1章-10 ルーナサ(秋の収穫祭)
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秋の収穫祭が、メティスで盛大に開かれる。
夏の花祭りの終わりと共に、各国の重鎮に式典に招待する手紙が出された。
三ヶ月前といえば、本来は国事の発表として、手遅れの度も過ぎている。
無礼と批難を理由に、外交上の攻撃があっても文句は言えない。
こじつければ、不敬罪を理由に戦端を開くきっかけにもできる。
しかし、ベルテヌの観測の結果といわれれば、無理にでも納得するしかなかった。
シージペリラスの誕生と、戦乱の発生。
冥府送りの儀式の成功と、戦乱の終結。
アリウス長老の予知は、未来の予定表も同じ。
そう考えるものは、少なくない。
グラムファーレの聖域、アクリアエ・スリスには各国の使者が招かれる。
半年前のインボルグとは違い、上都への立ち入りを認められるのはメティスから書状が届いたものだけである。
また、魔術を用いた【空の道】が開放される事も、大陸中の話題となっていた。
インボルグに引き続いて、メティスが再び世界に何かを宣言するのではないか。
小さな城塞都市の総督でありながら、アリウス長老は世界から注目されていた。
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【空の道】を通って、各国の使者が次々と到着する。
ざわめく広場を、ラスティー・クルスは塔から見下ろしていた。
「順調だな」
「はい、異常もなく進んでおります」
ラスティーのつぶやきに、副官は勤勉に答えた。
魔術の事故は、たいてい大規模だ。
特に空間を制御する魔術の事故は、想像を絶する。
異常があれば国際問題どころで済まないだろう。
世界中がメティスへと矛先を向けても、不思議ではない。
もっとも、問題になったところで、アリウス長老がうまく利用するだけだ。
メティスの防衛は日々強固になるばかりだ。
戦端が開かれるのなら、ラスティーも臨む所である。
「サフィリア様は、現在魔術の儀式を執り行っております」
「また、秘儀か・・・・・・」
「探知に関する秘術との報告があり、終了予定は――」
「どうでもいい。放っておけ」
ラスティーはうんざりして、ぼやく。
ルーナサもまた、星回りから魔術の儀式には最適の日である。
主に4大祭の日に、七家は独自の秘儀を行うのだ。
時には国を挙げての催しさえも無視して独自に行動する。
理想的な軍隊には、一本化された命令系統が必須だというのに・・・・・・。
「どう思う?」
「は?」
突然の問いに副官は戸惑っている。
「このメティスに大陸の名だたる人物が集まっているのだぞ」
数多くの戦場を駆け抜けた大国の騎士。
口先三寸のはったりで、外交をひっくり返した外交官。
裸一貫から、一国を超える財を作った大商人。
窓から大人物たちを見下ろして、副官は考え込んだ。
「……壮観ですな」
副官は無愛想であった。
個性のない意見を残念と思い、同時にこれで良いともわり切る。
人の上に立つものは、過度の期待を他人にするべきではない。
アリウス長老はそう言っていたではないか。
この男は、目の前のことを従順にこなすだけである。
その場しのぎなだけで、壮大な野心などない。
細かな雑事を勤勉にこなすので、重宝はしている。
だが、それだけだ。
考えを変えれば、裏切るほどの度胸もないので安心とも言える。
ラスティーは口ひげに手をやった。
眼下では、数え切れないほど死線を越えた連中が集まっている。
それなのに、どうだ。
驚きに目を見張るもの。
険しい表情を浮かべるもの、
夢見心地で呆けた表情をしているだけのもの。
早馬を使っても、二週間はかかるであろう距離を飛んだのだ。
魔術の偉大さを、嫌でも思い知ったことだろう。
【空の道】は、大陸の各地に通じている。
予知を聞きに訪れるにも、各国の交渉をするにもメティスは最適の地となった。
各国の領事館を置き、外交折衝の場として利用してはどうか?
公的な説明はそうであるが、カンの鋭い人間はとうに気づいているはずだ。
その気になれば、メティスは大陸中どこへでも侵攻可能なのだと。
軍の移動は時間との戦いだ。
その問題を、【空の道】は簡単に解決してしまう。
そして、サフィリア・フェルナンディは、侵入者の息の根を文字通りに止められる。
インボルグに、魔術の威力を示した経緯も記憶に新しい。
メティスに敵意を持つことは恐ろしく、占領は死と同義である。
群衆の中から警戒の表情を探してみれば、見るからに武人という者が多い。
危機や殺意には特に敏感な連中である。
メティスの真意を探りに来たに違いない。
この光景は、メティスの未来の姿だとラスティーは確信している。
偉大なる魔術の下に、世界はひれ伏すのだ。
時の期を予知し、地の利を整え、人の和を制する。
城塞都市に過ぎないメティスが、世界を操作する側に立つのも遠い未来ではない。
塔の上で風を打つメティスの旗を、誰もが畏敬をこめて見上げる事だろう。
メティスの旗には、杖と剣が描かれている。
これは、メティスの誇る魔術師団と騎士団を現している
メティスの次期総督、アリウスの後継者は、どちらかの団長から選ばれることは疑いない。
【空の道】の管理を任され、【冥府返し】の責任者。
魔術のかかわる重要な任務をすべて引き受けている。
各国の代表も、ラスティー・クルスの名を覚えて帰ることだろう。
アリウスの後継者。
メティスの次期総督に最も近い位置にいるのが、このラスティーだ。
「ところで先日、報告書の中に矛盾を見つけたのですが」
いい気分に浸っているところに水を差されて、ラスティーは怒鳴りたくなるのをこらえた。
「なんだ?」
「【冥府返し】と【空の道】のに関する報告書です」
「書類の整理など、後にしろ」
ラスティーは吐き捨てるように怒鳴った。
この男は、全く気が利かない。
「隊長」
「今度は何だ?」
しつこいと思うと、声が荒くなった。
副官は黙り込んだ
なんと気の小さい男だ。
「早く言わないか!」
急かすと、ようやく副官は口を開いた。
「アリウス長老が来られました」
「なんだと?」
聞き返すと同時に、アリウス長老が姿を現した。
急ぎ足で昇って来たせいで、息が切れている。
「何事か?」
「い、いえ。特に大事なく」
アリウスは疑い深くラスティーをにらみつける。
ラスティーは頭を下げながら、横目で副官をにらみつけた。
「各国の特使は、予定通りに到着しております。そして――」
「分かりきったことの、報告は無用だ」
アリウスはラスティーの言葉をさえぎった。
「魔術の制御に関しては、グラムファーレの魔術師が取り仕切っておる。警備には、ガリウス率いる騎士団が任務にあたっている。お前はただ、全体の監視だけをしておればよい。余計なことを考えるな」
アリウスはここで苦しそうに言葉を止めた。
肩で大きく息をして、呼吸を整える。
「サフィリア・フェルナンディはどうした」
「げ、現在秘儀を執り行っている様子」
アリウスは忌々しそうに舌打ちをした。
七家の筆頭であるグラムファーレの長老。
メティスの総督
その両方を兼ね備えた人物でも、他家の秘儀には手も口も出せないのだ。
「どこにいる、いつ終わる?」
不機嫌な口調に、ラスティーは目を白黒させた。
副官の報告を聞いていれば、と後悔する。
「魔術の施工場所は記憶の塔、終了予定は正午の4点鐘です」
副官はきびきびと答えた。
「サフィリアを式典につれて来い。刻限までに必ずだ」
アリウスは不機嫌に吐き捨てると、階段を下りて行った。
振り返る事もせず、いそいそと去ってゆく。
ラスティーは長老に怒鳴られたせいで、顔を真っ赤にして目をパチパチさせていた。
副官はどうしたものかと、ただ直立して指示を待っている。