第28話 先制攻撃
コート上の中央。サークルの真上にゴリラと巨人が立つ。
てっきりジャンプボールは冷が出るものかと思っていたけど。
「いいのか? そんなに俺に張り付いていても」
「君の考えは読めてるよ。ボールを受け取り、すぐにスリーポイントシュート。それで流れを掴むつもりなんだろう?」
「さあな。何のことだかさっぱりだ」
俺はワザとらしく惚けたフリをする。
冷の言った通りだ。それが親父の考えた作戦。
何としても先制攻撃はウチがもぎ取れ。
そういう指示が出ている。
だから俺には特別に――
『行けると思ったら、最初のシュートは超ロングシュートを打て』
そういう指示も出されている。
本当、相手の嫌がるプレーが好きだよな。
開戦と同時にあのシュートを受けると、それなりの精神ダメージも与えられる。
それをよく考えたうえでの指示だ。
デジタルスコアボードがカウントダウンを始める。
もうすぐ今年最後の面白い試合が始まる。
どこまで行けるのか。どこまでやれるのか。
自分に対する疑問は止まらない。
コート上にいる全員が、それぞれの思いで試合の開始を待ち望む。
そしてコート上にブザーが響き渡り、同時にボールが空高く放り投げられる。
俺はそれを見て、すぐに行動を開始した。
親父の指示は相手の心を最初に傷つけるための指示。
だけど目的がそれなら、簡単に達成する方法が他にないわけじゃない。
視界の端で巨人がボールを弾くのが見えた。
弾かれたボールを手にしたのは司。
あいつなら、ゲームの組み立ても安心して任せられる。
それに確信してるんだ。あいつなら俺と思考が共有できてるって。
「ちゃんとついて来いよ」
俺は素早くフロントコートヘ駆け出す。
それに続くように冷が巨体を動かして追いかけてくる。
だけど俺と冷の差は一向に縮まらない。
後ろから聞こえる足音は一定の距離がある。
流石の冷も試合開始早々、フルスロットルでは走れないらしい。
きっと相手チームの誰もがある予想をしていたはずだ。
間違いなく、俺の超ロングシュートを狙ってくると。
だけどその考えは大きな間違え。
「この方が精神的苦痛になるだろ」
俺はフリースローラインから思い切りジャンプする。
俺が足を踏み切ったのとほぼ同時、ゴールに向かってボールが放たれていた。
でもこれはシュートじゃない。
眼前に現れたボールは司から俺へのパスだ。
試合開始直後、僅か120センチしかない選手からのアリウープ。
スリーポイントよりもこっちの方が衝撃的だろ。
体育館にガシャン‼ という音が響いた。
さらに地面にはバウンドするボール。
会場の誰もが唖然としていた。
まるで何が起きたのかわからない。
だけど海桜の選手たちだけが、ディフェンスのため自陣ヘと戻って行く。
そんな中、俺は冷とのすれ違いざまに声を掛けた。
「これでまず2点差だ」
俺の言葉に冷は何も言わなかった。
見えたのは口元を綻ばせるところ。
そう来なくちゃ面白くないよな。
「――最初から危険な賭けをしたものだ」
自陣コートヘ戻る途中、司がいつもの調子で声を掛けてきた。
その言葉には明らかな不満が伺えて。
「普通ならあんなプレーはしない。俺がパスを出さなかったら跳び損だ」
「それはないだろ。お前なら理解してくれると思ってたからな」
「言っておくが、2回連続でビックリプレーが通用する相手じゃないぞ」
「わかってるさ。それで向こうのオフェンスを止める算段は?」
「愚問だな。ゲームプランを俺が握っている限り、ウチに敗北はありえん」
「それは相変わらず生意気なことで」
そこまでだった。
そこまで会話をして俺と司は別れて行動する。
永玲がボールを入れてきたからだ。
既にこちら側のコートには永玲の全員が侵入していた。
そして今ボールを持っているのは――
「いきなりガード対決かよ」
呟いた時、俺はたぶん笑っていたと思う。
それぐらい今日の司は頼もしかったから。
でも俺の嗅覚が正しければ、相手のポイントガードも曲者だ。
ゴリラと同じ2年生らしいけど、あの爽やかオーラだけじゃないのは間違いない。
2年で永玲のガードを果たせるというのは、それぐらい常人離れした出来事だ。
でもそういう天才なら、こっちにもいるんだよな。
それも向こうより2つも年下のインテリメガネが。
ではでは。俺もリトルフォワードとしての役目を果たすとしますか。
「君が僕の相手をしてくれるのかい?」
「当然だろ。高さでお前に勝てるのは俺だけだ」
コート上の全員がマンツーマンで向かい合っていた。
俺の相手は当然、小木冷。
司の相手はあの爽やかガード――水川水連。
巨人はゴール下でゴリラを抑えてる。
その他もそれぞれ、自分が付くべき相手にびっしりとマークを施していた。
でもだからこそ、俺や司、巨人以外の場所が不安でもあった。
残りの二人のプレイヤー。俺は確かに彼等からも匂いを感じていたから。
それも強いやつが漂わせる『強者の匂い』ってやつを。
「まずは一本‼ 確実に止めます‼」
珍しく司が声を張り上げて、コート上の全員指示を出す。
それに釣られるように俺たちも「おう‼」と声を上げた。
そして遂にガード対決が始まる。




