第1話 合コンとか出会い系とか3
文章を書くのが好きだった。今でも好きだ。
ちなみにラノベのテンプレである『オタク=主人公は国語の成績』が良いって奴は実際に俺もそうだったし、つまりはラノベ作家って国語の成績が良かった人結構いるのかなとも思う。冷静に考えてみれば、文章を書くのが好きな物好きなんてそら国語が好きか。
読むのが好きで、楽しくて、自分でも物語を書きたい! となったから書いている、のだけど。強調した通り俺の場合は本当に趣味で、言い換えると、作品を完結させたことが無いとも言う。書き始めることと、書き続けて書き終えることのハードルは天と地ほど違うと思う。中学にあがった前後ぐらいで親のお下がりPCを貰って以来、文章は気ままに書いてきたけど、そこから十年以上の歳月を経てなお、完結した作品は短編がたった一つだけ。それも五年前のことだ。今ではHDDのどこかで埃をかぶってる。……いや嘘。どこに保存しているかは明確に覚えているし、たまに読み返しもする。そしてその度に思うのだ。おもんねー、と。そんな状況でよく文章読ませる気になったな俺。というか、こういうの本当にやっちゃ駄目なことな気がしてきた……何やってるんだ俺……馬鹿……間抜け……。
紗希さんが顔を引きつらせながら、「こんなに文章量書けるなんてすごいですね」と褒め言葉を絞り出してきた場合に備え展開をイメトレしていると、左隣から笑い声が聞こえてきた。心臓が跳ねる。思わず左を伺うと、紗希さんがにやけた顔で俺のノートを見ていた。瞳が、一定のリズムで右と左を行き来していて何か面白い。
その反応は作者を喜ばせるものだと思うが、心のか弱きオタクは何故か一層弱っていた。もうやだぁ……怖いぃ……。よっっわ。
「……ふう」
宣言通り二十分程が経った頃合いで、読了の溜め息が聞こえてきた。読了といっても途中掛けの文章なんですけどね。
腹から心臓にかけての内臓エリアが嫌な感じになってくる。知ってるよ、これ緊張って言うんだ。吐きそう。すぐ吐きそうとかいう。オタクだもの。罪状の読み上げを待つ被告人の気分で紗希さんの言葉を待っていると、彼女はちらりと手首の腕時計を見た。
「あ、夜ご飯食べていきます?」
「あ、はい」
これレイニー止めって奴? 違いますね。
「カルボナーラがお二つですね。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい」
緊張で体が揺れたり震えたりしてる中、注文を終えるまで会話は無かった。え何これ? 面接前の待機室? 店員さんは会計表が二つあるのに若干面食らっていた。そりゃそうだ。店員が去った後、ようやく紗希さんが口を開く。
「あ、すいません、何か引き延ばしてるみたいで。あの、面白かったです」
心の中で変顔をする。白目をむいて舌を出す。リアル表情に伝染しかけた。危ない危ない。ふぅ……――
――こんだけ引き延ばしておいて感想ここまで無味乾燥なこと、あるーーー?! (エコー付き)かんそうだけに、ってか! もうつっこむことすら出来ない。心を整えよう。強い心を手にするために。
「あ……あざまる水産」
何この人……みたいな目で見られた。それはそう。
「これ、どこかで掲載されてるんですか?」
「本邦初披露ですね……」
本邦というか全世界プレミア公開だ。
「結構ネットで有名な方だったりします?」
んんんーー? ぴくぴくぴく。俺の自意識過剰センサーが稼働し始めるのを感じる。
「い、いえ……そもそもネットで公開したこと無いですし……えっ、面白かったですか?」
紗希さんが眉を顰める。うお、樋口円香がいる。
「あの……んー……」
何かさっき想定した通り、今後の身の振り方どうしよう案件で困ってない? 何考えてるか全然分からん。樋口みたい。
「……えっと、私、ネット小説とか読まないんで、正直何の評価にもならないとは思うんですけど、普通に面白かったですよ。龍太郎の地の文とか癖があるけど結構好きですし、彩香との掛け合いも小気味良くて楽しくて……語彙が無くて恥ずかしいんですけど。あと、伊織さんの人となりが少し伺える感じで、好きですね。……私も大概面倒な女なんで……、あまり褒めるのが得意じゃないので、あんまりだった点も言うと、ちょっと会話文が多すぎて軽薄な感じがあったのと、あとは会話がうまいこと言おうとしてるのを狙い過ぎてる感がちょっとだけ、そこが微妙だったのと、んー……あとは、これも若干なんですけど、少しだけ会話が展開ありきというか、彩香、ここでこんな発言する? みたいな箇所が、えーとどこだったかな、ここ……二回目の図書室のシーンで――」
萎びた心ではい、はいと頷くだけのマシーンと化す俺と、ただただ正論でしかないフィードバックをかます編集者・水上紗希様。全然違うと思うけど、編集者からの駄目出しってこんな感じかなとふと思い、世の作家さん達の苦労に無駄に思いを馳せた。
「――すいません、色々と失礼なことを言いましたけど、結論、私は楽しめました。続きが普通に気になりますし、読みたいですね」
「……あざっすー……っ」
思わず痛い所を突かれた指導を受けたスポーツ青年みたいな反応をしてしまうと、紗希さんが無表情ながらも心配そうな顔をしていた。
「……ごめんなさい。折角読ませて頂いたのに」
「い、いえいえ! 滅茶苦茶ありがたいです! 自分の文章、読んでもらう機会なんて本当無いですし、すっごい参考になる感想も頂けて、本当ありがとうございます」
「……」
何か不穏な空気流れてませんか。またお腹痛くなってきましたよ私。
紗希さんの視線の先には、文字がたくさん映し出されたスクリーンがあった。
「その……読んでいる最中に考えてたんです。伊織さんが、何を思って……何がこの作品を書こうと思わせた原点だったのかなって」
やばい、深い。俺は付いていけるだろうか、この深みに。付いていく自信無いんだよなぁ……ただの願望だだもれ作品なんですよね。深みも何も無い、この書きかけの二万字で描きたいことなんて一文ですっぱり言い表せた。
「理解者のいない孤独――それが原点で、描きたかったのは、見つけ出す、見つけ出されることへの希望なのかなって」
国語マスターウーマン?
あまり会話の無いまま、お互いカルボナーラを食べ終える。ほぼ同着。付き合う前のデートで食事をする時は、なるべく同着で食べ終えるべしという豆知識を思い出す。その心は、片方が手持無沙汰になると、片方が待たせてる急がなきゃってなるから。それはそう。ザ・正論。俺は食うのが遅い方なので割と何も調整せずに同着になる。良かったね俺。
会話の無かった一つの理由は、紗希さんの感想のことについて考えていたため余裕が無かったからである。シングルタスカー立花である。
理解者のいない孤独ね。随分素敵な表現をしてくれる。
紗希さんに読んでもらった、『図書館にはみだし者ふたり(仮)』は喋り過ぎるタイプのコミュ障・龍太郎と、空気読みが苦手な性格悪めお嬢様・彩香が、お互いの交流を通じて社会性を獲得して学校を楽しむようになり、すれ違いはあれどお互いを好きになり付き合う――予定の作品だ。二万字の時点ではお互いの紹介が済んで、これから何か起こりそうってところで止まってる。龍太郎が彩香を図書館で『見つけ』て、多少のすれ違いはありつつも、お互いにもっと人と繋がりたいって想いを共有するところまでで二万字。自己評価としては、概ね紗希さんの評価の通りなので笑ってしまう。
小説を書き始める時にいつも迷うのが、自分をどれほど自己投影するのか、という点だった。完全に自分とは違う人間を描けるタイプでは無い。なのでどうしても、現実に面白味が無いし普通に気色悪い自分を、言葉を選ばないとすれば「正当化」して描く主人公が出来上がってしまう。言ってしまえば、九割五分がフィクションの自分夢小説だ。キモすぎて地獄。そういった反省を踏まえ、この作品の主人公はなるべく自分じゃない点を多く入れようとした。ヒロインも然り。
けど、結局核にある部分は言われた通り……恥ずかしいし認めたくないが、孤独、である。誰しも大なり小なり承認欲求はあると思うけど、自分の場合はそれを満たしてあげるのがあまり得意ではない人間だと思っている。人に褒められることが皆無というわけではなくて、例えば仕事ではちょくちょく叱られつつもちょくちょく褒められたりする。ただ、度し難いなと思うが、それが自己承認にはあまり繋がらない。端的に中二病で言うと、別に仕事で褒められても別に楽しくないし、なんなら俺って何が楽しくて生きてるの?となる。じゃあ自作小説褒められたら自己承認出来るのか、彼女が出来たら幸せになれるのか、という問いに関しても、正直分からない。結局あまり自分のことが分かってない中で、ただ漠然と現状に対して満足してない感があるという、しょうもないしありふれた、しかしそれなりに頭の痛い悩みだ。
一方で今の話の対象を、自分から紗希さんに変えてみる。理解者のいない孤独。聞くに、周りは陽キャばかりで、オタク趣味の友人もいないようだ。陽キャフレンズと一緒に遊ぶのが楽しくてしょうがない、もう人生最高、お前ら一生マイメンイェア、みたいな感じでは圧倒的に無さそうだ。本人の申告通り、割とダウナー系なのだろう。陽キャなご友人と一緒にお出かけすることに楽しさは見出せるのだろうけど、能動的に楽しんでるような雰囲気が無いというか。もし彼女も何かしら、理解者のいない孤独を抱えていたとしたら。その孤独を解消するため……、とここまでの思考の気持ち悪さにふとバツが悪くなった。
水を一口飲み頭を冷やす。結局全部想像で、出会って一日の相手をどれほど理解出来ているのかという話だ。しかも、仮にこの妄想が合っていたとして、で?という話でもある。彼女の理解者になれる保証は一ミリも無い。
何の妄想にも依らないこと、一つだけ確かなことがある。水上紗希という人間のことがもっと知りたい。樋口円香を容姿の面でも言動の面でも彷彿とさせるこの女性のことが知りたいし、仲良くなりたい。彼女の世界観を知ってみたい。……なんなら彼女にしてえよ! キモ。キモいけどね。それでもですよ。
さて、もうそろそろお開きの時間になりそうな雰囲気ではある。時刻は八時十三分。何ならもう四時間、初対面の女の人と隣り合って座っている。男女問わず初めての経験だ。このまま何もせずに連絡先交換しませんか……になりそうな感じもなくはない。でももう私だってね、学生卒業して数年経つんですわ。本日既に何回か使っている、『初対面だから断られてもまあ後腐れ無いよね(ただし心を除く)』という言い訳を召喚することによる心のリスクヘッジと、『もっと仲良くなりたいなら尻込みする理由は無いんだ、あとは勇気を出すだけなんだよ。分かるかい、君? 君にはまだ早いか……』という脳内年上良い女ポジお姉さんの言葉により、彼女をデートに誘うことに恐れなどない。もう何も怖くない。恐れるな、死ぬ時間が来ただけだ。死ねば助かる。
「紗希さん、来週以降の土日にドライブにお誘いしたいんですけど……いかがですか?」
「来週なら土日とも空いてますよ。どこに行くんですか?」
「んー……そうだな、ベタに知多半島の方で海見に行くとかどうですか?」
「いいですよ」
「わーい。拾う場所はどちらにしましょう?」
こういう時の反応、わーい安定理論なんだけどこれって通用してるんですかね。
「西駅の裏っかわって言ったら通じます?」
「ああ、通じますよ。お昼……はどうしようかな。あー……行く途中のサービスエリアに若干凝ってる食事出してるとこがあって、……ここなんですけど」
喋りつつ、マップで写真を見せる。
「へー……確かに、若干凝ってる。普通に、お洒落な感じですね。じゃあここにしましょう」
「了解です。では……十二時ぐらいに拾えれば、十三時ぐらいにはサービスエリアに着くと思います」
「あー……」
びっくりするぐらいとんとん拍子で進んでいた話は、少し翳りを見せた紗希さんの表情によって待ったがかかる!
「……時間、一時間ずらせないですか? ピークタイムだと思うので、十三時」
全然待ってないわ。進んだわ。普通に好感度あがったわ。
次回、ドライブデート編……ってコト!? ハァ?
語録っていうのは、とにかく響きが面白くて使いたくなるから語録なんだよね。原作ファンから白い目で見られる奴。




