18.自我の正体
本堂の入り口で後片付けを終わるまで、じっと眺めていた。あの人形は念のために供養して燃やすという話でまとまり、これから自身の体を取り戻すために病院に向かうことになる。しかし、どこの病院だか知らないが、入院できるほどの大病院は車で行くような距離のはず。その距離を歩けというのだろうか。
麗乃は目と耳と口、そして胴体に呪文が書かれた人の形をした紙を早優の前に持ってきた。
「これに憑りついて」
あまりに唐突すぎて目を丸くする。なんてリアクションすればいい。どれが正しいというのか。
「紫苑さん、やっぱりわかってないみたいですよ」
と、麗乃の隣にいる紫苑に目を向けて行った。
「霊が瞬時にいろんなところを移動してる思うたん? 何故その場にとどまった浮遊霊が人間に憑りつくことがあるかわかるか?」
「そりゃあ、その人に興味を持ったからとか」
「もちろん、そういう理由もある。が、そやつに興味を持たへんのに憑りつく霊もおる。そういうやつの大半は、この場所から移動したいから。自分で物を動かすことが出来ない以上、物や人に憑りつき、誰かに運んでもらう以外あらへんのや。浮遊言うても、空を飛べるわけやないからな。鳥ならあるかもしれへんよ? 人間が鳥になりたい言うても、死んだとて叶わん夢。頭についとるわっかで浮けるわけやないし」
天使のリングのようなことを言っているのだろう。そんなものが存在することないのは嫌というほど見てきたのだが、つい荒牧の頭上を見てしまった。紫苑はいやらしくくすくすと笑っている。
「やり方わからないんだけど」
紫苑は黒い靄に代わって、麗乃と一体化した。
「それはあなただからできるんでしょ! あ、でも、私も命力あるから出来るかもしれない?」
と、呟いたときに、慌てて麗乃が横やりを入れて生きた。
「二人ともこれに憑りついてほしいな」
「なんで?」
「命力使って空を浮くって妖怪レベルじゃないとできないよ? そもそも、早優は今霊体なんだし、その体で命力がちゃんと回復するかどうかもわからない」
荒牧に視線を移す。
「荒牧さん、でしたっけ」
「はい」
「あなたも同じ。いくら力をもらったとはいえ、自分の力じゃないし、相当コツがいると思う。一瞬で出来るわけじゃないから、ここに憑りついて」
「病院に行くのって、車ですよね」
「そうですね」
「車の後ろに乗ればよくないですか?」
「うーん、しょうがないか。あのね、荒牧さん。理解してほしいんですけど、あなたが私たちの許可なく自分の体に帰るかもしれないからって、紫苑さんから言われまして。だから、紙に外から破られない限り出られない術式を組み込んでおいて。騙そうとしてごめんなさい」
麗乃は深々と頭を下げた。そうか、先ほどの聞かれたくない話というのはこのことだったのか。早優にも憑りつくように言ったのは、早優だけ特別に車に乗ってということになった際、説明が難しくなるからだったのだろう。
「紙、憑りつきやすいように出して?」
麗乃は意外そうな顔をする。
「いいの?」
「そもそも、私みたいな人に謝るあなたもあなたよ」
そうして、荒牧は自ら進んで紙に憑りついた。どうやったのかは知らないが、とりあえず早優は紙に憑りつくこと当初の予定がなくなった。
「早優は後部座席に乗って?」
「わかった」
麗乃の後に追って、車の助手席に乗った。
・ ・ ・
病院に行くとは言え、到着するまで退屈だ。助手席には会の男性が乗っており、運転を麗乃がしていた。
「あの」
と、助手席の男性が声をかけてきた。
「はい」
「自己紹介が遅くなってすみません。僕は根入俊介と申します。今回の件の実態を知りたくて来ました。手助けをするつもりでもあったんですけど、いらなかったようですね」
「いえ」
俊介はどこまでの人間だかは知らないが、変に警戒してしまった。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。この問題が解決次第、こちらも関わらないようにしますから」
随分と優しい人のようだ。
「ありがとうございます」
「いえ。当然、あなたの事も詮索はしません。嘉成家火災後に、それこそ独立した人たちもたくさんいらっしゃいます。なにもおかしなことではありません。安否確認と問題さえ起こしてなければ、こちらとしてはなにも問題はありません。ご無事で本当によかった。遅くなって申し訳ないですが」
「全然。言ってなかったんですし、出来なくて言えなくて当然ですよ」
こんな言葉を吐く喉が痛くなった気がする。
「後々あなたには、廟連宗司の事でいろいろ聞くことがあるかもしれませんが、その辺はご理解ください」
「わかりました」
会話が終わる。これから、麗乃と俊介が会話することもなく、そして早優と俊介が会話することもなく、車の動作音が響くだけの静かな時が流れた。
ふと、荒牧の事が気になった。紫苑とあの化け物だった男と話している際、荒牧は自身持っている力を出して紫苑に牙をむこうとしたが、その時に力がすっと引いてしまったことがあったと思う。その時、紫苑は”後になればわかる”と言っていたが、なんだったのだろうか。
考えてみると、そういえばと思うところがあった。人形の中にいたときからそうだ。呪いが成長して自我を形成した、それは神木に封印された存在がヒントになると言っていたが、あそこからなにも出てこないのかと思いきや、別の人物が現れた。見た夢にもそう推測できる片鱗がある。
しかし、問題はそこではない。荒牧の自我は誰かと合体して、呪いに付随された命力側だけが神木に封印されていたか、あるいはその部分が完全に消えてしまったという説である。しかし、それは完全に否定された。荒牧自身に与えられた命力がそこにあり、自我も備わっている。
荒牧が頭にきて攻撃しようとしたときからも、そして凄惨な家で素に戻る前にはあの化け物の片鱗が証明していた。荒牧本来の姿に時間が経つにつれて戻っていったのは、呪物に残っていた悪霊との――例えるなら契約やその類のなにかであり、命力でもない。
では、何故自我がそこにあるというのか。
思わず、あっと声を漏らしてしまう。
「どうしたの?」
麗乃から声を掛けられる。
「なんでもない」
呪いが成長したのではない。悪霊との協力関係を築いていた中で、実体を持っていた荒牧自身の魂がこちらに吸い取られていたということだ。あの部屋に腕を取られた人間二人、そして早優が入っていたことを考えると、まったくあり得ない話ではない。
しかし、それが本当に正しいことと仮定したとき、これから見せられる現実に対して大きな決断をしなければならない。どうすればいい。なにを選んだら正しい選択なのか。
病院にたどり着いた。敷地内に入って車を止めることはせず、緩やかな奥側に進んだカーブを描いた道路手前で止めた。時間ということもあっての考慮だろう。
後部座席の扉を開いてくれたので、そこから出る。麗乃から黒い靄が出てきて、早優の隣に紫苑が立った。反対側に俊介が立つ。
「じゃあね。まぁ、零時回っちゃったけど、しょうがないよね。早優の体の事もあるから、頑張ってね」
そうか、雰囲気全開の病院に入らなければならないのか。最悪だ。
「私は?」
そんな時、荒牧の声が聞こえた。
「あなたは、ついてきてもらいます。ちゃんとわかるまで私と一緒にいてください」
麗乃は早優に顔を向ける。
「如月の会に戻るね」
「宗司は?」
「あの霊と戦う前に寄って来た。だから、ある程度話は終わってるんだけど、ちょっといろいろね。そんなこんなで、会に止まることになったから」
「そうなんだ。とりあえずは、よかったのかな」
「うん。新たに被害者が出るってことはないと思うけど」
「でも、無理はしないでね」
「大丈夫だって。じゃあね」
笑顔で麗乃は手を振った。
「僕もいますから」
俊介も微笑んでそう答え、二人は車に乗り込んでそのまま出発した。




