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第4話 アイスの実な彼女2

 目の前の大きな水槽でイルカが気持ちよさそうに水槽を泳いでいる。クラゲのいた幻想的な空間と違い、ここは明るい水色に包まれていた。後方の空いているスペースに腰を下ろすと紗希さんがすぐ左隣に座る。隙間はほぼ無い。一緒に歩くのはまだ心が耐えられるけど、一緒に座るのは話が違う。これって犯罪じゃないよね? 俺が先に座ったからね。

 しばらく目の前の水槽を眺めて心を落ち着かせつつ、再び口を開いた。

 「あまり……立ち入ったことを聞かない方が良いですか?」

 紗希さんの返答はしばらく無かった。肝が冷えていくのを感じつつ、水槽を眺める。結局のところもうどうにでもなーれの精神だ。シミュレーションでも多くのシナリオで最終的にもうどうにでもなーれになった。シミュレーションの意味イズ何。

 二頭のイルカが連れ添って泳ぐ姿は見ていて飽きない。広い水槽といっても、イルカにはやはり狭いだろうか。水中を泳ぐ姿は重力を感じさせない。それでも奴らは水圧に締め付けられてるんだよな。見た目と内実の違いについて思いを馳せるが、多分奴らは別に水圧に締め付けられてると思って無いと思うよ。

 「……いえ。聞いてくれるのは、嬉しいですよ」

 結構な時間、体感で三分くらいだろうか、ようやく紗希さんから返答が来た。想定していた回答よりもずっと暖かくてありがたい言葉だった。

 「嬉しい……ですか?」

 「……私のことを知ろうとしてくれるっていうのは、嬉しいですよ。それに、その……すぐに考えこんじゃって、返答が遅れるのは申し訳ないなとは思うんですけど。それも、待って下さるので、ありがたいです」

 なるほど。待つのが正解だったわけか。まあ正解だと思って待ってたわけだし、別に待つのが苦じゃないから待ってただけだけど。

 「なんていうか……めちゃくちゃ本音なんですけど」

 「はい」

 「……私は性根のところで、面倒臭くて、容姿に反してお花畑なことも思ってしまうし、その割に不愛想で、顔で許されてるなって言動もするし、性格も悪いし。学力は多少ありますけど、結局頭があまり良くないし。……あと、口下手だし。自分の中身が春乃とかもえだったら、もっと良い人生送れてるんだろうなって。でも、そんな思考に意味は無いので、本当無駄だなって思ったり。……すいません、まとまって無いことばっか言って」

 「いえ……嬉しいですよ。もっと、紗希さんのこと知りたいです」

 「なんでですか?」

 なんでですかと言われてもね。……いや。てかこれ選択肢出てますね。見えますよウィンドウが。……しかし俺は内なる本心に従って正直に話すタイプのヒューマンである。

 「……自分、ギャップ萌えなんで」

 これはチキンとかではない。断じて。マジ?

 「……はぁ」

 過去一悲しい反応をされた。負けるな俺。

 「えーっとですね。えーーーっとですね。いやもう普通にガチで行きますよ?」

 「どうぞ」

 「自分が樋口を好きな要素と、紗希さんの好きな要素の一つで結構もろ被ってるところがあって。紗希さんと樋口は似てるところもあれば似てないところもあるんですけど、ただ何を考えてるか分からないところは結構似てます」

 「……それ、褒めてないですよね? 何を考えてるか分からないは結構言われますけど」

 「そんな人が、自分の考えてることを教えてくれるのは嬉しいです。その思ってることが、結構自分の考えに近かったりすると、それもまた嬉しいですし。……その、特に深いことを言えない点が本当辛いんですけど、まあ本音だからしょうがないです」

 「ふっ……好きですね、樋口円香」

 「好きですね、樋口円香。それと全く別の軸で水上紗希さんのことも好きです」

 視線は水槽から離さない。離せない。

 「……告白ですか? ……いや、忘れてください。……その好きっていうのは、どういう意味で?」

 ここ……なのか? でも違う気もする。というか違う意味で言った。

 「あー……えっと、今のは人として好きっていう意味で言いました」

 「それは、さっきおっしゃられたような点で?」

 「そうですね。容姿も含めた性格が好きです。めちゃくちゃアレな言い方をすると、キャラクターとして好きです、すいません」

 「ふ、ふふっ、あははっ」

 三次元の人間に対して言うことでは無い気もしたので即謝罪を決めると、横からガチな笑い声が聞こえてびっくりする。

 「わっ、笑うところですか?」

 「ふっ、いえ、あの……あははっ」

 多分、彼女の純粋な笑い声を初めて聞いた気がする。鈴を転がすとはこのことか。めちゃくちゃ綺麗な笑い声だった。もっと笑わせたいなって思っちゃうよね、これは男の本能なのでしょうか。文脈的にはあまり良い笑いでは無いような気もするんだけど、あまりにも彼女の笑い声が楽しそうで、なんか良いんじゃないかと錯覚する。目尻には涙も浮かんでいて、いやほんまそんなおもろいこと言いましたか?といった気分である。

 「ふふ……ふふっ……あー……すいません、キャラじゃなく笑ってしまって」

 「いや、もっと笑ってほしいですけどね?」

 「あー……それは、すいません」

 「でも普段の感じもめちゃくちゃ好みなんで悩ましいですね」

 「なんですかそれ……口説いてます?」

 「いえ、もう本音がダダ漏れてます」

 「なるほど。でしょうね」

 「すいません……」

 なんだろう……この展開はどうなんだ。僕のシミュレーションに無いぞ!? なんかもしかして恋愛ルートから外れた展開な気がしないでもないけど、過去一で会話が弾んでる気がする。

 「伊織さんって、変わってますよね」

 「実は……実は? いや、まあ変わってるかもしれません。でも人間皆どこかしら変わってるもんじゃないですか?」

 「それはそう」

 「はい」

 「ん」

 とか言ってたら会話が終わった。それもまた良しである。……であるよな? 不安丸である。二人でイルカを眺める。

 「……いや、掘り返しますけど面白いこと言いました?」

 「いや……何か。面白い人の見方をしてるなと思って。何故かツボってしまいました」

 「すいません……」

 「謝ることじゃないです。伊織さんらしくて面白いです」

 「俺らしい……ですか?」

 「はい。……その、なんていうんでしょう。伊織さんって面白いですよね」

 「それはどうでしょうか」

 「面白いですよ。それか、私の好みなキャラクターってだけかも」

 「そう言って頂けると光栄です」

 「口説いてますよ」

 「……本当に?」

 「どうでしょう?」

 顔を左に向けると、すぐそこに紗希さんの顔があってびっくりした。最初からあったんですけどね。隣に座ってますからね。心臓さんがアップをし始める。ステイステイ。

 改めて見ると、本当、モデルとかしてそうな顔だ。そして、その表情は微笑んでいた。決して自然な感じでは無く、意図的に笑顔を作ってるような顔だ。あまり笑顔を作るのが得意ではない人の、作り笑いではなく、努めて笑顔を見せたい、みたいな表情だ。えなに。これ脈あるよ。ここかもな、と思った。あるいは錯覚か? でももう止められなかった。決壊しちゃった。ここかどうかは知らんけど、もう、止められないほどに恋愛感情が上昇してしまった自分を、もう一人のボクが見ていた。もう駄目です、決闘デュエルしちゃう。

 「紗希さん……参考までにお尋ねしますが、どういう異性が好みですか?」

 ここで参考までにとか言っちゃう奴は何やってもダメ。

 紗希さんの笑みが思案の表情に変わる。張り詰めた顔といってもいいかもしれない。あるいは、逡巡する顔か。品定めの顔か。ていうか上目遣いだな。この人の上目遣いに耐えられる男いるのかよ?

 「そうですね……特定のタイプは無いかも。嫌な女なので、得意ではないタイプはいっぱいありますよ」

 「例えば?」

 「自分に自信がありすぎる男。女を落とすのがゲーム感覚みたいな男。自信の無さすぎる男。卑屈すぎる男。自然体じゃない男。等々」

 「……この言い方、キモいとは思うんですけど、発せられずにはいられないんですが」

 「どうぞ?」

 「俺って、それに該当してます?」

 視線はガッチリと交差していた。まるで相撲だな。

 「そうですね。してないです。……伊織さんは?」

 俺の好きなタイプ。いや君だが?

 「俺も、何だかんだで特定の好きなタイプはいないんですけど、気になってる人はいます。紗希さんは?」

 「私も、気になってる人はいます」

 「そうですか……どんな人ですか?」

 「うーん……割と優しい人ですね。あと、多分気が合う人です。まだまだ分からないですけどね」

 「俺も、その人と気が合うなって思ってますし、その人のこともっと知りたいです。出来れば、もっと近くで」

 少しの逡巡の後、紗希さんは試すような上目遣いで言った。

 「……言葉にしてください」

 すぐ二十センチ先に、紗希さんの顔がある。この青まみれの環境でも、俺の大好きな切れ長の垂れ目は濡れているように輝いていたし、泣きぼくろがある頬には朱が差しているのが分かる。緩いウェーブのかかった明るい茶髪は毛先にかけて水色のグラデーションになっていた。顔が良すぎる。良すぎるというか、俺の好みすぎる。こんなことあります? 自分の理想の女が現実に顕現しているんだが。心臓は当然全くステイできていない。でもそれでいい。


 「紗希さん、好きです。付き合って下さい」


 彼女のどこか張り詰めたような無表情が、笑みへと変わっていく。まるで緩む頬を何とか抑えようとして、それでも失敗してしまっているような笑み。嬉しくて浮かべる笑顔だった。


 「私も伊織さんのことが好きです。私で良ければ、喜んで」


 青い光を反射した異例な瞳が閉じられる。やることは一つなので、周囲の目を若干意識しつつ、自分の唇を彼女の唇に重ねた。

 ちょっとまだ、現実感とやらは追いついて無かった。


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