第4話 アイスの実な彼女3
「今後の支払いについて明確にしておきましょう」
「はい」
水族館を見終わり、近くにあるちょっと高級なロブスター店でディナーを食べた帰り。会計は自分で払ったが、店を出るなり紗希さんが切り出した。
「一々財布を二つ開くのが嫌なのは分かりますし、一方で一々きっちり割り勘をするのも面倒です」
「はい、同感です」
「ある程度は金額を考慮しつつ交代で支払うのと、共通の財布を作るのと、どちらが良いですか?」
共通の財布……そういうのもあるのか。魅力的すぎる。
「……作りますか、共通の財布」
「分かりました。……財布、買いに行きましょうか」
「いいですね。どこか行きたいところあります?」
「んー……アウトレットか、伊勢丹か。土岐が再来週ぐらいにセールかな?」
「じゃあ、そこにしましょうか。土曜日で?」
「そうしましょう」
紗希さんのテンションは少し高い気もするけど、それでもいつものクールな紗希さんだ。口数は多いかもしれない。そして、俺達の手はしっかり繋がれていた。しかも恋人繋ぎ。手汗がやばい。よってやばい。
左手には南極調査船が見える。名港は綺麗な夜空だった。
「紗希さん、敬語、ちょくちょくとってもいいですか?」
「ずっととってもいいですよ」
「ちょくちょく敬語も混ぜていきます」
「分かりました。私もちょくちょく敬語を混ぜていきますね」
「……じゃあ、これからもよろしく」
「うん。よろしくお願いします。……伊織」
「……紗希?」
「うん」
「紗希」
「伊織」
まあ、付き合いたてやからね。今の流れはキスですね。
今更になって、『リア充になった』ということだけ言語情報として認識する。
「でも、紗希さんって呼ぶのも好きなんだよね」
「私も、そう呼ばれるの嫌いじゃない。……というか、好き」
「じゃあ紗希さん呼びもちょくちょく続けます」
「……伊織は何て呼ばれたい?」
「伊織がいいかな。……あ、あと伊織君もいいかも」
「分かった。伊織。……伊織君」
「うん?」
「いい名前だよね」
「紗希さんの名前ほどじゃないよ」
「それは嘘」
「……同じぐらいいい名前。ていうか比べることじゃない」
「それはそう。ふっ……」
お馴染みの、シニカルな笑いだった。
帰りの車で、気になってたことを聞く。
「……その、紗希さん。正直今日、告白しようか迷ってたんですけど。あの、合コンの時点では、別に自分のことそこまで……だったんですよね?」
「……」
横をちらりと伺う。夜の街の灯りは、紗希さんの表情を映し出すのには少し光量が足りてなかった。
「……その、いつから付き合ってもいいなって、思われたのかなって……」
「明確にいつ、ってのは分からないんですけど。でも、ドライブに行った帰りには、もっと知りたいな、とは思ってました」
「えっ? じゃあ何で合コン――」
「いや、その! ……私も、テンパってたのっ」
「……えーっと、テンパって?」
「…………」
「……え?」
「……当ててみて」
ガチで困惑していると、これまでにも時折見かけていた挑戦的な紗希さんが現れた。ここは付き合った後も変わらないんですね。好き。
水族館から家のある方面まではショートカットになるような高速が無く下道で帰らざるを得ない。まだ八時を少し回ったところなので交通量は多いし、信号も都会なので多い。よって、紗希さんが赤面しているかどうかは、赤信号の光がカモフラージュになって分からない。
「……とにかく次に会う予定を入れようとして、丁度合コンをセッティングしてと言われてたので誘ったとか?」
「…………正解」
なーーーるほど。なるほど。そういうことだったのか。テンパって。なにそれ、俺の彼女めっちゃ可愛いんですけど? ……ていうか意外とポンコツなところもあるんだな。ギャップやん。
「……紗希って意外と……」
「……なに」
「いや、失礼だからやめとく」
「……。幻滅した?」
「いや、ギャップ萌えした」
「言っておくけど、そんなにポンコツじゃないから」
「まあ、いっぱいポンコツだとギャップ萌えにならないし」
「それはそう」
何かこう、付き合い立てのカップルの会話かこれは? 会話内容はそうかもしれないけど、会話の温度感が既に付き合って三年目の倦怠期カップルぐらいのぬるさである。
「伊織は、いつからなの」
「紗希さんのことが好きになったの? ほぼ一目惚れに近いんだけど、俺もドライブでいいなぁってなったよ。でも、流石に俺みたいな冴えないオタクは眼中にないだろうとも思ってたから、一緒に出掛けられるだけでラッキーって思ってた」
「ふぅん……」
しばらく沈黙した後に、紗希さんが口を開く。
「これから先……いや」
「なに?」
「付き合いたてに話すことじゃなかった」
「俺、心が鈍いからいくらでも言っていいよ」
「……素直に心が広いって言えば?」
「自分で心が広いって言うのはちょっと痛いかなと」
くすりと紗希さんが笑う。
「……その。私、もう分かってくれてると思うけど……性格悪いこと言うと、見た目のわりに恋愛偏差値あまり高くないし、性格もあまり良くないから。伊織のこと、結構傷つけちゃうかもしれない。それに、伊織の言葉を変に解釈して無駄に嫌な思いしたりするかもしれない。見てくれはいいかもしれないけど、可愛げの無い言動通り、嫌な奴だから」
「そんなこと無いと思うけどなぁ」
「それでも」
沈黙。この静けさは、彼女が言葉を探しているものだというのは、もう分かってる。多分。
「それでも、私はあなたとなら、すれ違っても話し合って……分かり合えるかな、って思ってる。……だから、迷惑かけると思うけど、それでもちゃんと話し合いたいなって思う……。ごめん、いきなり言い訳がましいキモいこと言って」
それは、俺の理想のカップル論と同一なんだよなぁ。
「めっちゃ……まじで、嬉しいよ。まだ紗希さんのこと沢山知ってる訳じゃないし、俺もたくさん幻滅されるようなことしちゃうかもしれないけど、それでも上手くやれそうな気がしてる。過ごしてきた世界は大分違うと思うけど、世界の見方は結構近いのかなって思ってる」
「……ふっ。かっこいいこと言うじゃん」
「すいませんキャラじゃないこと言って……」
「いや、あなたはそういうキャラ……というか、そういう人だと思ってるよ。伊織のその、かっこいい部分?が若干痛いと自覚してる感覚も、それでもそう思っちゃう感覚も多分分かるし、それを含めて伊織って素敵な人だなって思う」
「……そう言って貰えると。……いや……なんでそんな俺特効みたいな言葉を吐ける水上紗希」
「ドラマの面白いライバルキャラみたいなセリフ」
「紗希さん、好き」
「そう。……私も」
「ふふ」
「何その笑い?」
「キモくならないように抑えたけど漏れてしまった笑いです……」
「ふっ……なにそれ?」
夢のような時間が終わる。夢じゃないよな?って言葉があるけど、しっかりと現実だと認識した上で、まるで夢みたいだ。……いや、本当に夢じゃないよな? 俺の夢はこんな高精度じゃないから多分大丈夫。
「じゃあ……今日はありがとう、伊織。水族館楽しかった」
「うん、楽しかった。癒された。じゃあまた、再来週かな?」
現在、西駅から徒歩十分ほどにある紗希さんのアパート前。とうとう俺は彼女の自宅を突き止めることに成功した。お別れの時間だった。
「うん、再来週。あ、そうだ」
なんでも無い風を装って、若干紗希さんの目線の挙動が不自然である。この人、案外感情表現が豊かな気がしてきたな。
「え、っと……。どれぐらいの頻度で会いたい?」
ほう……頻度確認ですか。たいしたものですね。
「……正直、とりあえず来週末も会いたい気持ちはあるけど」
「……土曜は昼間に予定があるんだけど、夜なら空けれると思う。うち来る?」
「……いいんですか?」
ていうかこのカップル会話に三点リーダが多すぎないか。
「駄目なわけ……いいよ」
「緊張します……」
「緊張しないで待ってる」
「……本当に?」
「……ちょっとは緊張するかも」
「だと思った」
「なにそれ。生意気。……じゃ、何時ぐらいに帰れるか分かったらまたLINEするから」
「うん。じゃあ、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい」
彼女が荷物をまとめドアを開こうとしたところで、振り返ってこちらを向くと、身を乗り出し素早く唇を奪われる。……イケメンすぎんか?
「……おやすみ」
「紗希さんって、意外と甘々な感じ?」
「悪い?」
「良い」
「そう。じゃ」
「おやすみなさい」
甘くてクール。……アイスの実が食いたくなってきたな。
彼女がアパートに入るまで見送ろうとしたが、一方の彼女はこちらを見送ってくれるようで立っていた。イケメン。手を振り、紗希さんが手を振り返してくれるのを横目に、車を発進させる。
心、ポカポカします。けれど、意外と舞い上がる感じは無……いや嘘だな。死ぬほど舞い上がってるなこれ。舞い上がり力がデカすぎて認識出来ていないだけだなこれ。事故らないよう、気持ちを落ち着かせるために素数を数える。これはこれで注意散漫な気もするので四までで数えるのを打切り、とにかく運転に集中する。そのつもりだったのだけど、緩んだ口元は閉まる気配が無かった。体は正直だな、グヘヘ。
こうして俺は久しぶりに彼女が出来た。今までに出来たどの彼女よりも短く恋人の関係になったけど、今まで出会った誰よりも深い関係になれそうな、そんな予感があった。
読了あざした
LoLっていうゲームを舞台にした高校生ラブコメも書いたので是非読んでみてね
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