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第20話 小木冷との勝負

 あれから3分が経過して未だに勝負は互角。

 けれど如実に表れている差が確かに存在していた。


「どうしたんだい? もう切り込んでは来ないのかな?」

「ば、バカ言うな。い、インだろうが。アウトだろうが決めてやる」


 顔から流れ落ちる大量の汗。

 口でする呼吸は明らかに乱れていて。

 膝は冗談抜きにガクガクに震えていた。


 ここに来て現れた俺とトーテムポールの大きな差。

 それはスタミナ消費量に関する違いだ。

 俺は既にいつ倒れてもおかしくない状態。

 対してトーテムポールは汗を流しているものの、まだ涼しい顔をしている。

 とても残り3分。俺が満足なプレーをできるとは思えない。

 でも逃げるなんて選択肢が俺にあるはずもない。


 何よりも相手に怯えて何もできないなんて。そんなエースにあるまじき行為、二度とするか。もうあんな――ゴリラとやった1on1みたいな負け方はしたくない。倒れるなら前のめりに。それがエース――男のあるべき姿だと思うから。それにそろそろいい感じだ。奇策を使うならこの辺りが無難だ。


 ドリブルをしながら深呼吸をする。

 昔からバスケをしている時、こういう状況で深呼吸をすると不思議と心が落ち着いた。

 その効果は特に、負けそうな時や相手が強い時に現れやすい。

 たぶん、俺のギアを上げる一種の行為になっているんだと思う。


「ここからはギアを数段上げていくぞ。油断するなよ」

「君が例え小人サイズでも僕は油断なんてしたり――」


 俺はボールを片手で投げた。それもトーテムポールの顔面を通過するボールを。

 一瞬の隙が生まれていた所為だろう。

 普通なら手で防がばいいものを、トーテムポールは反射的にそれを躱していた。

 そして俺は確かに聞いた。ボールがボードに当る音と確かにネットを潜る音を。


「どうして顔面で防がなかったんだ? その時点で俺の負け越しだったのに?」


 俺は両膝に手を突きながら、視線ではトーテムポールを捉えていた。

 その視線の先にいる男の目がギョロリと、俺の小さな体を見ている。


「俺が認める怪物二人なら避けたりしない。瞬時に判断して、顔面でボールを受けていたはずだ。つまりお前はまだその域に達してない、ただのデカブツってことなんだよ。そんなやつが油断してて、俺に勝てるわけがないだろうが。何度でも言うぜ、バスケは身長で全てが決まるゲームじゃない。チビだってやり方次第で体格差なんて埋められるんだよ」


 な~んて粋がってみたけど、トーテムポール――小木冷はすごいやつだ。

 体格差の所為で俺が先にスタミナ切れを起こすのは当然。

 だけどそれを差し引いても、小木の疲労レベルは低い。

 何よりも序盤に見せたあのブロック。

 俺が目を引いたのは、俺の元まで辿り着くそのダッシュ力だ。

 身体能力だけなら、俺が対戦したどのプレイヤーよりも上を行ってる。


 態度もプレースタイルも高身長なのもムカつくけど、ちゃんと名前で呼んでやるよ。

 それで今日中に認めさせてやる。お前のライバルが俺だってことを。


   ***


 それから俺は時間を目一杯使い、1本を小木に止められていた。

 でもその間にだいぶ体力を回復させてもらったおかげで、残り2分ならまだ何とか動ける。その間に負け越した分を清算して、すぐに追加の1本を決める。それが俺の想定する勝利の方程式だ。というかそれしか勝ちの目が浮かばない。


 またスリーポイントラインギリギリから開始された勝負。

 俺はそのまま、ドリブルもすることなく立ち尽くしていた。

 その行動を見て明らかに小木が俺を警戒する。また奇策を打ってくるのではないかと。

 だけど残念、奇策はもうさっきので打ち止めだ。

 それにあんなので勝ったところで何も嬉しくない。


 強いやつには真正面から戦って勝つ。

 それが最も勝率の高い俺の勝ちパターンだ。

 まあそれでも奇策は少し使うわけで。


「今度は避けるなよ」


 そう言いながら、また俺はボールを投げる構えを取った。

 それを見て小木は右手を低い位置に。左手を高い位置に置く。

 俺が本当に投げてきても、ドライブで切り込んで来ても対応できるように。

 1回の失敗ですぐに修正を行ってくる。本当に強いやつっていうのは、それを瞬時に――最低でもそのゲーム中に行えるやつだ。つまりこいつもその領域に立っているわけで。だけど俺はその更に上を行く。


 対策は考えればいくらでもすぐに思いつく。

 なら技の発展はどうすればできる?

 決まってる。そんなの直感と経験を信じるしかない。


 俺は片手に持っていたボールから手を離した。

 けれどそれは放り投げたわけじゃない。

 本当に離したんだ。それも手からワザと落とす形で。


 その光景を見ていた小木や観衆を含め、全員の頭に空白が生じたはずだ。

 でも唯一、俺にとっては予定調和。すぐに弾んだボールを手に納め駆け出す。

 一瞬の空白で隙を生ませた小木の懐へ切り込むために。


 けれどやはり未来の怪物。その空白に襲われながらも、ギリギリのところで俺の前に回り込んでくる。それすらも罠だとは知らずに。

 急に周り込まれたことで俺は少し後ろに下がる。

 小木から見れば当然の行動だったはずだ。

 奇策が潰れて絶体絶命の状況を迎えているんだから。


 ここはボールを奪われないようにするため、一度体勢を立て直そうとする。

 それが咄嗟の判断で動いたやつの頭に浮かぶ単純な思考。

 俺はその思考すらも見越して動いていた。


「なっ……」


 下がったと確信した直後だったんだろう。

 俺は再度インサイドヘ切り込んだ。

 それもさっき切り込んだ以上のスピードで。

 2段構えの速度変化。いつかフユの足を攣れさせた俺の必殺技だ。


 あの時同様、小木も俺の急激な変化について来ようとして足が追い付いていない。

 さらに小木の体格はデカく、自重でバランスを崩した場合――転ぶ。

 俺はコート上に座り込んだ小木を見下ろしながら、シュートを放ち告げる。


「……これでまた振り出しだ」


 ゲーム終了まで残り1分。


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