第2話 恋愛感情とかけて、心拍数と解く3
「なんか……小綺麗ですね。サービスエリアっぽくない……個人経営感?」
「ですよね」
サービスエリアの建物、向かって左側が食事処になっている。木目の床、広めの感覚で設置された木のテーブルに、白い清潔感のある壁が、解放的な空間を生み出していった。オタクは闇属性なので多分このフィールドだと浄化されて死ぬ。オーダーは食券制で、券売機が設置されているところだけサービスエリア感を出していた。
さっきコンビニで言っていた通り俺の分まで昼食代を払おうとする紗希さんに対し、高速代等々は父が払ってくれることを説明して、結局それぞれで払うことになった。俺は鶏肉のなんちゃらかんちゃらを頼み、紗希さんは白身魚のなんちゃらかんちゃらを頼んでいた。お洒落メニュー、あまりにも日本語が少なすぎる。
「いただきます」
「いただきます」
紗希さんに合わせる。そういえば、いただきますって一人暮らしになってから言って無かった気がするな。
会話も無く、お互い無言で食べる。紗希さんの食べ方は非常に綺麗だった。育ちが良さそう。マナーのなってない奴と思われないよう、なるべく丁寧にナイフとフォークを扱う。右手がナイフで合ってたよな……? 多分紗希さんがそう持ってるので大丈夫だと思う。
よくラノベとかで好きな人と出かけて緊張で味がしなくなる描写があるけど、自分も最初はどうだっただろう。あんま記憶にないってことは味がしなくなったのかもしれない。少なくとも今回味はしっかり感じる。おいしい。大人になるって、慣れちゃうってことなんだろうな。もちろん緊張していない訳では無いけど……あとは紗希さん側があまりにも普通そうで、舞い上がる余地が無いというか。
というか、彼女は楽しんでくれているのだろうか。自分は女性とドライブデートというだけで気分が良いけど、紗希さんが楽しんでくれていないとしたら……ちょっと辛くなってきた。まあ、あんま今考えてもしょうがないか。一日の最後にどうだったかで判断しよう。……それはそれで吐き気がしてくる。
対面に座っているから当然だけど、紗希さんが常に視界に映る。俺の好みを現実に召喚したみたいな人が目の前に座っているのに、何故自分は緊張していないのか。舞い上がる余地がないとはいえ不思議だ。
不思議といえば、紗希さんだ。ドライブデートに付き合ってくれるということは、多少なりとも好感度だったり脈だったりがあるのかなと思ってたけど、今日これまでのハイライトとして全く脈が無い。……そうでも無かったりする? いやぁでもあんま感じない。さっきの小悪魔ムーブとか割とアレだったけど、あれはどっちかっていうと、直前の俺の失言に対する報復な感じもする。報復とかいうワード、個人の関係間で使うことある?
うーん、考えてると一生ネガティブなことを言い続けるな。とりあえず、今日一緒に過ごせるだけでも光栄だと思うようにして、なるべく変なことは言わずに、後悔の無いようにしよう、うん……。なんて思ってると、ふいに脳内に響く紗希さんの声。『そっちの方が、好きですよ』『私はそっちの方が好きです』。この言葉が聞けただけで、まあ何か、一日の目的達成って感じではないでしょうか……。
ぐだぐだと考えている内に、大体同じタイミングで食べ終わる。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「おいしかったです」
「良かった、自分もおいしかったです」
しっかりと手を合わせる紗希さんが可愛かったので、ごちそうさまを口実に拝んでおいた。
高速に再び合流し、しばらく走った後に下道に乗り換える。口の中には、紗希さんから貰ったミント飴の風味がまだ残っていた。樋口に餌付けされる小糸の気分を味わっています。
「紗希さんは、こういうデートで喋らなくても大丈夫な方ですか?」
そもそも男の方から気を利かせて話題を振れ派閥の方から殺されそうなことを尋ねる。
「……そうですね、割と。あんまり雰囲気悪いなとかは思わないタイプですね」
「逆に、めちゃくちゃ喋ってくる人だったら?」
「鬱陶しいなとは思いますけど、それで嫌いにはならないですよ。伊織さんは?」
「自分は……最初の方だと、色々と喋るんですけど、慣れてきたらそんなに喋れない方ですね。……当たり前かもしれないですけど」
「今は結構喋ってる方なんですか?」
「いや、結構喋って無い方だと思います。というか、普通ですね」
「へえ……」
ちらっと横を伺う。いつもと同じ表情、つまり無表情だ。
「……俺、喋り過ぎですか?」
「いえ、むしろ割と喋らない方だなと思ってました」
「悪い意味で?」
「……どちらかというと、良い意味で」
「なら、このままで」
「はい、そうしてください」
「……今の会話の流れでアレなんですけど、紗希さんっておいくつなんですか?」
本当に流れがおかしい。でもずっと気になってたし聞きたくなってしまったのである。コミュ障がよ……。
「今年で二十七になります」
「あ、同い年だ」
「ああ、そうだったんですか」
お互いもうアラサーだった。
アラサーあるあるでちょっとばかし盛り上がってるうちに、ふいに海が現れる。特段綺麗な海という訳でも無いけど、それでも空とのコントラストが綺麗だし、広いし、テンションがあがる。夏って感じ。
駐車場から道を横切り段差を上がると、すぐに砂浜が現れる。海岸線を右手に進んだ先には小さな白い灯台がある。海水浴場ではないので泳いでいる人はいないが、ちらほらと人がいた。家族連れもカップルもいる。
紗希さんはスマホを取り出すと、一枚だけパシャリ、と白い灯台までの海岸線を撮った。俺は紗希さんを撮影したい。麦わら帽子に白ワンピとサンダル。多分この海岸線で一番海が似合ってる。あと純粋に彼女の写真が欲しい。もう欲望に抗えそうにない。
なんとか撮影の口実を考えつつ、しかしうまい口実が見つからず脳内会議では絶望的な雰囲気が漂っている中、紗希さんがぽつりと口を開いた。
「多分、今年は最初で最後の海だな……」
「毎年行かれてるんですか?」
「……ええ、前に言ったインスタの子と例年、休暇の時に行くんですけど。今年はその子が失恋して、スイーツ会……というか慰め会になったので」
それってその子のインスタ見たら紗希さんの水着が見れるってこと? とか最低な考えが頭に浮かんだ。クズ。ゴミ。
「そうだったんですね。ここは来た事あります?」
「ありますよ……例の彼氏とですが。車じゃなくて、色々と乗り継いで。……車だと、こんな近いんだな、って思いました。伊織さんは来たことあるんですか?」
ぐえ……元カレと来ておった場所に連れ出したのか……。しかも――
「……俺も、元カノと来たことがあります」
「ふっ……お互い……ですね」
お互い苦笑する。
「私は二回目ですけど、思い出補正抜きで、ここ好きだなって思いました」
紗希さんと隣り合って、灯台の方を眺める。太陽が眩しいし、海特有の強い風が気持ちよかった。自然って感じ。紗希さんが言葉を続ける。
「別に最高に綺麗な海でも無いですし、飛行機とか船とか、すごい商業港を感じるけど……完璧じゃないところも含めて、何か良いなって思います」
「へえ……」
「……変ですか?」
「いや、その……嘘っぽく聞こえるかもしれないですけど、気が合うなって思ったので。……何か、薄い言葉で同調してるなって思われるかもしれないんですけど」
「ふっ……信じますよ」
今のは確実に、俺の卑屈な感じにオタ性を見出した笑いだね。俺は見抜いた。何でいらん言葉を言ってしまうんでしょうね。悲しいね。
「だって、わざわざ元カノと来た場所にもっかい来るぐらい、この場所が好きなんだなって」
「はい、その通りでございます……」
まあ、それは確かにそうかもしれない。……単純に女性と出かけるレパートリーが無いというのが真実なんですけど。
どちらともなしに、灯台に向かって二人で砂浜を歩き始める。
陽は落ち始めているけど昼過ぎというには遅く、夕暮れというには早い。青空には小さな雲がぽつりぽつりと気まぐれに浮かんでいた。
普段引きこもっているからか、大自然を前にすると毎回『ああリアルだなぁ』というヤバめの感想を抱く。潮の生臭い匂いがするし、太陽は眩しく、風は凄いし音も凄い。風と波の音に混じって、さく、さくと砂浜を踏みしめる音が心地よかった。紗希さんが言った通り、最高の海というわけではない。海の色は青色とも言い難い暗い寒色系の微妙な色だし、砂浜もそんなに広くなくてそこまで綺麗でも無い。バえそうな白い灯台が無ければ本当に見どころの無い海だ。でも、それが何となく好きだった。他の海と比べてとびきり魅力的というわけではないけど、それでも悪くない、みたいな。そんなところが好きで、それを紗希さんも好きだと言ってくれたことが嬉しい。
潮の匂いに混じって時折紗希さんの匂いがして、理想像そのものみたいな女性が横にいるのを意識する。キモいね。でも仕方が無いよね。
紗希さんの身長は低くは無いけど、流石に身長差があると普通に歩いているだけで自分の方が早くなってしまうので、少しだけゆっくりめに歩く。
会話はぽつぽつと。見える景色について言葉を交わす。
灯台に着いても変わらない。相変わらず表情は分かりにくいけど、なんとなくリラックスした雰囲気だった。そうだったら嬉しい。
ちなみに、この灯台には近くの何かに南京錠か何かをぶら下げると恋人が幸せになるな何かの願掛けスポットがある。何回か来ているにも関わらずあまりにも情報がラフいが、そういうのを利用しないタイプのユーザーなので仕方が無い。元カノと一緒にそれをしてたら何か変わってただろうか。変わらなかっただろうけど、利用していないので分からない。流石にもう未練も無い。なんてことを白い灯台を見上げながら考えていると、紗希さんはその南京錠をかけるスポットに目を向けていた。彼女は元カレと南京錠をかけたのだろうか。やってなさそう。偏見。聞いてもそこまで変なことにはならないと思ったので、声をかける。
「やりました、あれ?」
「え? ああ。やりませんでしたよ。伊織さんは?」
「やりませんでした」
「そうですか」
彼女はそう言い、少しだけそこを見つめて、視線を海へと移した。
何を考えているかは分からない。昔の自分はこういう時、相手が何を考えているのかすごい気になる性格だった。けど、それを聞いたところでしょうもないといつしか思うようになり、気にならなくなった。これも大人になるってことなのかね。
しばらく海を二人で見ていたけど、どちらともなく戻る雰囲気になり、砂浜を後にした。




