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閻魔と狐――閻魔を継ぐ娘と美人の妖狐――  作者: 瀬ヶ原悠馬
第二章 人形は私の家。体はまだない。
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19.業

 自分の体に戻るためとはいえ、こんな時間に病院に入るのなんて御免だ。絶対に断りたい。こんな最悪があっていいものか。

「同じ霊なのに怖がっとるん? まぁ、刺青のマッチョがおったら、同じ人間でも怖がるか」

 こんな時でも紫苑の調子は変わらない。これから行く場所に比べたら、この調子は反って憩いの場だろう。

「さっさといくで」

 紫苑の後についていく。病院正面の扉に向かった。透明になったその扉の奥は、真っ暗な受付が広がっている。


「どうやって入るの?」

「お前さん、命力持ってんやからできるやろ?」

「そんなこと言われても」

「困った奴やなぁ。早く親離れせんといかんよ?」


 そういって、扉に近づいていく。

「あんたに言われたくない」

 紫苑の後についていくと、紫苑は既に扉に袖をかざしていた。やがて扉から鍵が開く音が聞こえると、黒い靄が伸びて硬い自動扉を命力で動かす。その中に入って、しっかりと扉を閉めた。左の警備員がいる空間には誰もいない。正面あるもう一個の扉も同様に開けて中に入り、鍵穴に靄を滲み込ませて二つの扉の鍵を閉める。


「お前さんの部屋は三階になる」

 そうして、二人で三階まで行った。三階に上り、カウンター通り過ぎて左に曲がった右手三つ目の扉。そこの前に立つ。紫苑が扉を開けてくれると、ベッドが三つ置かれていた。二つはもう既に埋まっている。年配の男性と三十代後半くらいの女性がいて、一番奥に早優が静かに横になっている。


 不思議な気持ちだ。幽体離脱で自分の体が見えると大変だという話を聞いたことがあるが、あまり恐怖を感じない。ここまで通ってくる病院の通路のほうがよっぽど怖かった上、むしろ今は不安の方が大きい。


 透けた警備員や看護師の姿も見たのだが、ここで未だに仕事をしている様子だったので、イメージと違って少しばかり安心した。

「手でもなんでも触れてみ。体に戻れるやろうから。腐ってへん限り、問題あらへんから安心し」

 紫苑に一瞬だけ目を向け、自身の体に視線を向ける。体に手を伸ばしてみると、すっと意識が薄れて視界が白くなった。目を開くと、無機質な天井が見える。蛍光灯に規則的に連ねた正方形。ゆっくりと体を動かしてみる。


 さすがに硬直まではいかなかったものの、体の動かし方というのが馴染んでいない。なんとなくだが、重く感じる。目の前に自身の手を持っていったが、倒れる前となんら変わりない。紫苑がその上に右から顔を覗かせてきた。

「寂しいなぁ。お前さんが体に戻ってしもて、お仲間が一人減ったようやわ」

「死んでてほしかったの?」

 そういって体を起こす。紫苑はくすくすと笑いながら、窓側へと移動している間に、隣の女性の姿が映る。


 目をこすりながら体を起こして、こちらを見た。確実に目が合った。その目がやがて、なにか得体のしれないものを見たようにかっと目を開いている。

「あ、ああ、あなた!」

 そうだ、しまった。人間に戻ったのだから、他の人に声が聞こえている。すっかり気が抜けていた。

 女性は慌ててナースコールを連打している。看護師が入ってくると、早優に指を指して目が覚めたことを伝えている。


     ・ ・ ・


 昼の十三時を回ったところ。朝にいろいろと綿密な検査を受けて、めでたくあと数日で退院することになった。後一日二日は、念のための検査をするらしい。そこまでしてくれるのは反ってありがたい。同室していた患者二人に一言夜に起こしてしまったことを謝り、女性とはその後話し込んでしまったのだが、盲腸で入院していたらしい。


 そんな中、一茂と花蓮が見舞いに来る。花蓮は乾いた涙を浮かべ、あまりに強く抱きしめられた。

「苦しい、苦しい」

「よかった、本当に良かった」

 体を放す。

「足は動きますか?」

 両膝を立ててみる。無事、ちゃんと動いた。完全復活と言っていい。


 一茂は左隣にある丸椅子に座り、神妙な顔をしている。

「早優、早速で悪いんだけど」

「一茂さん」

 と、花蓮が口をはさんだ。

「今話さなくても」

「でも、彼女も関わったことだし、知っておいた方がいいよ」


 なんのことだろうか。まさか、荒牧になにかあったとでも言うのだろうか。

「なに?」

 一茂がこちらを向く。

「楓さんが今朝、改めてうちに来て、あの人形はどうなったかって聞いてきたんだ。しっかりと供養したって言ったんだけど、全然満足してる様子じゃない。どうも、呪詛を返してほしいみたいなんだよ」

「あぁ、やっぱり」

「なにも答えずに、とにかく供養はしたし、もう安全ですよって押し通して返したんだけど、大丈夫かなぁ。あの様子だと、今にも殺しかねない勢いだったから」

 確実にやる。荒牧がどうなったかは未だ知る由もないが、恐らく早優と同じように気を失ってどこかに入院しているはずだ。楓がそれだけで満足するとは思えない。


「麗乃はどう?」

「三神さんには朝、代行を頼んだ人の調査をお願いしてきたよ。それから連絡は来てない。やっぱり二人でここに来るべきじゃなかったかな。誰かひとり、楓さんをつけていた方が」

「今日の朝に行ったんだし、もう済んでるころじゃないの?」

 それには花蓮が声を発した。


「深夜に会が所有する屋敷で隔離したそうなんですけど、調査は朝起きてからだと言っていました。今ちょっと確認しますね。もしかしたら」

 ポケットからスマホを取り出した。

 早優の事も会に知られるかもしれない。隠し立てできるような事態でなければ、本格的にあの会と関わることになる。嘉成の家を燃やしておいて、まさかその場所に戻るとは。ともあれ、そんな事態では麗乃はしばらくこちらには戻れないだろう。

 あの守護霊がこちらにいないだろうか。せめてあの女性が一茂か花蓮についてここまで来てくれたらありがたかったが、辺りを見回してもあの女性の姿が見当たらない。

「早優?」

 一茂が心配して声をかけてきた。


「大丈夫。いつ頃来たの?」

「楓さん?」

「うん」

「朝八時とかだよ」

 午後を回っている。心配だ。

 麗乃よりも早くに呪い代行を済ませたのであれば、もうとっくに荒牧は死んでいることだろう。楓がどういった性格だかわからないが、家族二人を葬った同じ方法を使うとも考えにくい。なのであれば、物理で恨みを晴らすという選択が一番考えうる最悪の想定だろう。

「連絡来てました」

 と、花蓮から言われて画面を見る。


――呪い代行を依頼した荒牧夏菜子さん。会社に出勤をしてなかったみたいで、心配して上司が家に向かったそうですが、倒れていたそうです。そのあと、早優さんが入院されてる病院に入院しています。これから、麗乃様がそちらに向かいますので、よろしくお願いします。


 急がなければ。早優はベッドから降りようとする。それを見て、慌てた様子で花蓮が心配した。

「私が行きます」

「大丈夫。健康そのものだったから」

 早優は医師からは病室を後にする。辺りを見回しても、看護師が一人二人見えるだけで誰もいない。左に曲がって部屋を二つ通り過ぎた先の右に折れた通路のカウンターに向かった。


「すみません」

 声をかけると、一人の看護師が反応する。

「どうされました?」

「荒牧夏菜子さんって入院されてますよね?」


「荒牧、ああしてますよ」

「どこに入院されてます?」

「三〇四号室ですね」

 偶然にも早優の隣の部屋だ。三〇四号室に向かおうとしたとき、目の前に黒いズボンにフードをかぶった女性が車いすを押していた。その車いすには荒牧が座っており、押している人間は形相が憑依されているかのように暗い表情をした楓だった。腕を掴んで、これからするであろう行いを止めに入る。


「ここでなにする気?」

「なんですか? 放してください。ここは病院ですよ」

「荒立てられて困るのはあなたじゃない?」

 楓はこちらを睨めつけてくる。ポケットに手を入れたので、楓を後ろから強く抱きしめてポケットから

腕を出さないようにした。

「離して!」

 異様な状況に駆け付けた看護師が、声をかけてくる。早優はそのまま後ろに倒れ、激しく暴れる。花蓮や一茂側に向いた楓の体に、一茂が腰を崩してポケットに忍ばせた包丁を取り上げた。看護師は警察を呼ぶためにカウンターに急行。


 とりあえず殺人を阻止できた。

「なんでよ! なんで止めるの!」

 床に手をついて、嗚咽を漏らした。荒い息をこぼして、早優は立ち上がる。

「私」

 車いすを操って近づいてきた荒牧が、そう言葉をこぼす。そちらに視線を向けると、背景に麗乃と俊介がいることを確認した。

「私、なにかしたんですか?」

 素朴な表情で荒牧がそう呟いている。

「え?」

「記憶がないんです。自分の名前とか、自殺を図った理由も、どこに勤めているのかもわからなくて」

 どういうことだ。何故、そんなことになっているというのか。

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