表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/31

第4話 とある夏の日の夏陽家

 夕飯前。部活で掻いた汗を流すために風呂へ入る。

 脱衣所で服を脱ぎ、シャワーを浴びていざ湯船ヘ。

 ……入れるわけがない。

 片足の指先をチャポンと、湯船に入れてすぐに引き戻す。

 ついさっきまでここにはフユが入っていた。

 意識したくなくても、無意識に意識してしまう。


「……沈まれ俺の中の何か」


 その場でしゃがみ込み、心をどうにか落ち着かせようと図る。

 けれど頭に浮かぶのは、さっきの下着姿のフユのことばかり。

 あんなあられもない姿だった女の子が、さっきまでここにいた。

 それもあの白い下着すらも脱いで。

 確かに地味とは言ったけど、別にそれが悪いとも言っていない。


 むしろちゃんと似合ってた。

 似合ったうえでの地味という評価。

 でもそれはフユに魅力がないわけじゃない。

 逆なんだ。フユが着ると地味な下着すらも魅力的に感じる。

 そう言いたかったのに。


「俺のバカ。なんで本人を前にすると一歩引き下がるんだよ」


 いつもなら踏み込んで話せるはずなのに。

 こと話題が少しでも恋愛や女性的魅力の話になると、途端に口下手になる。

 それも相手がフユの時に限って。


「全中の決勝でも。ここまで緊張したことないぞ」


   ***


 風呂から出ると買い物に出掛けていた母さんが帰宅していた。

 キッチンには母さんと並んで立つ、フユの姿が。

 本人は料理が苦手だと言ってるけど、実際は普通に上手い。

 比べる対象があの母親の時点で、基準点が高すぎるだけだ。

 にしても、エプロン女子ってやっぱり悪くないな。


「ハル。アンタ、女の子もいるのになんて格好してるんだい」

「別に気にしないだろ。さっきまでフユも上下下着姿だったし」


 俺は今、パンツ一丁に肩にタオルを掛けた状態。

 一方でフユは学校の白い体操着に短パン姿。


「そうですよ、叔母さん。ハルの裸なら見慣れてますし」

「お前、学校でそのこと絶対に誰にも言うなよ」


 そんなこと知られたら俺は相当、秋月フユファンに恨まれることになる。

 それだけならまだいいが、闇討ちなんかされたらうっかり大会出場停止だ。

 襲われた場合、俺も黙っているつもりはないし。喧嘩なら昔から得意分野だ。


「いつも思うけど、アンタら相変わらず変な関係だね」


 揚げ物を作りながら、呆れ顔をする母親。

 俺的には是非、『アンタらの所為だ‼』と叫びたい気分だった。

 でも俺と同じ立場にいるフユは。


「私とハルの関係なんて単純ですよ」


 油がパチパチと弾けるキッチンから聞こえた声。

 それは少しも照れた様子などなく、平然と言ってのける。


「生涯のバスケ仲間です」


 その声を聞いた俺は床に倒れ込む。

 目線は少し上。ソファーの上へ向けられていた。

 そこで太々しく寝転がるロウ。

 俺は自身の愛犬に尋ねる。


「……生涯のバスケ仲間だってさ。喜ぶべきだと思うか?」


 俺の問いかけにロウは反応しない。

 相変わらず俺には冷たい反応だ。

 これがフユなら一目散に駆け寄ってくるのに。

 散歩と飯の時ばかりいい顔をして、それ以外は無反応。

 本当に大したツンデレ犬だ。

 もしくは俺を下に見てるだけかもしれないけど。


   ***


 夕飯を終え、宿題も適当に終わらせた後。

 22時過ぎ。俺がいつも寝ている時間帯だ。

 そしてそれはフユも同様である。

 二人揃って朝は早いため、早寝早起きを心掛けている。

 でも俺は今日、そのマイルールを破りそうだ。


「そろそろ寝ましょうか」

「……電気、消すぞ」


 リモコンを使い、ピッと電気を消す。

 俺の部屋の狭いベッドの上。

 そこに寝るのは俺とフユの二人。

 子供の時、フユが泊まりに来た頃と同じ状態だ。

 ただ一つ。俺たちが成長していることを除けば。


「なんて無防備なやつなんだか」


 しばらくして隣から聞こえてきた寝息。

 フユの方へ寝返りを打てば、涎を垂らして眠る姿が。

 学校にいる誰もが、こんな姿のフユを知らないのだろう。

 いつもキッチリとしていて、女バスでは厳しいながらも優しいキャプテン。

 成績だって優秀で。まさに非の打ち所の無い優等生というやつだ。

 バスケしかない俺とは対照的である。


 そんな子がだよ。そんな子が今、俺の隣で無防備に眠りについている。

 男として喜ぶべきか。危機感を持つべきかわからなくなる。

 少しでも好意があれば、こんな風に眠れるわけがない。

 ……そう、俺みたいに。


 どうしよう‼ 明日も朝から朝練なのに‼ 全然眠れそうにない‼

 またフユと1on1をする約束もしてるのに、このままだと寝不足で明らかに負ける。初めて負け越す――それだけは絶対に嫌だ‼ 俺はあくまでもフユと対等の関係でありたいんだ‼


 八月の終わりに心を乱し続ける俺。

 そんな俺に追い打ちを掛けるように。


「……ッ」


 フユが俺の小柄な体をギュッと抱きしめてきた。

 そういえば寝る時はいつも、ぬいぐるみを抱いて寝てるんだよな。

 もしかして今、俺はその代わ――じっくり考えてる余裕なんてありゃしない‼

 フユは一見するとスレンダーだ。でも実際はそれなりに程良い肉付きをしてる。

 だから抱きしめられただけで、柔らかいわ。いい匂いはするわ。ドキドキが止まらない。


「……少しぐらい意識しろよ」


 フユの温もりを感じながら、俺は負け惜しみのように呟いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ