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月夜 加筆修正

作者: 霞影 絃音

 去年の夏、「都会に飽きた」と言った友達が田舎に引っ越した。

 ちょうど一年経った今日を見計らってか、「来いよ」と電話越しの提案に対して二つ返事で行く事に決めた。―――その時の約束を恨む事になるとは思いもよらなかった。

 田舎といえど舗装されたコンクリートの地面に、木漏れ日の少ない緩やかな坂道。せめて飲み物が欲しいと周囲を見渡すも、スーパーどころかコンビニ一軒見当たらない。街灯はぽつぽつとあるだけで、大自然から「昼間で良かったな」と言われている気がした。そんな被害妄想を抱いてしまう程、暑さと足の痛み、そして喉の渇きに打ちのめされていた。

 駅から何十分経ったか…、流石に道を間違えていないか不安に思ってスマートフォンを確認する。メッセージには大雑把な道案内が書いてある。「看板を右」――いくら歩いても看板ひとつ見当たらない。

 圏外を示すマークに溜息ひとつ。

救いなのは二日分の着替えと貴重品のみの軽装だということだけ。

 頬を伝う汗がぽたりと落ち、進んでいるとやっと見えた看板を右に曲がる。平坦な道の先に家があるのか?不安に思いながらも事前に指示された通り歩き続けた。

 森の中に入れば涼しい風が露出した肌を名で、微かに聞こえる、重なる葉の音に感じていた不快感が和らいだ。景色が変わり、地面がコンクリートから砂利交じりの土に変わって心が躍る。

 場所を確認するために再度スマートフォンを見ていると、ザザッ……と音を立てて大きな風が吹いた。

 雰囲気が変わったのを直感的に理解し、辺りを見渡せば先刻とは違う光景が目の前に広がっている。広葉樹しかなかった筈だが針葉樹が並び、その先に見えるは日本では見慣れない洋館。誘うかのように洋館への道は草木が避け、土に混ざる土は無くなっていた。

 いくら歩きやすくなった道とはいえ、危機感を覚えた俺は来た道を戻ろうと身を翻す。

「え?」

 驚きから声が漏れ出る。

 来た道は木々に覆われて道という道はない。恐怖から体が上手く動かせずに居ると、背後から中性的な声がした。

「何しに来たの?」

 声の主を捉えようとゆっくり上半身を捻って見てみる。小柄に見えるその姿は華奢で、露出している肌は異様に白い。けれど、病的な程ではなく、ここまで白い肌を見たことが無かった。

 海外モデルのように整った顔立ちの上には、「何しに来たの?」と言われた疑問が渦巻いているように思える。

「い、いや…」

 どう言ったら良いのか分からず、しどろもどろになっていると声を殺して笑われた。

「ああ…、そうか。取って食いやしないから、こっちにおいで。そろそろ夕暮れになってしまうよ」

 もう一度来た道を確認するも状況は変わらない………、と男か女か分からぬ人の後を付いて歩く。行先は遠目からでも分かる洋館で、重厚な扉を開ける姿に別の意味でも驚いた。

「久しぶりの来客だから片付いてない所があるかもしれないけど…」

 片付いていないどこか、陽を差す場所に目線を向ければ埃ひとつ無い。

「綺麗ですよ」

「それなら良かった…、今電気付けてないけど、明るい方が好き?」

「いえ、大丈夫です」

 できれば明るい方が良い。しかし客人の身として我儘を言うわけにはいかなかった。それからというものの、館の中を簡単に案内され、客間と称する部屋に通される。

「飲み物は先に用意してあるから勝手に飲んでね」

 恐怖と驚きから喉が乾いているのを忘れていた。―――嬉しく思い、笑みが零れる。

「ありがとうございます」

「………確か、友達の家に行く予定だったんだよね?」

「はい」

「今日はここに泊まって、明日は明日決めればいい」

 部屋で提案される、俺に好都合な条件に迷いなく「お願いします」と願い出た。

 それに喜ぶ家主は嬉しそうに笑う。

「ご飯とかはこっちで用意するから安心してね。バスルームはこっちにあるから」

 嬉々とした様子で部屋の中を紹介してからすぐ、出ていくのを見送る。

 ラブホテルでしか寝た事のないダブルベッドに腰掛け、そのまま横になれば睡魔に襲われ身を委ねた。


* * *


 良い香りが部屋まで漂い、匂いに刺激された脳が活性化し始める。

 瞼を開けると見慣れない部屋に居て、驚いた脳は上半身を起こした。―――ああ、迷い込んだんだ。陽は昇っていたか、他に道は無かったのか、朧げな記憶を探ってもなんら思い出せない。それが嫌で考えていると、ノック音がひとつ、部屋に響く。

「ご飯できたよ」

 楽し気な声に考えるのを止めて扉の方へと向かい、金色のノブを捻ってドアを開ければニコニコと笑う家主が居た。

「えっと……ダイニングの場所、覚えてる?」

「すいません」

「大丈夫。こっち」

 先を歩く家主に付いて歩き、一日だけでも居るのだから…と場所を覚えようと見渡す。掃除は行き届いていて、床も天井も……全てがシャンデリアの光を反射している。太陽が傾く中でのこの光を眩しく感じ、目を細めていると家主がこちらを振り向いた。

「電気、消す?消しても小さな電球は点いてるから転ぶことはないと思うけど…」

「お願いしてもいいですか?」

「分かった」

 家主が了承した瞬間である。―――シャンデリアの明かりが消えた。「えっ」と声を漏らすと立ち止まる家主に体をぶつけてしまい、「ごめんなさい」と咄嗟に謝罪をすると微かに灯る光に反射する目と目が合う。

「体は頑丈だから気にしなくて良いよ。あと、このぐらいの明かりの方が、こっちもありがたい」

 笑みを含んだ声だった。

「じ、じゃあ…、ありがとうございます」

 言葉を選んで言ったつもりだった。

 満足を得られなかったのか、家主は視線を外す事無く言う。

「いつまでその口調で居るの?"前"と同じで良いのに」

 ……言っている意味が分からなかった。今も昔も今日が初めましてだというのに、どうしてそのような冗談が言えるのだろう。

 しかし、その真剣な眼差しは冗談を言っているようには思えず、理由を探ろうと口を開ければやっと外された視線。

「今日のご飯はショウガヤキっていうのとシャケ?っていうの、どっちがいい?」

 嬉々とした声に何故か安堵する心。

「生姜焼きですかね」

「そう思った」

 心の奥底から押し寄せる気味悪さに少しばかり警戒をしながらの会話。

 ダイニングまではそこまで遠くはなくて、中に入ればアンティーク家具が並んでいる。部屋よりも高価そうな家具に緊張しながら扉に近い場所に座れば、出てくる湯気の立つ食事。使用人が並べるわけではなく、家主が出すのに疑問が湧く。―――これは言っても良いだろう、と口を開く。

「使用人とか居ないんですか?」

 キョトンとした表情で食器類を並べるのを止めた手。

「いや、こんな大きな家?なんで…。こういうのって使用人みたいな人がやるイメージが」

 質問の意図を汲み取ってか、「ああ…」と納得した相槌に続く言葉。

「人間が苦手で。だから一人も要らないんだ。……でも、君は平気!来てくれてありがとう」

 深い笑みにどうしてか照れてしまい、どこに置いたら良いのか分からぬ視点。

「マナーなんて気にせずに食べてね」

 優しい言葉にまた甘えながら、フォークを握る手は緊張から汗ばんでいた。


* * *


 緊張していても腹は減るらしい。

 舌鼓を打った口腔内は今でも余韻に浸っている。あそこまで口に合う食事を摂ったのは初めてだった。

 膨らんだ腹をさすりながら部屋へと戻る。緊張感から解放されたように見えて解放されていないように感じるのは気のせいだろうか…?

 部屋に戻って部屋に入ろうと鞄を開ければ在るスマートフォン。未だ圏外に溜息が出る。せめて友達に状況を知らせたくとも出来ない状況に、どうしてだか縛られているように感じた。仕方なく思い、先刻紹介されたバスルームに足を向ける。

「疲れた」

 あまり言わない言葉に自分自身驚きながら、捻れば出る加減の良い湯に違う溜息が出た。

 普段はありえない事ばかりが起きて、ぐるぐると回る思考はいくら経てどもまとまらない。

 ―――ひとつだけ分かるのは、今は此処から動けない、という事。

 汗を流して用意されてあるバスタオルで全身を拭いてベッドへと向かえば、コンコンッ……二つ音がした。

「ちょっと良い?」

 その家主の声に反応して急いで服を着る。ドアを開けると黙ったままの家主が居て、居心地の悪さから見つめているとやっと開かれる口。

「今日は満月だから上で見ないかなって」

 提案は漫画やアニメであらば綺麗な言葉だろう。しかし、今は断らなければならない。そう決意をしながら口を開けば「行きましょう」と違う言葉が出ていた。

 一緒に行けば自分の身に何が起こるか分からない。危険な目に遭ったら……、冷や汗を掻きながら後悔をしたのは人生でそう多くはない。

「じゃあ、行こう」

 柔らかく笑う表情にどこか懐かしさを感じた。――記憶を探り、過去に付き合った事のある女性らとのやり取りを思い出す。

 それだ……―と疑問の糸が一つ解かれ、やっとスッキリした状態になれた。

 連れてこられたのは、最上階の部屋にあるバルコニー。

「ここから見ると一層――綺麗なんだ」

 見上げるその表情はどこか儚げで、白い肌がそう思わせているのか、どこかへと連れていかれてしまうのではないか――?そう思わせた。

 笑みに釣られて見てみると、確かに夏にも関わらず澄んだ空気によって満月と星が煌々としている。

 昼間は暑苦しかったのに、そんな空気だからか肌寒さを感じた。

「ちょっと昔話をしようか」

 ぽつりぽつりと語られ始める過去の話。

 それは現在の事なのか、それとも、何年も前の事なのか、分からなかった。

「前に君に似た人が此処の近くに住んでたんだ。暇があれば此処に来て、僕を一人にはさせなかったんだ。大好きだった。きっと、あいつも僕が好きだったに違いない。……突然、その人は居なくなってしまったんだ。この世から…。それから僕は人間が嫌いになったんだ。此処から居場所を移そうとも考えた。だけど、彼がまた戻ってきてくれるんじゃないかって、心の底では信じていたかったのかもしれない。…だから、此処に居た。そうしたら、君が此処に来て、君に出会えたのだから、運命が働いたのかもしれないね」

 俺を見ているようで見ていない視線は、何処に辿り着くのだろう…?

「話、聞いてくれてありがとう」

 照れた顔をする家主は続けて、

「風邪引いちゃうかもしれないから」

 と、部屋に案内される。

 家主の後ろを歩かず、横に立って歩いていると、笑いながら言った。

「君は本当に似ているね。もしかして、生まれ変わりってやつかもしれない」

 その言葉に家主の俺に対する態度に辻褄が合った。

 恋をしていた相手と俺とを重ねた結果なのだと納得し、廊下で別れるその後ろ姿は悲しみが混ざっている。

 部屋の中にあるベッドに横になり、ふかふかとした掛け布団に気持ち良さを感じて、目を瞑る。一気に紐解かれていく違和感は深い眠りに直結し、夢に身を落とした。


* * *


 強い光を感じて一気に目が覚める。

 どこかの山の上で眠っていたのか辺りには草木しかなく、いつからここに居たのさえ分からない。

 鞄の中から聞こえる微かな振動音に気付き、スマートフォンを手に取った。

『おい、お前今どこだよ』

「どこか分かんねえ」

『は?』

「とりあえず山に居るっぽい」

『山ぁ?』

 苛立ち気味の友達との会話は楽しく感じ、自然と笑みが浮かぶ。

 場所の特徴を言えば理解したようで、どうやら迎えに来てくれるらしい。――歩いている最中、背後から声が聞こえた気がした。

 風に攫われるその声の主を探そうとも、木々しかなく、諦めて「ここまで降りて来い」と言われるがままに足を動かした。


          "またね"

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