プロローグ あの日の光景と最後の景色
小学生の頃、母親に連れられてバスケットの試合を見に行ったことがある。
試合会場には母と待ち合わせをしていた母の友人が。
どうやら、その人の娘が出る試合を見るために集まったらしかった。
娘の歳は俺と同い年。
最初は興味もなくスマホゲームに夢中だった俺だが、その手はすぐに止まった。
コート上に立つ十人の選手。その中の一人につい見惚れてしまったからだ。
誰よりも走って、誰よりもシュートを打って、誰よりも楽しそうな女の子。
その姿がすごく格好いいものに見えた。
気づいた時には、無意識にこう思っていた。
自分もあんなふうになりたい、と。
***
「だからってやりすぎだよな。ここまで来ちゃうのは」
中学三年の夏。俺――夏陽ハルはバスケットボールをしていた。
舞台は全中の決勝戦。今年で二年連続の決勝進出だ。
そして今は勝つか負けるかの瀬戸際。
前半から飛ばし過ぎた所為で足腰はガタガタ。
正直もう帰って寝たい。
「……ふう~」
チームメイトが必死に走る中、足を止めて軽く息を吐く。
俺のシュートポジションはコート全体。
そのため前半は厳しかった俺へのマーク。
それが今のガス欠状態を見てかなり緩んでいた。
本来ならすぐにでも交代させるべき状態だと思う。
現に俺が監督ならそうしてる。一方で監督が俺を下げない理由もわかるんだ。
もしもここで俺を下げたら、チャンスが来た時に生かす可能性がグーンと下がる。
だから俺は今、チームメイトに全幅の信頼を寄せていた。
全幅の信頼を寄せて待っていた。その時が来る瞬間を。
得点に目を向ければ、残り3点で追いつかれる。
さらに残り時間はもう10秒しか残されていない。
相手の精神を完全にへし折るなら、ここで3点が必要だ。
6点ならスリーポイント2つ。この状況でそんなこと不可能に近い。
さて、チームメイトはちゃんと俺の悪い思惑を理解しているのやら。
「信頼してるぜ、相棒」
体力切れで意識が朦朧とする中、俺は無意識にシュートフォームに入ろうとしていた。
それも場所は左サイドハーフラインギリギリ。そこで究極の矢を放つ準備をしていた。
膝を柔らかく曲げ、いつものように飛ぶ。
その刹那。パシッと慣れ親しんだものが手に収まった。
縫い目の掛かり具合もバッチリ。一番入る確率が高い位置だ。
これで入らなかったら、全校生徒の前で告白でも何でもしてやるよ。
そうして放ったシュートは、この試合で最も綺麗な弧を描いてゴールを貫いた。
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