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霊界案内人の私と猫に化けた妖狐  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 黒猫が前を通る
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7.怖がらせるためにやったんだ 前編

 バイクで十五分ほどで到着する距離にある、鉄筋のアパート。階段は建物内についており、建物の入り口はオートロック付きの玄関。


 警察に途中ですれ違うも、特に気にせず扉に近づき、左手にあるカメラつきのインターホン、三◯一を押す。インターホンの音が、煙のように空気中に木霊して消えていくくらいの静けさがあった。


 向こうからの応答を待つ。

「遅いよ!」

「来たから開けて?」

「誰もいない?」


 周りを見渡す。

「いないよ」

 玄関が解錠されたので、素早く入ってその手で閉めた。途端に誰かに飛び出して来るということもなく、現状は平穏無事に終わる。灰色の階段を上がっていき、右手突き当りの壁まで向かう。三◯一の扉、右手にあった。


 インターホンを鳴らす。扉が開かれ、中に入った。

「怖かった」

 早優の胸に飛び込んでくる。体も震え、今にもはち切れそうな様子だ。


 ここに入ってきて、異様な雰囲気に気がつく。真っすぐ突き抜けた先にあるリビング、電気がついているからこそはっきりと分かると言えるのだが、髪の長い女がずっとこちらを睨みつけている。


 白装束や白布で出来たワンピースのような服、そのような映画で見る典型的な服装ではなく、はっきりとある。痩せ型の体型に、スキニージーンズに黒色のTシャツ。


 普通の人ではないのは透けているところで明確だが、足や手までがはっきりと付いている幽霊はそういない。相当強い怨念をかけた生霊の可能性があるだろう。

「なにがあったの?」


「急に電気が消えたり、誰かの足音が聞こえて。窓の外から視線を感じたんだけど、怖くてのぞけなくて。カーテン閉めたんだけど、それでも駄目で。そんなとき、ドアノブがガチャガチャされたから、もう怖くて居てもたってもいられなくて」


 早優は優しく凛子の頭を撫でた。

「あんさんはなにしとるん? 話聞いたるさかい、なにか言うてみ」


 紫苑は、その生霊の正面に立って話しかけていた。

 相手からの返事はない。小さい声でしゃべっている様子もない。紫苑は振り返り、早優と目が合った。

「こやつ、ニヤニヤするだけで喋ろうとせんなぁ。どないする?」


「家に入る前にさ、塩は振ったの?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「いや」

「茶化してるの?」

 怒りを滲ませた口調で訴えている。


「そうじゃないよ。真剣に聞いてるの」

「茶化してるよ! あいつに、あいつに別れたいって言ったから襲われただけなのに、なんでそんな!」

「警察はなんて?」


「まともに取り合ってくれなかった」

「今日一日、あなたの家に泊まるから。それでいい?」

「え?」


「女だけど、一人よりかはいいでしょ?」

「うん」

 凛子を支えてリビングに移動し、入って近くにあるソファーに座らせた。右手にはソファーと、足元には背の低いテーブル。


 ソファーと向き合うようにしてテレビがある。生霊を間近で見ようと視線を戻すも、そこには誰もいない。紫苑の姿が見えるだけだ。


「後ろにおる」

 存在感を覚える背後に振り向くと、長い髪の隙間から目に厭らしい笑みを浮かべている。口元が分からない。


 反射的に後退してしまった。テーブルに足を躓き、転んでしまう。

「どうしたの?」

 凛子が心配している。

「気にしないで。なんでもない」

 生霊を睨みつけて立ち上がる。座り込んで項垂れている凛子に目をやり、言葉をかけた。


「外、見てきてあげようか?」

 恐怖で滲んでいる顔が見える。凛子はなにも答えなかったが、その表情で察した。早優は窓に歩いていき、カーテンを開けて覗く。


 対面にある木造の一軒家が見えるものの、窓の向こう側は厚いカーテンに漏れる光も一切ない暗がり。寝ているか、今はその部屋にいないということだろう。


 右側に覗かせる縦長の道路には、誰もいない。一つの街灯とブロック塀が見えるものの、猫や動物の気配すら感じない。


 カーテンを閉めて、凛子に体を向ける。

「誰もいなかったよ」

「よかった」

 わかりやすい安心を見せる。


 例の生霊は、凛子が座っているソファーの上の傍で直立し、長い髪を垂らして見下ろしている。紫苑はその前に行き、髪を掻き分けて顔を覗こうとしていた。


 しかし、いくら妖怪とは言え実体のない幽霊を触ることができないようで、着物が髪をすり抜けていく。諦めて、無理矢理頭をねじ込んでいる

「まだ笑っておるぞ」


 視界に映っている絵があまりにも奇妙な光景。流石になにか言いたいが、凛子がいるところではなにも言えない。刀を振るって脅かそうにも、その刀は紫苑に隠されている。


 除霊の方法は当然知らない。元々、境界扉は霊界に連れて行く橋渡しの役目を担っている能力であり、除霊などは必要としない。


 断ってきたとしても、それはあくまで現世に思いを残している霊だけだ。その他は、人間に悪さをする悪霊、怨霊の類。それらは全て刀で祓っている。


 凛子は、体を起こして背にもたれかかっていた。

「はぁっ、なんか気持ち悪い」

 一瞬、紫苑は凛子側に頭が動き、早優の隣に移動する。なんらかの影響が受けて体調を崩しているのだろうと思ったのだろうが、概ねこの生霊のせいだろう。

 こんなに個人を恨んでいては、体調も悪くさせてしまうだろう。

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