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霊界案内人の私と猫に化けた妖狐  作者: 瀬ヶ原悠馬
第一章 黒猫が前を通る
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4.葬式

 リビングに戻り、紫苑の事は気にしないようにして冷蔵庫まで向かった。一番上の戸を開く。一番手元に近い、昨日買った炭酸ジュースをポケットから取り出してのどに流し込んだ。まだ炭酸が抜けておらず、喉を気持ちよく差す炭酸の刺激があるため、そこまでの一気飲みはできなかった。


 やはりすっきりする。心が和んだ。

 ポケットに戻すと、ふと葬式の事を思い出した。順調に進んでいるのだろうか。住職が身近にいるために、人の死も身近。悲しさとは別の重い空気が漂うのだが、それとは別に日常的に起きるそれが、芸能人を見るかのように非現実的なものにも感じた。


 それに、自身の能力もある。余計にどこか動じない自分もいる。つらいから逃げ出したいとも思わず、かといってその現実も直視もしない。他人事のようにスルー出来てしまう。冷酷な人間なのだろうか、と心配すらしてしまうほどだ。


 その想像を振り切って玄関まで向かって家を後にする。

 扉を開けると、ほのかに線香の匂いとお経が聞こえてくる。丁度時間的に葬儀だろう。寺が見えるところまで移動するが、人の少なさから言って親戚と身内だけでやっているのだろう。扉が開けっ放しなので、中の様子が見えてしまう。棺桶を抱きしめるようにして泣いているのは、七十代後半くらいの女性。名前を叫んで泣いている。


 傍で、げっそりとしながら座っている四十代後半の女性と、二十代くらいの女性。遺影の男から見たら、方や妻で方や娘だろうか。棺桶で泣いているのは母親。他、兄弟だろう。


 遺影は、自販機の近くで座っていた男だ。晴れやかな笑顔のある写真だが、それよりもそこに座っている若い女性の横顔が気になった。あの時、車に乗っていた人物に似ている。付き合っていると思われるカップルの女性のほうだ。


 仮にこの若い女性だったとして、どうして逃げるなどとしたのだろうか。実際に運転していないにしても、実の父親を轢いたのだ。


 正座した太ももの上にあった手がこぶしを作り、目を強く閉じている。歯をぐっと噛み締めてもいる。目を開いて、すっと立ち上がった。その場から離れて、早優には目もくれずにそばを通り過ぎる。その背中をじっと凝視した。寺から降りる階段近くに立つと、あたりをきょろきょろとしたため、すっと視線を寺の中へと戻す。


 家に戻ろうとするついでに、娘に視線を移した。誰かに電話をしている様子なため、つい足が止まってしまった。足元には、猫の姿をした紫苑が近くにいる。その存在に気付いたのか、その娘は腰を抜かして倒れてしまった。早優は慌てて近づく。


「大丈夫ですか?」

 娘はにらんで、差し伸べた手を無視して自力で立ち上がった。スマホを再び耳に当てる。

「とにかく来て。お願い。大事な話だから」


 スマホの電源を切り、そのまま駆け出して行った。紫苑に語り掛けるつもりで話す。

「なにしたの?」

「うちの姿を見て、腰抜かしてなぁ。それだけやで」

 いつの間にか妖狐の姿に戻っていた。くすくすと笑う。相変わらずなにがしたいのか掴めないやつである。


「そんなことよりも、そのまま行かせてええの? 喫茶店の真田に行く言うとったけど」

「聞いてたの?」

 不敵に笑う。場所は知っているため、財布を取るために慌てて家に戻った。


     ・ ・ ・


 喫茶店の中。正面入ってカウンターがあり、客席はその空間の中央に間仕切りがあって、均等に椅子が並べられていた。


 娘は右手窓側の角の席に座っており、こちらと目が合ってしまう。流石にまずいかと思ったのだが、何故だかそのまま注文したドリンクに手を伸ばして、ストローから吸っている。


 娘から離れた場所――しかし、様子は把握できる椅子に座り、テーブルの上に置かれていたメニューを開く。中からストロベリーフラッペを選び、それを注文した。


 早優は当然ながら、守護霊や生霊、怨霊も全て見える。声も聞けるために中々にせわしないわけではあるが、娘は白装束を着た老婆に支えられており、二人の男の幽霊が付いている。


 方や一人の男は抱きついている様子だ。想像するに恋人なのだろう。もはや依存というレベルに近いのかもしれない。


「女の姿でいる方が落ち着くなぁ。まぁ、ほんまは狐やけど」

 隣に紫苑が現れていた。反射的にそちらに目をやってしまうだけで答えない。早優の声は他の人に聞こえるからである。わざわざ右耳に口元を近づけてくるため、思わず体を避けてしまう。


「なんや臭いんか? 見ての通り厚化粧やし、嫌な人は嫌かもしれへんなぁ」

 くすくすと笑う。(からか)ってきていることに鬱陶しくも思うが、そのままにした。

「お前さんの反応、いちいち面白いなぁ」


 丁度、フラッペが来たので、それを堪能する。

「なんや、その美味しそうなやつは」

 早優はメニューを開き、ストロベリーフラッペを指さす。

「ほう、これか。うちも生きとったら、こんな美味しいもの食べられたかもしれへんなぁ」


 喫茶店入り口の扉が開かれる。娘に取り憑いていた存在が、視界に映っている。生霊であることには間違いないようだ。娘もその存在に気づき、ずっと視界をやっている。


 彼氏が娘と目が会い、娘の元に向かった。

「話聞くか?」

 頷くと、紫苑は二人の側へと向かった。足元から黒い煙が溢れ出しており、耳も尻尾は見えない。耳はどこに行ったのかまるでわからないが、尻尾は着物の中になどしっかり隠しているのだろう。

 

 二人が挟むテーブルを越して、窓側に腰掛けた。

 それに視線を向けてしまう。紫苑がその視線に気づくと、男の近くにあるコップを指さして、水をかけるような仕草をする。早優は当然、首を横に振った。


 彼氏側に付いている霊は殆どいなく、守護霊でさえいない。猫の引っ掻き傷なようなものが身体中にこびりついており、二つの手が首に伸びている。そして、体を抱きつく女の姿。一体誰なのだろうか。


 その抱きついた女は首を絞めている手とは別であり、また正面にいる娘の姿をしていない。別の女がいる可能性もある。


 なにやら色々複雑で、取るに足らない男のようだ。娘の父親の存在は感じられない。

「修羅場のようやで」

 早優に届くまでの大きな声で、紫苑は話す。


 別れ話をしている、ということだろう。この距離では聞こえない話だから声を潜めてはいるものの、この場所を選ぶ理由はそれなりにあるのだろう。場合によっては、周囲が助けなければいけないかもしれない。


 あまりに見すぎたのか、こちらを娘がちらちらと仕切りに見てくる。しばらくして立ち上がり、思わず視線をフラッペに向けてしまった。

「なに? さっきから」

 顔を上げると、娘とその彼氏はそこに立っていた。

「誰?」

「私に聞かないで」


 娘は早優を睨みつけている。周囲からの視線が痛い。カウンターに立っている店員から、何度かこちらに視線を向けているのがわかる。

「別に?」

「あんた、葬式にいたでしょ。なんのよう?」


「用って言われても。たまたまここの店に来ただけで」

「じゃあなんでずっとこっち見てるの!」

「みっともない。そんな荒げるなよ」

 と、彼氏は言うが、娘は無視する。彼氏は娘の肩をゆすった。


「みんな見てるから」

 それでもなお娘は無視をする。そんな時、娘はポケットから唸っているスマホを取り出した。画面をタップして耳に当てる。

――ごめん。大事なことだから。すぐに戻るから。


 答えから考えて、さしずめ家族からだろう。それはそうだ。葬式中に抜け出しているのだから。それ以上に大事なことはないだろう。

――とりあえず、話済んだら帰るから。


 電話の向こう側の声は、当然早優には聞こえていない。

――終わったらちゃんと説明するから。

――真田喫茶。

 不満そうにそう答える。しつこく場所はどこだと聞かれたのだろう。親に見られたくないから答えないようにしていたのだろうが、折れてしまったようだ。


 電話が切られたのか、スマホをポケットに戻す。

 早優に一瞬だけ視線を戻すも、彼氏に向けた。

「とりあえず、ごめんなさい。もう別れたいの。じゃあね」

 と言って帰ろうとする娘の腕を彼氏が掴んだ。

 

「とりあえずってなんだよ!」

「離して!」

 カウンターから店員が出てくる。注意しようかしまいか悩んでいるように感じたので、早優はこの自体を上手く収めようと立ち上がった。


「あのー、どんな理由が知りませんけど、店員さんが注意しようとしてるから、あんまり騒がないほうが良いんじゃないでしょうか?」

 と、彼氏の顔を見て言う。

「怒ってないですよ。気にしないでください。こいつが急にこういうもんですから」


 顔色が悪い。冷や汗に加え、なにやら焦っているようだ。まずいという様子に見える。

「なにか理由があるんじゃないんですか?」

「た、他人のあなたに言われたくないですよ」


 娘は手を振り払い、帰ろうとする。

「待てよ凛子(りんこ)!」

 彼氏は凛子を追おうとするので、その腕を早優は掴んだ。

「離してくれませんか?」

「警察呼びますよ?」

「は? 俺がなにしたっていうんだ? え?」


 警察と聞いて、あからさまに動揺しているように見える。 

「ただ事じゃないように見えるので。場合によってはストーカーとならなくもない」

「あーすぐそうやって人を犯人扱いするんだよなぁ」


 声に怒りを滲ませ、眉間にしわを寄せる。力付くで早優の腕を振り払い、先ほどの席に戻った。紫苑が隣に立つ。

「お前さんの当たりやなぁ。さっき出ていった凛子言う女が別れたい言うたときにの、あの男は″逃げられないぞ。側にいたんだし″って答えとったなぁ」


 心の中で、ふーんと思う。

 この男、なにをするかわからない。このまま放っておけば、最悪の場合凛子が殺される可能性もある。


 フラッペも丁度飲み終わったので、会計して喫茶店を後にした。

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