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第4話 アイスの実な彼女1

 土曜日。一週間で最も精神が安定していることで有名だった曜日だが、よくよく直近を振り返るとこの曜日の精神が最も安定しておらず、その名声は地に堕ちたと言っても過言ではない。勝手に堕とすな。


 本日は意中の相手から誘われた水族館デートの日でございます。この約束の存在に、我が頭脳は今週無駄にフル稼働をし続けた。仕事中もふとした瞬間考えちゃうもんね。上司から心配されて申し訳なかったよね。

 だって、だってですよ? 脈が無いと思っていた相手が脈がありそうなムーブをしてきた時、人類はどう振る舞えばいいというのだ? そんな壮大な話ではない。

 正直落ち着こうにも落ち着けるわけが無かったので、目一杯この日に向けて気持ちを整えてきた。最早出陣を控えた武士の心構えだった。


 九月も下旬になると、夏は最早過ぎ去りしもの、着るものに少し困り始める時期だ。というより、前回のドライブデートで着ていたジャケットが丁度良い時期で、やはり俺のファッションセンスは雑魚すぎる。今日は白のトレーナーに黒のチノという、まあ基本白黒青を使っておけば問題無いでしょ?という一般オタクの一般人偽装ファッションである。持っている黒のチノがよれていたので、昨日金曜に有休を消化しユニクロで新しい黒チノを新調したのであった。黒チノとかいうアンパンマンの顔並みにリピートされるアイテム。

 そして本日も親父のセダンを拝借している。父は相変わらずの二つ返事であった。

デミオでも別に良いのだけど、見栄えをよくしたいという虚栄心と、あとは普通にお高い車でドライブする喜びに気付いてしまった。アメイジングをエクスペリエンスしてしまったのだ……。ごめん……デミオ……!

 

 十三時五十五分、一か月ほど前に訪れた西駅の裏に再び到着。紗希さんは既に待っておられた。今日の紗希さんは割とカジュアルな感じで、上は黒のパーカーに、下は鮮やかなオレンジのロングスカートと黒スニーカーだった。お洒落。可愛い。怖い。お洒落な人、怖い。車から降りて、挨拶がてら助手席のドアを開ける。こなれた感、出していけ。

 「こんにちは、遅くなってすいません」

 「いえ、丁度着いたところなので。……失礼します」

 前回そういえば勘違いして手を取っちゃったなぁとか思い出していると、紗希さんが明らかに左手を差し出している。ついでにちらりとこちらに視線を向けてくる。ならば役得、これならば勘違いということもあるまいと、紗希さんが座るまでしっかりと右手で握り返す。私の脈拍が十あがった。テッテレー。いやもうこれ好きやん? 手を差し出されただけで好きと勘違いする、あると思います。やめてくれ、スキンシップは喪男にきく。やめてくれ。

 運転席に戻りカーナビをセットしつつ、聞きたかったことを聞いた。

 「水族館、行きたかったんですか?」

 ぶっちゃけ『何で水族館なんですか?』、もっと言えば『俺って脈ありですか?』と聞きたかったけど、そんな聞き方をすれば雰囲気が秒で終わることが事前のシミュレーションで判明したのでやめておく。というかシミュレーションするまでも無い。

 「そうですね。そういえば、しばらく行って無いなと思って」

 その相手に俺を選ぶってことは……そういうことですか!?って聞きたいんだけど、それをすると以下略。

 「自分もしばらく行って無いなぁ。三年ぶりぐらいですね」

 「ああ、私もそれぐらいだと思います。沖縄に旅行に言った時ですね」

 「ああ、美ら海ですか? いいですよねあそこ」

 「そうです。伊織さんも行かれたんですね。癒されました」

 という感じで順調に会話が滑り出し、『久しぶりに水族館に行きたくなったので誘った』以上の情報は得られないまま、相変わらず会話したり沈黙したりしながら、水族館までのドライブを楽しむ。

 久しぶりに行きたくなったならわざわざどうでもいい奴を誘って水族館に行こうとはならんはずで、いよいよこれって脈あるんじゃないのかしら。まだ知り合って二ヶ月経ってないとはいえ、お互いにお互い人となりはある程度掴んでいるはず。その上でまだ誘ってくれるということは、いよいよ最終段階に進んでいるのではなかろうか……? これ、もうウィニングランなのでは? ここからの逆転劇というのは、ここから彼女の地雷を踏み抜くとか、そういうレベルな気がしてならない。しかし、それを考えると舞い上がる要素なんて一ミリも無く、むしろ妙な緊張感が生まれてくる。やめてよね……俺は純粋に水族館を楽しむぞ。楽しむんだ。集中しろ俺。こんな美人が横にいて? リアリィ?


 シャチを見て、イルカを見て、ベルーガを見て。Youtubeで見て和んでた動物達をいざ目の前で見ると、やっぱりデカいなとか、生きてんなーとか、何とも言えない、けれど確かに何か特別なものを感じる。ライブ感というか。感想が小学生以下すぎる。

 館内は青色基調で、こんな空間に入ることもそうそう無い。生き物に癒されるのもそうだけど、この非日常感が好きという人も多いんじゃないだろうか。思えば、子供の時は水族館のことを決して大好きというわけではなかった。魚類可愛いなぁ、ぐらいだろうか。大人になり、現実に塗れてようやく、水族館のありがたみみたいなものが理解出来るようになった気もする。水族館に限らず、休日にどこか出かけるというのは、大半の人類が長い時間直面しなければならない『労働』という現実に対しての羽休めであり、すなわち精神の休息だ。よって労働は悪、と言いたいところだけど、今こうして休日を謳歌出来るのも経済活動の結果なので、今日はこのぐらいにしといてやるよ(?)。なんて馬鹿みたいなことでも考えていないと、自分の横に立つ女性の魔力に全部持っていかれる。結構頑張って集中しているよ私? いや脳内モノローグではなく目の前の魚に集中しろ俺。


 「紗希さんって、あんまり自撮りしないですよね」

 「するタイプに見えます?」

 「まあ……紗希さんのことをある程度知った今、するタイプには思わないんですけど、するタイプに見えはしますよ」

 紗希さんは気に入った生き物がいれば静かにぱしゃりとしている感じだった。なのでそのことに言及しようとしたらクソみたいな発言が出てきたってワケ。馬鹿野郎が。

 「まあ……そうかもしれませんね」

 「……紗希さん、気になってたんですけど……――」

 「……気になってたのなら、聞けば?」

 この聞き方とか、現実の人から出てくるものなのか? 樋口円香だったらええよ、ゲームのキャラやもん。なのに何で現実の人でこんな言い方して違和感無いんですか? 好き。

 「……そうですね。不快だったらすいません、紗希さんってご自身の容姿に関して言及されると、結構嫌がられてますよね?」

 紗希さんは目の前のくらげをつまらなそうに見ていた。いつもつまらなそうな表情をしているし、つまらなそうな言い方をするけど、必ずしもそうじゃないというのは知っている。紗希さんをどの程度理解出来ているかは分からないけど、少なくとも見て取れる態度がそのまま彼女の内心ではないことは分かっている。その上でこれがどういった態度なのかは分からないけど。それでも、ただただつまらなくて不快、というわけではない……と思う。多分。そう信じてる。信じないと俺の心が壊れる。狂信者になれ。喋りたいことが続けて出てきたので、喋る。

 「前に、過去のことを話してくれたじゃないですか。それが紗希さんの自己評価に影響を及ぼしてるんだろうな、とは思うんですけど」

 以前の彼氏に『お前は顔だけだ』みたいなことを言われて、それが棘として残った結果、紗希さんの恋人としての自己評価がかなり下がったという話。ただ、それだけでこんなに綺麗な人がここまで自己評価を下げるものなのか? 俺だったらならないと思うんだよなぁ。もうちょっとだけここの周りの話を知りたい。だから、もっと言葉を続ける。異性としてというより、もっと水上紗希という人間のことが知りたかった。

 「……すっごい嫌味に聞こえる質問するんですけど」

 「はい」

 「紗希さん、ご自身の容姿のことと、それを踏まえてのご自身のこと、どう思われてるんですか?」

 「……また、何ていうか……凄いこと聞いてきますね」

 分かる。めっちゃ踏み入った質問だなって思う。正直キモいよね、分かる。でも知りたいんだもん。ていうか、ここを知らずしてこの人と付き合いたくないし。今の反応は樋口っぽくないなとか考えてる俺は本当にキモいと思うよ。でも、白状すると、結局のところ俺は自身に対してなんだかんだ一定の自信がある。キモいし、陰キャでキモオタだけど、だからこそ人の感情に対しては比較的敏感……主にネガティブ方面だが。社会人になって、どんな相手だろうが、張らなきゃいけない時は張らなきゃいけないというクソ度胸みたいなのも覚えてしまった。自分は自身が雑魚であることを承知しているけど、客観的に見て必ずしもそうじゃないことも覚えたし、大人になり自分のマイナスな面とプラスな面をある程度過不足なく認識することも出来るようになった。そうやって、主に会社でだけど人とやり合えるようになるにつれ、自信が付いていく。自分はクソオタクで、紗希さんと高校で出会ってたとしたら絶対何も無かったけど、今では紗希さんの横を平然を装って歩くことも出来る。そして、嫌われるリスクを視野に入れつつ、より適切に自分と相手との相性を見極めるべく、問いを発することも出来るようになった。そう考えると、大人になったのも悪くはない。

 なんて、脳内で自分語りを出来る程の沈黙の後、紗希さんは静かに、いつも通りに口を開く。

 「そうですね。多分、世間一般で見たら比較的綺麗な方の顔なんじゃないですか」

 「はい」

 「なので……いや、違うか。……まぁでも、……。まあ、もっとうまく生きることが良かったのに、とは常々思ってます」

 暗く幻想的な空間の中で、紗希さんの表情は少しだけ寂しそうだった。そのまま彼女は思索の海に沈んでいく。少し立つのに疲れたのと、彼女とゆっくり話が出来ないかなと思ったら、そういえばちょうど良い場所があったな。

 「最後に、もう一回最初らへんにあった水中観覧席に行きませんか?」

 「……いいですよ」

 隣を歩く紗希さんとの距離はまさに小指の差ほどで、それは彼女から俺への信頼度の高さのように思えて、少し嬉しかった。


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