第29話 第1の奇策
「いいのかい? 水川先輩に付くのが彼で? 君の方が適任じゃないかな?」
「ウチの相棒を舐めんなよ。あれでも俺の次にすごい選手なんだ」
ゴール下を固めるセンターの二人。
その近くで俺と冷は会話を交わしていた。
「ふ~ん。君が認めるほどの選手か……でも今はまだ勝てないと思うよ」
「何を根拠にそんなこと――」
「だってあの先輩、性格が悪いからさ」
直後だった。視界の端で何かが宙を舞う光景が見えた。
それも物凄く大きな何かが。
さらに俺と冷の上を通って何かが飛んでいく。
それがボールだと気づいたのは――
「ウホッ‼」
大声とゴールが揺れる音が聞こえた直後だった。
***
「すまない。まさかあの場面で向こうもアリウープを使ってくるとは……」
「気にするな。それよりも気をつけろよ。冷曰くあのガード、性格が悪いらしいからな」
「それなら安心しろ。俺も性格の悪さには定評がある」
ゴール下にいた司からボールを受け取り、俺は笑って答えた。
「奇遇だな。俺も性格の悪さには定評があるんだ」
ボールを受け取った直後、俺はすかさずシュートを放った。
本当は初っ端に放つはずだった超ロングシュートを。
「これで3点差だ」
ノータッチでネットを潜ったボール。
それは静かに床へ落ち、数回のバウンドののち壁へ激突した。
近くには巨人のスイッチに阻まれて、俺に近づけなかった冷の姿が。
「相棒の尻拭いは相棒の仕事だ。こいつが勝てるまで俺が尻拭いしてやるよ」
「僕を相手に本当にそんなプレーができると?」
「当然だ。壁が1枚あればこの通――」
「夏陽。そろそろ俺もシュートを決めたいんだが?」
「早すぎだろ‼ アンタは一生、あのゴリラの相手でも――」
「シュートが打ちたい」
「だから――」
「シュート」
「……わかったよ。次はできるだけパスを回す」
巨人の妙な圧力に俺は思わず屈した。
無口で必要なことしか喋らない男。
そいつからシュートを奪ったら後が怖い。
まあここまで全得点、俺の得点だし別にいいか。
それよりも問題は――
「頼りにしてるぜ、司。お前はお前の仕事を全うすればいいんだ」
そう言って俺は守備のために駆け出す。
少しでも司の負担を減らす方法は一つ。
それは司とあの爽やかガードの1on1を作らないこと。
できればそうなる前に止めることだ。まあこれが一番難しいんだけど。
なぜなら――
「ボールを寄越せ‼」
俺の眼前でパスを受けた冷。
けれど冷は冷静に周囲の様子を窺っていた。
理由は明白、俺がディフェンスの時点で慌てる必要がないから。
そして仮に誰かが俺のヘルプに来た場合、確実に一人がフリーになる。
そういう状況を作らないためにも、俺の場所には誰もヘルプを寄越さないことを試合前に決めた。ドリブルさえ開始させれば、俺なら取れるチャンスも少なくないから。……まあ監督が考えたことだけど。仮にパスを出さなかったとしても、バイオレーションを取られるのは向こうだし。
それにしてもやっぱり、俺と冷のミスマッチを利用してきたか。
まあゴール下で使って来ない辺り、ある程度ジャンプ力を警戒されてるみたいだけど。
「流石は全国常連。ミスマッチを突くのはお手のものだな」
「相手の最も弱い部分を突くのは勝負の基本。それに君は一つ、大きな勘違いをしてる」
「へぇ~。面白いこと言うな。俺が一体何を勘違い――」
「ミスマッチは君だけじゃないってことさ」
冷がボールを投げる。それもノールックで後ろに。
でも正面に立つ俺から見る限り、そこには誰もいなかった。
それなのに冷は静かに走り出す。
一瞬、俺の脳裏に浮かんだのは冷のプレーミス。
でもすぐに俺はその考えを振り払った。
だって相手はあの小木冷なのだから。
単純なプレーミスなど、あるわけがない。
「一体何の――」
何の真似だ。
そう言おうとした時、尋ねるよりも先にもう答えは目の前にあった。
冷の手から離れたはずのボール。それが駆けこんできた爽やかガードの手に収まり、一瞬にしてドリブルで俺のことを抜き去ったからだ。
油断してなかったと言えば嘘になる。
それでもこんなにあっさりと抜かれるとは。
しかも今、冷はフリーのはずだ。
これもある意味、スイッチだ。
強引に俺のマークを冷から爽やかガードに変えられ、しかも平然と俺を抜いてみせた。
こんな躱し方があるなんて。きっとこの戦法を考えたのはあのガードだ。なんて考え方だよ。きっとあいつの存在に気づけなかったのは俺だけだ。他のやつからは見えていたはず。冷の大きな体の使い方が上手すぎる。完全に俺を嵌める専用の連携だ。他のやつ相手ならまず使えない。いくら冷よりも背が低いとはいえ、ある程度身長があれば、後ろにいるガードの動きは見えるはずだから。
俺を抜いて冷もフリーにできる。
しかも抜かれたのは完全に俺のミスだ。
「ふざけんな‼」
気づけば俺はスタミナのことも考えずに駆け出していた。
すぐに頭に血が上るのは俺の悪いクセ。
そして冷静にプレーしていれば、気づけたはずだ。
賢いやつなら、それを平然と利用してくることも。
「白10番‼ チャージング‼」
長い審判の笛の後。そう告げる審判の声が俺の両耳の鼓膜を強く叩いた。




