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霊界案内人の私と猫に化けた妖狐  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 黒猫が前を通る
5/10

5.凛子と彼氏の関係

 寺に戻ると、ある程度の事は進んでいた。告別式の時間だろうか。事故後ということもあって、偲べる時間に怨嗟が出てこないのも無理ないのかもしれない。


 中を覗くものの、静まり返っていた。

 親戚は小さな声で話しており、反対に遺族はなにも話すことなくげっそりとしていた。

「殺してやる! 今すぐ出てこい!」

 そう声を荒げたのは、亡くなった夫の母親だ。

「母さん、今は控えて」

 と、男が母親の解放に向かう。


 その言葉を聞いて、苦しそうにしていたのは凛子。酷く怯えているようにも見える。その姿を見て、遺影の妻は背中を擦っていた。

「わかるわ」

 優しく抱きしめている。強引に妻の手を振り払って、凛子は立ち上がった。その時に目が合う。凛子は早優に視線を固定させたまま、こちらに向かってきた。


「ちょっと来て」

 そう囁く。その後を追った。寺から離れるためなのか、早優の家に近いところまで行き、途中で止まって凛子と向き合った。


「さっきはその、ごめなさい。ありがとう」

「気にしてないです」

「どうしても、あの場所にいるの耐えられなくて。彼氏に別れ話を切り出したんです。こんな時にって思うでしょうけど」


「わかります。家族が亡くなったんだから、誰だって落ち込みますよ。ただ転んでたので、ちょっと気になってしまって」

 表情がきゅっと引き締まる。

「別にあれは、びっくりしただけです」

「電話してたし、ちょっと気になってしまって」


「私、そんなに様子変でした?」

「いえ、そんなんじゃないですけど、しんどそうに見えたので」

 少し、顔が(ほころ)んだ気がする。

「心配、してくれたんですね」


 まぁと、早優は答える。ふと、凛子に名前を伝えてないことを思い出した。

「ごめんなさい。言ってなかったですね」

 住職の娘というのを付け加えて自己紹介をする。

「こちらこそ。私は銭田(ぜんだ)凛子です。そっか、お坊さんの娘さんか。親戚にはあなたのような人がいなかったし、誰ってちょっと疑問に思って」

「スッキリしました?」

「ええ」


 どう切り出そうかと思ったが、今のタイミングで本題に移ろうと思う。

「さっきの彼氏となんかあったんですか?」

「え」

 と、聞き返すも、驚く表情はしてない。

「あの人とは、もう昔から色々あって」


「お父さんとなにか関わりあるの?」

「なんでそんなこと聞くんですか?」

「いや、大した理由はないんですけど、こんな時に抜け出して別れ話って流れだったから」


 両腕を握りしめ、体を背ける。

「特にないですよ。まぁ、話せば長くなるっていうか」

「スッキリするなら聞きますよ」

 こちらをチラッと見る。

「私、大学の友人達とバンドやってまして。本気でやろうと思ってるの。それを本業としてってまでじゃないですよ? 当然、なんかの掛け持ちでやろうかなって思ってただけなんですけど、雪彦(ゆきひこ)は否定してくる。


 あいつなんか、結婚する気満々で。専業主婦やってほしいって言ってきて。婚約もしてないし、プロポーズもされてないんですよ? 意味がわからなくないですか?」


「同じ立場だったら、あなたのように思います」

「ありがとう。どういう自信で結婚出来ると思ってるのかよくわからない。ご飯作る気力でないって言ってもため息吐いて、自分でピザとか寿司とか高いやつ頼んで一人で贅沢して。一緒に食べれば良いものを、私には自分で食べたいもの食べればいいじゃんって言ってくるし」


「酷くないですか?」

「そうでしょ? しかもあいつ、口ばっかでああだこうだ言ってきて、こっちが説明すると、不機嫌になって口聞かなくなる。


 そういうのが積もりに積もって。そんな中で、父さんにもバンドのこと話したんです。そしたら″ちゃんとした会社につけ″って言われて、彼氏のことを相談しても″そんな男なんて別れろ″って言われるし。私、カッとなってしまって。


 その勢いで、もういい、父さんなんか知らないって言ったら、それが最後の会話に。今まで謝ろうとは思ったんですけど、色々考えてたら、言うタイミング逃しちゃって」


「そうなんですね」

 なんて答えて良いか思いつかなくて、素っ気ない答えになってしまった。

「ごめんなさい、こんな話ししてしまって」

「いえ、私から聞いたのもきっかけですし」

「なんか、不思議ですね。会ったばかりなのにこんな話ししちゃって」


「それくらい誰かに聞いてほしかったんじゃないんですか?」

 少し微笑む。

「そうかもしれないですね。ちょっと、気が晴れたかも」

 凛子は寺の方を見る。早優もそちらに視線を向けるが、なにか事が進んだ気配は感じ取れない。


「もう少し話せます?」

「私は平気です」

「よかった」


 そうは言われたものの、思い詰めた顔をしたまま凛子はなにも話すことをしない。父親のことのなにかを考えているのだろうか。

「もし、最後になにかお父さんに伝えられるとしたら、なに伝えたいですか?」

「え?」

 と、凛子は声を漏らした。そのまま口を開く。


「ごめん、ですかね。やっぱり」

「謝りたいんですか?」

「そりゃ、話したいことはたくさんありますよ。けど」

 凛子は潤んだ瞳を、押し殺すかのようにぐっと強くつぶった。


「仕方ないですよね。私がいけないから」

「そんなこと」

 凛子は、口を開いてなにか言いかけたような様子だったが、そのまま言葉を出さずに飲み込んでしまった。それ以上深く聞くことも出来ない。


 この雰囲気や流れからして、そのままこの場を離れてしまう気がしていた。当然、凛子から色々な意味で目を話すことは出来ない。

「聞いてくれて、ありがとうございました」

 と、頭を下げる。仕方ないか、と早優は決心した。ダメ元で連絡先を聞く。


 意外そうな顔をした後、ポケットからスマホを取り出した。

「ならもう、タメ口でいいよね」

「いいの?」

「うん」


「まさか交換してくれるとは思わなかった」

「まぁ、出会ったばかりだもんね。けど、悪い人じゃなさそうだし」

 早優はスマホを取り出して、ロード――個人間のやり取りやグループチャットも出来、通話まで搭載されたSNSアプリを開く。


「そんなんだから騙されるんだよ」

「一言余計」

 ちょっとムッとした声でそう答えた。ここまで上手くいくとは思わなかった。少々強引ではあるものの、連絡先を難なく交換する。


「本当にありがとう。ちょっと、スッキリした。向き合ってくるよ」

「うん」

 凛子は、その場を後にする。その背中をじっと見つめ、足は寺の方へと向かっていた。紫苑は右隣に姿を現した。


「中々やるやないの」

「うるさいなぁ」

「冷たいなぁ、お前さんは」

 くすくすと笑う。


「今までの男も、そうやって口説いたんとちゃうか?」

「やっぱりおじさんだよね」

「おやまぁ、またそんなことを言いはって。お前さんも品がないわぁ」

「あんたでしょ、品がないのは」

 またも、人を小馬鹿にしたように調子良く笑う。


「まぁ、元気ないよりかはええわぁ。その調子で頑張りなはれ。応援しとるわぁ」

 そして、黒い靄となってこちらに向かってくる。

 告別式が終わった後、火葬場に行くことになるだろう。事故現場でじっとしていようとも、体は棺桶にあるのだから、お教が聞こえていないわけではない。


 その言葉を聞き届けるつもりであるならばそのまま成仏することだろうが、あの霊はまだ思いを残している。凛子の言葉も伝えられるだろう。


 早優は、寺ではなく自販機に向かおうと足を進めた。

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