表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/33

第2話 二人の日常


「母さん~俺のバッシュどこに行ったか――」


 朝5時前。俺が部屋着のTシャツ短パン姿で一階へ降りると。

 そこではとある女の子が朝食を食べていた。

 それも俺の席に並べられた朝食を。


「なんでフユがウチで飯を食べてるんだよ……」

「お母さんが出張でいないのよ。私も料理は苦手だし」


 卵焼きを頬張りながら、フユは事情を説明した。

 それにしたって、なんで我が物顔で俺の席に座ってるの?

 そこが俺の席なのわかってるだろ?

 背が低い俺は座高を調節するため、椅子の上にクッションを置いている。

 それも品質にこだわった超低反発素材のクッションを。


「叔母さんのご飯、相変わらずすっごく美味しいです‼」


 俺の分の朝食を作る母さんに向かい、フユは最大の笑顔で褒めたたえる。

 ウチの母さんの料理なんて、俺からすれば特段美味しいわけじゃないのに。

 むしろ時々、味付けが濃すぎる場合がある。

 きっとフユと母さんは味の好みが似てるんだろう。


「ウチのお母さんとレシピ共有してるんですよね?」

「ツーちゃんは昔からスポーツマン用の料理作りが得意だからね」


 ツーちゃん。それは母がフユの母親を呼ぶときのあだ名らしい。

 ちなみに母さんのあだ名はサンちゃん。

 かつてのウチの女バス――『私立海桜(かいおう)高校の月陽コンビ』といえば、今でも有名だ。


「それよりも母さん、俺のバッシュ」

「母さんが知るわけがないでしょ。全く自分のものぐらいちゃんと管理しなさいよ」

「しょうがないだろ。夏休み明けからずっと使ってなかったんだから」


 ウチの学校は中高一貫校。特にスポーツに力を入れていて、大会終了後も希望次第で練習に参加することができる。また高等部の部活が大会を終えていれば、そのままそちらに合流することも可能だ。だけどバスケ部は冬にウィンターカップ予選を控えているため、俺はまだまだ中等部の練習参加である。ここ数日はずっと休んでいたが。


「全く。宿題もしないで毎日部活に明け暮れてたなんて、女バスの三年皆で笑ったわよ」

「そこは幼馴染としてフォローしろよ。夏休み中に風邪でぶっ倒れてたとか言って」

「無理に決まってるじゃない。だって女バスの全員が夏休み中、毎日体育館にいるアンタを見てたのよ」

「バ、バカ。そのことを母さんの前で――」


 カチッと味噌汁を温めるガスコンロの火が止められた。

 恐る恐るそっちへ視線を向けると、そこには鬼の形相の母さんが。


「アンタ、夏休み後半は図書館に行くって家を出てったよね? それも夏休みの宿題をやるために?」

「そ、それは色々と事情がありましてね。ほら、図書館に行くためには学校の前を通るじゃないですか。そしたら、体育館の方からドリブルする音が聞こえて、気づいたら混ざっていたというか……」


 お玉を右肩に背負い、母さんが怒りのオーラを沸々と湧き上がらせる。

 流石は鬼の司令塔。その凄さは未だに健在らしい。


「アンタは朝ご飯抜き‼ 今月は小遣いもナシ‼」

「そ、そんな~。俺の新しいバッシュ資金が~」


   ***


「余計なことをベラベラと」

「アンタが悪いんでしょ」


 まだ日差しが強い八月下旬の朝6時。

 俺とフユは並んで登校していた。

 すれ違う人達が注目するのはフユばかり、隣を歩く微生物の俺には誰も視線を向けない。相変わらず世の中はなんて不公平なんだ。これでも中学バスケ界だとスターなんだぞ。


「ところで新しいバッシュって言ってたけど。やっぱり続けるのね、バスケ」

「誰も辞めるなんて一言も言ってないだろ。ただ悩んでるだけだ」

「悩むって。アンタ、身長以外は才能の塊じゃない」

「その一番必要な才能がないから悩んでるんだよ」


 フユとは小学二年生ぐらいからの付き合いだが、未だに身長に関する配慮が足りない。

 俺がどれだけ身長を気にしているのか、彼女は何もわかっていないんだ。


「フユはいいよな、背が高くて。俺もそれぐらいあれば、もっと楽に勝てるのに」

「女の子としてはいいことばかりじゃないわよ。小さくて可愛い服は着られないし、外ではなぜか格好いい系の女の子って思われてるし」

「そういえばお前の部屋、可愛い系のぬいぐるみで溢れてるもんな」


 フユは以外と可愛いもの好きだ。

 学校だとあまりその素振りを見せないけど、ウチの母さんとフユの母さんの世間話曰く。毎日、ぬいぐるみを一つ抱きしめて寝ているらしい。


「何? 私がぬいぐるみを集めてたら悪いわけ?」

「別にそうじゃないよ。可愛すぎる趣味だとは思うけど」

「あ、アンタだって‼ バスケ以外だと趣味なんてロウちゃんを弄るぐらいじゃない」

「ペットの犬を構うのはノーカンだろ‼」


 今日も俺とフユは朝から言い合いを続ける。

 相変わらず会えば水と油だ。すぐに喧嘩をしてしまう。

 こんな時間も嫌いではないけど、俺としてはもっと仲良くしたいのに。


「ところでハル。アンタのバッシュだけど――」

「本当にどこに行ったんだろうな。部室もちゃんと探したんだぞ?」


 かなり散らかして、後片付けは全部後輩たちに丸投げしたけど。

 ちなみに各ロッカーから出てきたフユの写真は、ビリビリに破らせてもらった。

 隠し撮りした写真を持ち歩こうなんて真似、俺が絶対に許さない。


「こうなったら当分は上履きで練習かな」

「だからアンタのバッシュ――」

「でも嫌なんだよな、感覚が狂う――」

「人の話を聞きなさいよ‼」


 フユが振り回したバッシュケース。

 それが俺の顔面にちょうど激突した。

 そういえば、フユのシューズケースってこんな色だったけ?

 確かピンク色のエナメル系だったはず。

 それにこの黒いバッシュケースは――


「俺のバッシュケース⁉」


 眼前にあったそれを慌てて抱きしめる。

 ごめんよ、一週間近くも履いてあげられなくて。

 それにしてもなんでフユが持ってたんだ?


「人騒がせなやつよね。アンタに捨てられないよう、私が預かってたのに」

「預かってた?」


 首を捻るしかなかった。

 俺、一度もそんな話聞いてないし。


「アンタのところの後輩に頼んで、アンタのロッカーから出してもらったのよ」

「そんなバカな‼ ウチの部室もそっちのロッカー同様に鍵付き――」

「アンタ、自分が一々鍵を閉めるタイプの人間だと思うわけ?」


 ……それは全然思いませんわ。

 だとしても、おかしな話だ。

 なんでウチの後輩はフユの指示に?


「アンタの所為で私の写真を渡す羽目になったじゃない。なんであんなものが欲しいのか、理解に苦しむけど。まあ元データーは他にあるし、アンタに借りを作るためなら悪くはないもの」


 な、なるほど。だからフユの写真を持ってたのか。

 ごめんね、隠し撮りなんて疑って。

 まあ写真の所持は絶対に許さないんだけど。


「でもアンタがバスケを辞める気がなかったのなら、私の行動も無駄足だったわね」

「そんなことないだろ。少なくても俺は、自分にとってバッシュがどれだけ大切か再確認できた。それに……」


 後輩の中にフユを狙う不届き者がいることも、再確認できたし。

 あいつら、今日から足腰が立たなくなるまでミッチリ鍛えてやる。

 今からメニューを考えるのが楽しみだ。


「それに何よ?」

「……フユには関係ない話だ。それよりも学校まで走ろうぜ」

「嫌よ。急いでもまだ体育館開いてないだろうし」

「久しぶりに俺が1on1すると言っても――」

「何してるのよ、早く行くわよ‼」

「早っ⁉ なんでもうそんなに遠くまで走ってるんだよ‼」


 前方数十メートルと言ったところか。

 そこからフユが笑顔でこちらに手を振っていた。

 確かにフユの相手をするのは数ヶ月ぶりだもんな。

 最後に相手をしたのは、全中の予選が始まる前日。

 結果は10本やって5勝5敗の引き分け。


 昔からフユとはなかなか勝負がつかない。

 バスケでもそれ以外でも。

 いつになったら、勝ち越せるのやら。

 まだ蝉の鳴き止まぬ八月下旬。

 今日も俺たちの関係は変わらない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ