第30話 マーク変更
第1クオーターが終わってこの試合初めてのインターバル。
得点は25―21。ウチが4点ほど勝っているわけだけど。
「2回目のファウルは仕方がないとする。だが1回目のファウル、あれはいただけない」
ベンチに座って水分補給をする俺に対して、冷たく監督が言い放つ。
言われなくても自分でもわかってる。我ながら最悪のプレーをしたって。
頭に血が上ってあの爽やかガードを追いかけたつもりが、停止していたあいつにタックルをかますようなプレーになったこと。それでファウルを取られるなんて、悔やんでも悔やみきれない。しかも俺の性格と体型を加味した作戦だった。
身長120センチ程度の俺の重さはたかが知れている。
しかも相手は170センチ。それも日夜厳しいトレーニングをしている永玲レギュラー。その程度のタックルで怪我をすることなど、まずありえない。それを考えたうえでのあのプレー。俺に敗北感を抱かせるだけでなく、ファウルを取りに来るなんて。どんなバスケ頭脳だよ。
「これ以上はもう言わなくてもお前自身わかっているはずだ。だからもう何も言わない」
「ウッス」
俺の返事を聞いて、監督が短いミーティングを開始する。
けれど俺の頭の中には、さっきの抜かれた時のイメージが根強く記憶に焼き付いていた。まさか冷の巨大な体をあんな風に使ってくるとは、もしかしたらあのチームで一番面倒なプレイヤーはあのガードかもしれない。しかも潰すべき人間をちゃんとよく理解してる。
ウチのチームにはたぶん、俺以上のシューターはいない。
夏休み終盤に混ざった高等部の練習で理解したけど、高等部には成功率8割以上のシューターがいないんだ。仮に俺がコートから追い出された場合、その時点で4点差なんてあっという間にひっくり返される。だから俺が5ファウルで退場するわけにはいかない。
何よりも全国クラスのチームで、全国レベルの相手と戦えるなんて勉強にもなる。
少なくても冷の体をああいう風に使うなんて、今の俺からはまだ出ない発想だ。
それに――
「夏陽、マークの変更だ。お前はシューティングガードにつけ」
「了解。確かに冷よりもあっちを止める方が先決だからな」
永玲のシューティングガード――村街作。
悪いけど、あれを止めるのは俺が適任だ。このチームであれを止められるのは他には巨人ぐらい。でもあいつにはゴール下を護ってもらわないといけない。冷との勝負に拘りたい自分もいるけど、その前にチームが負けたら意味がない。親父の作戦はそれを考えたものだ。それに俺と冷のマッチアップで既に6点決められている。今の状態だと、マークを変えられても不思議じゃない。
「悪いけど、アンタにゴール下は全部任せるぞ」
「最初からそのつもりだ。1対2、あの中学生とも戦いたかったから丁度いい」
俺は他の選手を挟んで一番右側に座る巨人と会話をした。
その表情はいつもと同じあまり変化が見られない真顔。
だけど明らかに声音だけは高揚感に溢れている。
「お前はお前の仕事を全うしろ。3年後にはウチのエースなんだからな」
巨人のその言葉を聞いた時、心臓が激しく鼓動するのを感じた。
口元は思わず綻びそうになって……やばい、ニヤけてくる。
「アンタに言われるまでもないさ。それよりもこっちのことは任せろ」
今回の第1クオーターでの永玲の21得点。
そのうち6点は冷の得点。
ゴリラはリバウンドからダンクを決めて2点。
爽やかガードもペネトレートで2点。
そして残りは全部、あのシューティングガード。
第1クオーターだけで11得点。
そんなに繊細なプレイヤーには見えないけど、思った以上にスリーポイントが決まる。
そのうえ、強引に中へ入って行くスタイルも確立してる。
きっと、あれが俺の目指す完成形だ。
「よし、行くぞ」
インターバルが終わり、コールが掛かる。
全員が水分補給を終わらせてまたコートヘ戻って行く。
俺も最後に一口だけ水分補給をして、慌てて追いかけようとした。
すると後ろから小さな声で――
「頑張れ」
確かにその声が聞こえていた。
俺はそれに対して軽く右手を上げて、コートにいる新しい敵を見据えて呟く。
「任せろ」
***
「あのマネージャー可愛いな。お前の彼女か?」
「黙れ。俺はアンタをさっさとぶっ倒して冷との勝負に戻る」
「ハハハ。さてはお前、俺のことを舐めてるな」
「そんなことねぇよ。その証拠に……」
俺は相手のシューティングガード――村街作のマークを躱し、外でボールを受け取る。
大概の人間から見れば、絶好のシュートチャンス。
でも俺は敢えてそのボールを近くにいた司ヘ投げる。
理由は――
「今はまだアンタと勝負する気にならない」
「なるほど。第1クオーターとは違って、意外と冷静じゃないか」
俺のシュートコースを塞ぐように立つ2メートル近い巨体。
身長は冷やゴリラほどじゃないけど、異質さは明らかにそれ以上で。
今、仮にジャンプで高さを稼いだとしても明らかに止められていた。
俺の野生――本能が瞬時にそれを理解したんだ。
「ここからは簡単に点が取れると思うなよ」
「心配するな。ユキちゃん曰く、お前が俺をマークしているだけで仕事はできてる」
「ユキちゃん? それよりも一体何を言って――」
パン‼ と乾いた音が体育館に響いた。
その音に目を向けてみれば、ゴール下。
俺の代わりに冷の相手をするウチの3年生。
けれどそこには、軽々と冷にボールを弾かれる姿があった。
それも俺なら、躱すこともできたはずのブロックで。
「俺の不気味さが、お前を縛りつける」
不気味男がそれだけ言い残して駆け出す。
ボールは爽やかガードに渡り、即座にダッシュをしていた不気味男に渡る。
俺は不気味男を追いかけた。だけどスタートダッシュと足の歩幅。
その少しの差が災いし、追いついたのは不気味男がスリーポイントラインギリギリでストップ&ジャンプシュートを放った直後。タッチの差で俺はボールに触れるどころか、相手にプレッシャーを与えることもできなかった。
ボールは静かにネットを揺らした。
試合再開早々、相手からボールを奪い作り出したチャンス。
それはカウンターにより1点差にされ、さらに相手の流れを作る演出にもなった。
厳密には俺がそういう流れを作り出させてしまった。
これじゃあ親父がなんのために俺をこいつのマークにしたのか、わからない。
だとしても――
「お前は俺を不気味だと感じているかもしれないが、俺も同じだよ。この状況で笑えているお前が不気味で仕方がない」




