたいていが線状の結晶構造を持っている。

 そのため、結界陣同士の魔力伝達には最適となる。

 

 自然の作った結界陣。

 それこそが、宝石であり金属なのだ。


 リーザが【紙】で同じ事をしてしまったのが問題である。

 もろく弱い構造しか持たない紙や布の繊維では、結界を編むのは【困難】だ。


 リーザと同じことをしようと思ったら……。

 十歩四方の部屋のすべてを糸で埋め尽くし、結界陣を作れば可能かもしれない。

 本のサイズに小さくまとめることなど【不可能】である。

 おなじことは、メティスのどんな魔術師にもできない。

 

 エンチャンター(魔術付与)の理想であり、決して適わぬ夢とも言われる領域である。

 誰もが手を伸ばしても届かなかった秘儀にリーザは踏み込んでいる。

 しかも、半分は寝ぼけながら無意識に。


 嫉妬や妬みといった感情が、渦のようにリーザを取り囲むことになるだろう。


「どうすればいいの?」


 問いかけても答えるものはいない。

 答えを見つけて与えるのが【書を守るもの】である。


 春の涼風のようなリーザ。

 太陽のような笑顔のリーザ。

 道端の花のように無防備なリーザ。


 彼女が彼女らしくあるためには、このメティスはあまりにも冷たく、固く、狭すぎる。

 掟と風習に縛られたこの都は、冥府返しが行われた石室の中と変わることがない。


 シーグ・ペイラックの生存もいずれ知れることになるだろう。

 【冥府返し】と【空の道】のに関する報告書の矛盾に気づくのは難しくない。

 慎重に書類に目を通す者がいれば、簡単に見破られるだろう。

 リーザもまた、シーグ開放の関係者である。


 あの人たちを守るにはどうすればいい?


 問うたところで、誰も答えてくれない。

 英知を授けるものこそが、書を守る者なのだから。


「悩んでいても、意味がないわ」


 ならば、力をつけなければ。

 世の中に流されず、正しいと思える事を実行できるだけの力を。


 魔術の聖域である【記憶の塔】

 真実を見極めるフェルナンディの秘儀。

 極めればこの世に不可能はなし。

 そう言わしめる神秘の源が自らの手の内にあるではないか。


 決意して立ち上がると、小さく鐘の音が聞こえてきた。

 分厚い壁越しにだが、耳を澄ませばなんとか聞こえる。


 余韻を残しながら、ゆっくりと4度響き渡る。

 正午の4点鐘である。


 ルーナサの式典は夕暮れの6点鐘。


 メティスを品定めするために、各国の代表が集まった。


 魔術都市の【人的構成部品】と【固定兵器】。

 すなわち、サフィリアとガリウス。

 

 かの者は如何なる者か、と。


 もはや、受身になっているだけではいけない。


 クッキーを一つだけ口に放り込むと、甘さが口中に広がった。

 リーザの笑顔と体温が思い出された。

 あの人を守るためにこそ、自分の力を使おう。

 サフィリアは立ち上がり、扉に向かった。 

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