第4話 とある夏の日の夏陽家
夕飯前。部活で掻いた汗を流すために風呂へ入る。
脱衣所で服を脱ぎ、シャワーを浴びていざ湯船ヘ。
……入れるわけがない。
片足の指先をチャポンと、湯船に入れてすぐに引き戻す。
ついさっきまでここにはフユが入っていた。
意識したくなくても、無意識に意識してしまう。
「……沈まれ俺の中の何か」
その場でしゃがみ込み、心をどうにか落ち着かせようと図る。
けれど頭に浮かぶのは、さっきの下着姿のフユのことばかり。
あんなあられもない姿だった女の子が、さっきまでここにいた。
それもあの白い下着すらも脱いで。
確かに地味とは言ったけど、別にそれが悪いとも言っていない。
むしろちゃんと似合ってた。
似合ったうえでの地味という評価。
でもそれはフユに魅力がないわけじゃない。
逆なんだ。フユが着ると地味な下着すらも魅力的に感じる。
そう言いたかったのに。
「俺のバカ。なんで本人を前にすると一歩引き下がるんだよ」
いつもなら踏み込んで話せるはずなのに。
こと話題が少しでも恋愛や女性的魅力の話になると、途端に口下手になる。
それも相手がフユの時に限って。
「全中の決勝でも。ここまで緊張したことないぞ」
***
風呂から出ると買い物に出掛けていた母さんが帰宅していた。
キッチンには母さんと並んで立つ、フユの姿が。
本人は料理が苦手だと言ってるけど、実際は普通に上手い。
比べる対象があの母親の時点で、基準点が高すぎるだけだ。
にしても、エプロン女子ってやっぱり悪くないな。
「ハル。アンタ、女の子もいるのになんて格好してるんだい」
「別に気にしないだろ。さっきまでフユも上下下着姿だったし」
俺は今、パンツ一丁に肩にタオルを掛けた状態。
一方でフユは学校の白い体操着に短パン姿。
「そうですよ、叔母さん。ハルの裸なら見慣れてますし」
「お前、学校でそのこと絶対に誰にも言うなよ」
そんなこと知られたら俺は相当、秋月フユファンに恨まれることになる。
それだけならまだいいが、闇討ちなんかされたらうっかり大会出場停止だ。
襲われた場合、俺も黙っているつもりはないし。喧嘩なら昔から得意分野だ。
「いつも思うけど、アンタら相変わらず変な関係だね」
揚げ物を作りながら、呆れ顔をする母親。
俺的には是非、『アンタらの所為だ‼』と叫びたい気分だった。
でも俺と同じ立場にいるフユは。
「私とハルの関係なんて単純ですよ」
油がパチパチと弾けるキッチンから聞こえた声。
それは少しも照れた様子などなく、平然と言ってのける。
「生涯のバスケ仲間です」
その声を聞いた俺は床に倒れ込む。
目線は少し上。ソファーの上へ向けられていた。
そこで太々しく寝転がるロウ。
俺は自身の愛犬に尋ねる。
「……生涯のバスケ仲間だってさ。喜ぶべきだと思うか?」
俺の問いかけにロウは反応しない。
相変わらず俺には冷たい反応だ。
これがフユなら一目散に駆け寄ってくるのに。
散歩と飯の時ばかりいい顔をして、それ以外は無反応。
本当に大したツンデレ犬だ。
もしくは俺を下に見てるだけかもしれないけど。
***
夕飯を終え、宿題も適当に終わらせた後。
22時過ぎ。俺がいつも寝ている時間帯だ。
そしてそれはフユも同様である。
二人揃って朝は早いため、早寝早起きを心掛けている。
でも俺は今日、そのマイルールを破りそうだ。
「そろそろ寝ましょうか」
「……電気、消すぞ」
リモコンを使い、ピッと電気を消す。
俺の部屋の狭いベッドの上。
そこに寝るのは俺とフユの二人。
子供の時、フユが泊まりに来た頃と同じ状態だ。
ただ一つ。俺たちが成長していることを除けば。
「なんて無防備なやつなんだか」
しばらくして隣から聞こえてきた寝息。
フユの方へ寝返りを打てば、涎を垂らして眠る姿が。
学校にいる誰もが、こんな姿のフユを知らないのだろう。
いつもキッチリとしていて、女バスでは厳しいながらも優しいキャプテン。
成績だって優秀で。まさに非の打ち所の無い優等生というやつだ。
バスケしかない俺とは対照的である。
そんな子がだよ。そんな子が今、俺の隣で無防備に眠りについている。
男として喜ぶべきか。危機感を持つべきかわからなくなる。
少しでも好意があれば、こんな風に眠れるわけがない。
……そう、俺みたいに。
どうしよう‼ 明日も朝から朝練なのに‼ 全然眠れそうにない‼
またフユと1on1をする約束もしてるのに、このままだと寝不足で明らかに負ける。初めて負け越す――それだけは絶対に嫌だ‼ 俺はあくまでもフユと対等の関係でありたいんだ‼
八月の終わりに心を乱し続ける俺。
そんな俺に追い打ちを掛けるように。
「……ッ」
フユが俺の小柄な体をギュッと抱きしめてきた。
そういえば寝る時はいつも、ぬいぐるみを抱いて寝てるんだよな。
もしかして今、俺はその代わ――じっくり考えてる余裕なんてありゃしない‼
フユは一見するとスレンダーだ。でも実際はそれなりに程良い肉付きをしてる。
だから抱きしめられただけで、柔らかいわ。いい匂いはするわ。ドキドキが止まらない。
「……少しぐらい意識しろよ」
フユの温もりを感じながら、俺は負け惜しみのように呟いた。