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閻魔と狐――閻魔を継ぐ娘と美人の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 人形は私の家。体はまだない。
42/43

20.完

「本当に?」

 荒牧は頷くことすらしない。本当に記憶がないようだ。てっきり早優と同じように気を失って倒れているだけかと思いきや、記憶を亡くしてそこに座っている。


 麗乃に近寄り、荒牧から見えない位置に移動して、バッグの中に入っている紙を取り出してもらった。確かに、そこには荒牧の存在を感じる。


 顔を見間違えていることもない。そうだと考えると、やはり生霊だったそれに吸い取られたという仮説は当たっていたものの、それは魂と一緒に記憶もだったということだ。


 余計に困ったことになる。

 荒牧の魂を元に戻すと、自分の罪としっかり向き合わせるという早優が願っていた思いを叶えることは出来ても、同時にそれは呪詛を返すことになり、その罪を贖わなければならない。


 魂を戻さずとも記憶が戻ることがあるのか。そもそも、その呪詛に吸い取られた生命の状態で、どれくらい命が長らえるか。それすらもわからない。一体、どう決断すればいい。

「あの」

 荒牧から声をかけられる。

「なにか知ってるんですね」

 なにも答えることが出来ない。呪いをかけて家族の二人の命が奪ったと話すことも出来ない上、そんな非現実的なことで素直に首を縦に振ることも出来ないだろう。


 そんなことで殺そうとしたと知ったら、復讐の連鎖になりかねない。

「教えてください。お願いします」

 服を掴まれて懇願された。目でも訴えかけられる。

 そんな時に、まず先に警備員がこの場所に到着して、楓が連れて行かれる。警察の聴取も相まって荒牧の車椅子を握った。警備員はこちらに向いて言う。


「あなた方もよろしいですか?」

 現場に言わせた人間だ。どう説明するのかも迷うが、麗乃や俊介にうまく説明してもらうことを願うしかない。


     ・ ・ ・


 病院の警備室で、顔見知りの警察官が悩まし気な顔をしていた。花涯が人差し指と中指でペンを挟み、シーソーのようにして動かし、テーブルに当たる度にカタカタと音がなっている。

「またお前か。これで二度目だな。警察のご厄介になるもんじゃねぇぞ?」

「すみません」

「まぁ、今回は殺人を止めくれたし、勇気ある行動でいいけどよ、またなんで事件に関わった」


 たった一人で警察官と二人きりの聴取。こちらは別に加害者でも被害者でもない。その場の状況の裏取りをするだけだからと麗乃にも言われたが、何故か睨まれている気がする。

「なんだ、話せないことがあんのか?」

 体を前のめりにして、目をじっと見つめてくる。

「別に君を疑っちゃいない。ただ、こんな偶然が重なるのか、気になってるだけだ。それに直前、カウンターで看護師に荒牧のことを聞いたそうじゃねぇか」

 それに引っかかっているのか。そんなに重要なことだろうか。


「今回の事件になんか必要なんですか?」

「いいや。けど、納得がいかねぇと調べなくちゃ気がすまねぇ質でな。どんな関わりがある、あの二人に」

「麗乃から聞いてましたよね?」

「なんだっけなぁ。呪いがどうのこうの? けどさぁ、俺そういうの信じてないんだよ。君だけ黙ってて、説明してるのは前の二人だけ。なにか話せなかったことはないか?」


 妙に引っかかる男だ。

「同じ話しかできないと思いますけど」

 わかりやすいため息を吐いて頭をかいた。

「それで納得してもらうしかないです」

「君の口からもう一回話してくれるか?」


「意味あります?」

「わかった。いいや。うん。ありがとう」

 片手を前に出して薄っすらと笑みを浮かべると、警備室から出ていった。その後に連れて麗乃が入ってくる。

「なにか言われた?」

「妙に感の鋭い刑事って感じ」

「ふーん。疑われてるわけじゃないんだ」

「まぁ、細かいところが気になってるってだけみたい」


「それならいいや」

 警備室に警備員が何人か入ってきたので、感謝を伝えて警備室から出た。一階のホールに向かう。カウンター近くの二列あるソファーのうちの手前側、奥から数えて二番目のところに一茂と花蓮、そして桔梗がいたので、そちらに麗乃と男と三人で向かった。


「荒牧さんは?」

 そこにいる三人に向かって声を掛ける。口を開いたのは花蓮だった。

「聴取が終わって、今病室です」

 俊介が口を開く。

「なかなか深刻ですね。そして、楓さんという方があのような行動に出た。こちらに頼らなかったことだけはまだ良かったほうですけど、元はと言えば廟連が原因ですものね」

「はい」

「記憶を無くされているようですけど、それについては?」

 皆が口を閉ざす。説明が難しい。どのような原因でそうなったか、誰にも分からない。


「わかりませんけど、たぶんあの人のせいです」

「なにかのアクシデントでしょうか」

 早優は頷く。

「わかりました。この事態を重く受け止めます。ありがとうございました」

 と言って、頭を下げて場所を離れた。入れ替わるようにして俊介がいた場所に紫苑が現れる。


「念の為言うとくけどな? あの生霊の荒牧はんは早優にお願いしとるさかい、邪魔せんといて。ええな?」

 麗乃に向かってそう言い放つ。自身が決めることとなるのは覚悟していたが、なにも全責任を背負わせる必要はないだろう。慌てて抗議しようとするが、麗乃はそれを承諾した。


「誰かいるんですか?」

 と、花蓮が言う。紫苑から聞いたことを声を潜めて伝えたが、花蓮が何故かと声を大きくして反応してしまった。あまり目立ちたくはないのに、周りから視線が集まる。


「お前さん、どうしてもあやつに罪を償わせたいんやろうけど、それが難しい状況になったなぁ。まぁ、そもそも呪詛を返すことと同じ意味になることは薄々勘付いとったけど、お前さんが退魔刀で斬るか斬らないか、それを自分で考えて判断してほしいんや。周りが決めることやない。


 うちは荒牧はんを助ける義理はあらへん。それでも無理にお願いしたんやから、自分の尻は自分で拭けるようにならんとなぁ。そうやろ?」

「そうだけど、助言くらい」

「駄目や。麗乃はんも絶対にせんようにな。元は次期当主として選ばれとったんやろ?」


 麗乃がいる中でそんな爆弾発言をされて、体中からぶわっと熱が出たように感じた。変な冷や汗が出る。しかし、麗乃は一切の変化がなかった。花蓮から直接なにか聞いているのだろうか。

 麗乃は早優の方に体を向ける。

「じゃあ、私はこれで。退院するまで時間あるから、じっくりと考えていいからね。それまで、しっかりと見てるから」

 麗乃は早優の耳元に口を近づけた。

「会に許可は取ってる。安心して」


 体を離して、一茂と花蓮によった。

「ささ、花蓮さんと一茂さんも。もう面会は済んだでしょ?」

 花蓮の首が泳いでいるが、麗乃の後についていった。


 ソファーに座る。

 重大なことなのでじっくりと考えよう。呪詛を返すのであれば、持ってきた紙を使ってその場で返す。殺すのであれば、そのまま自宅に帰って刀で切る。大きなため息が出た。紫苑は正面で立って早優の答えを待っている。


      ・ ・ ・


 退院の時。答えが決まった。恨まれる覚悟をして後悔がないよう熟考した結果、霊を殺すことにした。その旨を紫苑に伝えたが、早優の回答を一切否定せずに受け入れてくれた。


 車に乗り込んで、そのまま家に向かう。

 結局、どれが一番荒牧にとって罪と向き合える結末になるかを考えると堂々巡りになる。考え方を変えて、一番被害を最小限に抑えられそうかと考えた時に、浮かんだのは”生霊を体に戻さない”ことだった。


 当初の目的である守護霊の願いを叶える事が出来るのと同時に、荒牧に訪れる最悪の結末を回避する事。それが、周囲にも及ぶ可能性――例えば、凄惨な事件がニュースに報道されて、なにかしらの思想や価値観に与える影響や、その起きた事件はなにも荒牧ただ一人の被害者とも限らない。


 普通に早優の持っている力を使って成仏させる可能性もあったが、今回は生霊だ。本来の魂がどうなるかもわからず、そもそもあの生霊に魂があるかどうかわからない。あくまで、呪いが形を成しているだけだ。


 心でそう決まったのに、これから処刑するということが、こんなにも身が重いとは思いもしなかった。自分に危機が迫って振るう刀と、他人を罰するために振るう刀。あまりにもその差がありすぎる。


 会話もすることなく自宅にたどり着き、道場へ場所を変える。今は麗乃と一緒にいる。紙を破いて生霊を出して、直接対面して話すことになった。


 荒牧の生霊はただ、以前と変わらない表情でいた。

「ありがとね。外の音を聞いて、いろいろと考えたよ。今までの自分を振り返った。あなたにしたことも、謝らせて。本当にごめんなさい」

 深く頭を下げる。謝ってほしいんじゃない。そのちゃんと生きてその背中を見たかった。早優は人に許す立場の人間ではない。それになんて答えていいかも分からない。


「やって?」

 目を瞑って、その時を待っている。

 戸惑う中でも、早優は刀を構えなければならない。刃を生霊の左肩に沿わせ、何度も柄を握り直す。覚悟をしたのに、全然刃が進まない。せめて、この生霊を切るだけの理由が欲しかった。過去になにもしでかしてなければ、簡単に切れたかもしれない。


 構えている今になって、もう一度思い悩む。本当にこれでいいのか。なにか思いついていない良い案があるのではないか、と。


 首を横に振る。

 病院で覚悟を決めた。迷っている時間はない。刀を振り上げて、一気に斜めに切り裂いた。そこには今まで四肢を切られた人と同じ顔であっただろう顔を見せ、顔の皮を頭部から引っ張るようにして伸び、煙のように全身とともに消え去っていく。


 鞘に刀を戻す。

 麗乃は温かい笑みを浮かべて、語りかけてきた。

「お疲れ様」

 背中を撫でてくれる。

「ありがとう。ちょっと一人になりたい。ごめんね」

 そういって、道場を後にした。

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